今年はオリンピック・イヤーですが、オリンピック憲章にはオリンピックはスポーツの祭典であるとともに文化の祭典でもあると規定されています。それゆえオリンピック・パラリンピックに合わせて企画されたのが、今回のミラノ・スカラ座日本公演なのです。舞台芸術の最高峰はオペラであり、オペラの最高峰がミラノ・スカラ座であることは多くの人の認めるところです。スカラ座の日本公演は1981年以来、今回で８回目を数えます。イタリア・オペラを代表する作曲家はヴェルディとプッチーニですが、今回の日本公演では、ヴェルディの代表作『椿姫』と、現在の音楽監督であるリッカルド・シャイーがプッチーニのオペラのスペシャリストであることから、プッチーニの代表作『トスカ』が選ばれました。『椿姫』と『トスカ』はヴェルディとプッチーニのもっとも人気のあるオペラ。オリンピックはスポーツで世界の頂点めざして競い合いますが、今回のスカラ座日本公演は舞台芸術の世界の頂点を披露する意図で企画されています。

イタリア・ルネッサンス期に誕生したオペラは、いまではグローバルな芸術になっていて、世界中で活発に上演されています。指揮者、歌手、合唱団、オーケストラが一つになって燃え上がる白熱の音楽と、オペラの精髄を知り尽くした演出、壮麗な舞台装置と美しい照明のすべてが、互いに響き合い、一つに織り上げられた舞台は、人類がたどりついた「総合芸術」の頂点といえます。観るものをこれ以上興奮させ、感動させるものは他にはありません。

私たちの日常はオペラの物語のように劇的ではありませんが、誰もが人知れず悩みを抱えています。だからこそ人は非日常的な「祝祭」の場を必要としているのでしょう。「祝祭」には音楽がなくてはなりませんが、オペラこそまさに「祝祭」です。オペラは演奏するものと、それを観るものとが同じ空間を共有しなければなりませんが、その日、劇場に集った人々がともに生きているという感覚こそが、オペラの魅力にほかなりません。

スポーツが人間の身体能力の極限を追求するものならば、オペラは音楽と演劇の総合的な美を追求するものです。輝かしい声と、天上の音楽が響き合って生の息吹を感じさせるオペラは、「生の祭典」と言えるのではないでしょうか。オペラを観る歓びは、生きていることを直に感じる歓び。オペラを観に行くということは、そうした「祝祭」に参加することなのです。

オリンピック・イヤーの今年、7月から9月にかけては一生に一度のオリンピック、パラリンピックに続き、どうぞスカラ座のオペラで「生の祭典」を満喫してください。