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Photo: Kiyonori Hasegawa

2023/01/18(水)Vol.462

ワルトラウト・マイヤー さよならコンサート
ドイツ歌曲の魅力
2023/01/18(水)
2023年01月18日号
TOPニュース
オペラ

Photo: Kiyonori Hasegawa

ワルトラウト・マイヤー さよならコンサート
ドイツ歌曲の魅力

ワルトラウト・マイヤーが自身のキャリアを終えることを発表したのはちょうど1年前。世界各地での最後のコンサートを繰り広げた1年が過ぎ、日本でのさよならコンサートまであと2カ月ほどとなりました。彼女の歌手としての素晴らしさを振り返りながら、最後の機会となるドイツ歌曲の魅力について、音楽評論家の林田直樹さんにご紹介いただきます。

歌手が聴き手の心に語りかける直接的な心の交流ーーそれはライブでなければ決して得られないもの

オペラが演劇であるならば、歌曲は詩である。
どちらも、音楽と言葉がひとつに融合した芸術という点においては、根本は同じである。
違いがあるとすれば、オペラは役柄があって演技をしなければならないが、歌曲の場合は、歌手は直接観客の方を向いて、できるだけ聴き手ひとりひとりの目を見つめながら歌うということだ。
歌曲のリサイタルでは、歌手は聴き手の心に語りかける。直接的な心の交流がある。それはライブでなければ決して得られないものだ。
もしあなたが熱心に耳を傾けながらステージ上の歌手を見つめていたとしたら、歌手もまたあなたの瞳を見つめ返しながら歌ってくれるかもしれない。そんなドキドキ感はオペラにはない、歌曲だけの醍醐味である。
ドイツ歌曲の夕べを、玄人筋の聴き手は「リーダー・アーベント」とさりげなく呼ぶ。そこには、ドイツ語の美しい響きを堪能しながら、詩と音楽のよろこびを歌手と聴衆が分かち合う、最高のひとときに対する敬意がこもっている。
真に優れた歌手は、オペラと歌曲と、両方の翼を持っているものだが、ワルトラウト・マイヤーもそんな歌手の一人である。
今回の「さよならコンサート」でも、きっとマイヤーは聴き手と直接心の交流をできるようなパフォーマンスを繰り広げてくれるはずだ。

思えばマイヤーのおかげで、どれほど優れたオペラ上演にたくさん接することができたことだろう。間違いなく一時代を画した大歌手である。
マイヤーの最初の来日は1991年、ビシュコフ指揮パリ管とともに、ベルリオーズ「ファウストの劫罰」のマルグリート役としてであった。ステージではすでに特別なオーラを放射していた。そのときにインタビュー取材をしたことをよく覚えている。

マイヤーの初来日となった1991年国立パリ管弦楽団「ファウストの劫罰」
Photos: Kiyonori Hasegawa

当時マイヤーはまだ日本ではそれほど知られていなかったが、ヨーロッパではすでに将来を約束された歌手だった。最も得意な役は『パルジファル』のクンドリーだと言っていたが、またたく間に世界最高のクンドリー歌いになった。バイロイト音楽祭の『トリスタンとイゾルデ』のイゾルデ役も大評判となり、それ以来、優れたワーグナー上演には欠かせない存在として世界中の劇場から引く手あまたになった。
幸いなことにマイヤーは得意とする役柄の多くを日本で歌ってきている。これまでの舞台の中で個人的に特に印象に残っているものを一つだけ挙げるなら、1997年のベルリン国立歌劇場の来日で、バレンボイム指揮、シェロー演出によるベルク『ヴォツェック』でのマリー役だ。
貧困の問題を扱った、一種の社会派ともいえる20世紀屈指のドイツ・オペラだが、あのときマリー役を歌い演じたマイヤーには、鬼気迫るリアリティと、生身の女の滴るような美しさがあった。罪の意識に苦しみ自分自身を罰したい無垢な心と、欲情に身を任せたい肉体的衝動に引き裂かれる一人の等身大の女性像は、いまだに忘れられない。

ベルリン国立歌劇場1997年日本公演『ヴォツェック』
Photo: Kiyonori Hasegawa

それにしても、マイヤーにさよならを言わなければいけないとは、長年オペラ・ファンを続けてきた者にとって何と寂しいことだろう。
だが、きっと喜びに満ちた感謝のリーダー・アーベントになるだろう。何しろマイヤーと直接心の交流のできる時間が保証されているのだから。
それにマイヤーは実力派の若いドイツ人バリトン歌手、サミュエル・ハッセルホルンを連れてきてくれる。バレンボイムの薫陶を受けているという意味ではマイヤーと共通でもある。
曲目はシューベルト、ブラームス、シューマン、シュトラウス、マーラーとドイツ歌曲の系譜をたどることのできるプログラム。たとえばマーラー「魚に説教するパドヴァの聖アントニウス」などは、オペラの豊富な経験が生きた演技派の語りが期待できるのではないだろうか。
ドイツ・ロマン派が好きな若い人たちにとっても、大歌手マイヤーをライブで聴くチャンスはこれが最後となる。ぜひともたくさんの多様な音楽ファンが集まって欲しい。

林田直樹(音楽評論家)

ワルトラウト・マイヤーが歌うドイツ歌曲を下記より試聴いただけます。
R. シュトラウス/シューベルト:メゾ・ソプラノのための作品集(マイヤー)

*「音楽を聴く」ボタンをクリックしていただくと、ナクソス・ミュージックのページに移動しますので、画面左側にある「選択曲を試聴」をクリックしてください。無料試聴時間を超えた場合には、一度ブラウザを終了し、再度開いていただくことで新たな無料視聴時間が開始します

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〈オペラ・フェスティバル〉特別企画
ワルトラウト・マイヤー さよならコンサート

公演日

2023年
3月14日(火)19:00

会場:サントリーホール

ピアノ:ヨーゼフ・ブラインル
共演:サミュエル・ハッセルホルン(バリトン)

入場料[税込]

S=¥16,000 A=¥14,000 B=¥11,000
C=¥8,000 D=¥7,000 P=¥5,000
U25シート=¥2,500
*ペア割引[S,A席あり]

※予定される曲目については下記をご覧ください
https://www.nbs.or.jp/stages/2023/waltraud-meier/