「ドン・キホーテ」全3幕
改訂振付 | :カルロス・アコスタ/マリウス・プティパの原版に基づく |
音楽 | :ルートヴィク・ミンクス |
編曲 | :マーティン・イエーツ |
美術 | :ティム・ハットリー |
照明デザイン | :ヒュー・ヴァンストーン |
ロイヤル・バレエ団のレパートリーに長年欠けていた『ドン・キホーテ』の上演、それはケヴィン・オヘア氏が芸術監督就任以前から長年あたためていた夢だった。そこで白羽の矢が立ったのが、カルロス・アコスタ。ロイヤル・スタイルを極め、世界中であらゆる版の『ドン・キホーテ』を踊ってきたアコスタならば、ロイヤルらしい『ドン・キホーテ』を作ってくれるに違いない──オヘア氏は芸術監督着任早々、英国舞台芸術界の才能を結集してこの一大プロジェクトの実現に臨んだ。
アコスタが目指したのは、どこまでも楽しく、生き生きとしたエネルギーと遊び心に満ちたバレエ。まるでアコスタその人を象徴するようなバレエを実現するのに、クラシックの伝統に敬意を表しつつも、時にはそれを打ち破ることも恐れなかった。超絶技巧が盛り込まれたエキサイティングな踊りはそのままに、ダンサーたちはあくまで自然体。盛り上がると威勢のいい掛け声をかけたり、机の上で踊ったり。生き生きとした“リアルな人間らしさ”にどこまでもこだわることで、『ドン・キホーテ』を現代人が共感できる物語として生まれ変わらせてみせた。そしてそれは、数々のミュージカルを手がけたティム・ハットリーによる、バレエの常識を覆すような舞台美術にも反映されている。立体的な“動く”家々や、大胆な花のモチーフがあしらわれた夢の場など、まるでダンサーたちとともに踊っているかのような舞台美術が観客を物語の世界へと誘う。主役二人のほか、エスパーダとメルセデス、ドリアードの女王とアムールなど踊りの見所も盛りだくさんで、個性豊かなロイヤル・ダンサーの踊りを一夜で堪能できる魅力的な舞台となることだろう。
[實川絢子 ライター/在ロンドン]
少しばかり偏屈だが高潔な老紳士ドン・キホーテは、勇敢な騎士と麗しい姫君の物語に読みふけっている。彼は自分が遍歴の旅の途上にある中世の騎士であると思い込み、彼の脳裏は、想いを寄せるドルシネア姫の姿でいっぱいになってしまう。そこに従者のサンチョ・パンサが駆け込み、ドン・キホーテの夢想は中断される。ニワトリを失敬したサンチョ・パンサは、屋敷で働く娘たちに追いかけられていた。そんなことはお構いなしに、ドン・キホーテは再び夢の世界に戻って、ドルシネアと再会する。そしてサンチョ・パンサを従えて、中世の騎士さながらに、未だ見ぬ冒険を求めて旅立った。
〈町の広場〉
溌剌とした町娘キトリは、金回りの悪い床屋の青年バジルと相思相愛の仲だ。広場で仲睦まじくしている二人の前に、キトリの父親で宿屋を営むロレンツォが立ちはだかる。彼は、愛娘を裕福だがキザな貴族ガマーシュと結婚させようと、固く決意している。賑やかな町の人々の輪のなかに、ドン・キホーテとサンチョ・パンサが現れる。ロレンツォはドン・キホーテにひと休みするよう、宿屋に案内する。ドン・キホーテは、サンチョ・パンサが町の人々に小突き回されるのを見とがめて、従者を救い出す。するとバジルと踊るキトリの姿が、彼の目に入った。ドン・キホーテは彼女の美貌に魅了され、キトリこそが夢に見ていたドルシネア姫であると信じ込む。ドン・キホーテは恭しくキトリに踊りを申し込む。ところが、キトリとバジルは手に手を取って、人々でごったがえす広場から抜け出した——ロレンツォの反対を押し切って、結婚するために。ロレンツォとガマーシュは、二人を追いかける。ドン・キホーテとサンチョ・パンサも、後に続く。誰もが、世の中の不正を正そうとしていた。
第1場〈ジプシーの野営地〉
キトリとバジルは、ジプシーの野営地に迷い込む。ジプシー達は、二人が泥棒かもしれないと怪しみ、殺気立つ。キトリとバジルがジプシーの首領に自分たちの身の上を説明していると、ロレンツォとガマーシュが姿を現す。ほどなくしてドン・キホーテとサンチョ・パンサもたどり着く。やがて日が暮れた。焚き火の周囲で、ジプシー達が夜想曲にのって踊る。ドン・キホーテはまたもや夢想の世界に戻り、そこにそびえ立つ風車を魔物と勘違いし、突進していく。彼の勇ましさは、恐ろしい結果をもたらした。
第2場〈森の精の庭園〉
風車から落下して怪我を負い、朦朧としたドン・キホーテはその場に倒れ、甘美な夢を見る。彼は魅惑的な庭園に足を踏み入れていた。森の女王は、彼の勇気と忠誠に報いるために、ドン・キホーテをドルシネア姫に引き合わせる。ドン・キホーテは夢から覚めてもなお、夢に現れたこの姫君を探し続ける。
第1場〈町外れの居酒屋〉
ロレンツォとガマーシュは、キトリとバジルの居場所を突き止める。二人は町の外れの居酒屋で友人達と再会し、祝杯をあげていた。ロレンツォは、愛娘を断固として裕福なガマーシュと結婚させようとする。バジルは、この窮地から脱するために、最後の賭けに出る。嫉妬と絶望のあまり刃物を振りかざして、狂言自殺をはかる。キトリはドン・キホーテに助けを求める。世の中の不正を正さなくてはならない——ドン・キホーテは己れにそう誓ったことを思い起こした。ドン・キホーテの目の前では、バジルが今にも息を引き取ろうとしている。そう確信したドン・キホーテは、ロレンツォを無理やり説得し、キトリとバジルを祝福させる。ロレンツォが二人の手を重ね合わせるや、バジルは奇跡的に息を吹き返した。二人の願いはかなえられたのである。ガマーシュは怒り狂い、ドン・キホーテに決闘を申し入れて剣を交えるが、敗北を喫する。バジルは、年老いた騎士に促されて、キトリに求婚する。キトリはプロポーズを受け入れる。
第2場〈町の広場〉
町中の人々が、キトリとバジルの結婚を祝っている。見事に世の中の不正を正したドン・キホーテは、冒険の旅を続けるべき時がきたことを悟る。最愛のドルシネア姫の名の下で騎士としての行いを果敢に遂行するために、ドン・キホーテは、いま一度、旅立つのだった。
photos: Bill Cooper / ROH, Johan Persson / ROH
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カルロス・アコスタ
(演出・振付)
Carlos Acosta
キューバのハバナ生まれ。ローザンヌ国際コンクールほか多くの国際コンクールで金賞を受賞し、イングリッシュ・ナショナル・バレエ、ヒューストン・バレエを経て1998年に英国ロイヤル・バレエ団に入団。03年にプリンシパル・ゲスト・アーティストになると同時に、世界中の有名バレエ団で踊った。04年の自伝的作品「トコロロ─あるキューバ人の物語」をはじめ、自身の振付や他の振付家の作品を多く舞台化。ミュージカルの振付も手掛けている。