2025年を迎えました!
昨年12月半ばには公演概要も発表され、9年ぶりのウィーン国立歌劇場日本公演への期待を膨らませているオペラ・ファンも多いはず!
今回のウィーン国立歌劇場日本公演の2つの演目について、音楽評論家の奥田佳道さんに注目すべき魅力をご紹介いただきます。
伝統と格式を誇るウィーン国立歌劇場が、この劇場のアンサンブルでこそ味わいたいオペラの名作を携え、9年ぶりにやってくる。
ウィーン流儀の音で聴く『フィガロの結婚』と『ばらの騎士』。私たちは何度も素晴らしい上演に酔いしれてきた。賛辞は尽くされているかのようにみえる。
しかし音楽史に燦然と輝く、世界に冠たるウィーン国立歌劇場は、オペラの今を映し出すリーディング・カンパニーでもある。
2025年10月、私たちは、古き佳き時代のウィーンの芳香をも感じさせる舞台に酔いしれるとともに、古典の様式美に想いを寄せたオペラの最先端に胸ときめかせるのだ。
オペラの今、ウィーン国立歌劇場の勢いを感じさせる粋な舞台なら、2023年春に才人バリー・コスキー(1967年、メルボルン生まれ)が手がけた美しい『フィガロの結婚』だ。
ウィーンの『フィガロ』といえば、ジャン=ピエール・ポネル(1932~1988)が歴史を創り、近年はジャン=ルイ・マルティノティらが手がけてきたが、正直、ポネルの「様式美」を超える舞台は現れなかった。
『フィガロの結婚』より
Photo: Wiener Staatsoper / Michael Poehn
しかし一昨年春、表層的な読み替え演出とは無縁の現代の匠バリー・コスキーが新しい扉を開けてくれた。まずはロココ調の意匠が素晴らしい。目をひく。私たちはこんな舞台を待っていた、と声をあげたくなる。舞台装置はコスキーと同世代、ドイツ・ケルン出身のルーフス・ディドヴィスツス。時空を超えた衣裳の色彩も鮮やかだ。近年衣裳関係の賞を総なめにしているドイツ人ヴィクトリア・ベーアのセンスが光る。
こうした「チーム」とともにオペラを創る演出家コスキーの美学は、当然、昔オペラはこうだった、昔は良かったという類の回顧ではない。端的に申せば演劇的だ。
『フィガロの結婚』より
Photo: Wiener Staatsoper / Michael Poehn
観て聴いてのお楽しみだが、主役陣から合唱まで、登場人物の深層心理をも浮き彫りにした動きひとつひとつに(人々は実際よく動く!)、さりげなくメッセージ性がある。楽の音と自在に戯れたモーツァルトの調べ、ダ・ポンテが選びに選んだ言葉と呼応する、何とも機知に富んだ舞台が姿を現したと言うべきだろう。
2023年春のプレミエ(新演出上演)時の主なキャストが顔を揃えそうで、これもオペラ好き、ウィーン好きの心をくすぐる。
大切なタクトは、2024年暮れにウィーン国立歌劇場の名誉会員に叙せられたベルトラン・ド・ビリーに委ねられた。1965年、パリ生まれ。ヴァイオリニストとして活動後、ウィーン・フォルクスオーパー、ウィーン放送交響楽団の要職を歴任。ウィーン国立歌劇場デビューは1997年1月の『愛の妙薬』で、以来モーツァルト、ヴェルディ、ワーグナー、プーランクなどで腕を揮ってきた。広く愛されているド・ビリーは年末年始恒例の『こうもり』にも登場。ウィーン国立歌劇場での指揮は300回近くに及ぶ。声高に申すまでもなく、ド・ビリー指揮ウィーン国立歌劇場管弦楽団も主役を演じる。
ウィーン国立歌劇場のアンサンブルで味わいたいドイツ・オペラは枚挙にいとまがないが、1911年4月以来、総上演回数実に1000回を超えるリヒャルト・シュトラウスの『ばらの騎士』を一番に挙げるオペラ好きが多いのではないか。
いやオペラ好きばかりでなく、日頃はオーケストラ組曲や交響詩でリヒャルト・シュトラウスを楽しんでいる方も、ウィーンと言えば、合言葉のように『ばらの騎士』が浮かぶはずである。あのホルンの勇壮な響きが、妖艶なワルツが脳裏に響く方ばかりだろう。
『ばらの騎士』より
Photo: Wiener Staatsoper / Michael Poehn
1911年1月にドレスデンのゼンパーオーパーこと宮廷歌劇場で初演された『ばらの騎士』は、同年4月にフランツ・シャルクの指揮でハプスブルク帝国の帝都ウィーンに「里帰り」し、この年だけで37回も上演されている。第2次世界大戦で玄関部を除いて崩壊したウィーン国立歌劇場は1955年11月5日にベーム指揮ベートーヴェンの『フィデリオ』で再開場を祝ったが、同月16日にクナッパーツブッシュの指揮で『ばらの騎士』も帰ってきた。
今の演出は、というよりもウィーン国立歌劇場の『ばらの騎士』は、1968年4月以来、ずっとオットー・シェンク(1930年、ウィーン生まれ)による舞台だ。ゼッフィレッリの『ラ・ボエーム』同様、世界遺産というべき演出である。
幕があいた瞬間から夢の世界に誘われるウィーンの『ばら』はバーンスタイン、クリップス、ホルライザー、シュタイン、クライバー、テイト、アダム・フィッシャー、ウェルザー=メスト、フィリップ・ジョルダン、コーバーらの指揮により受け継がれてきた。ウィーン国立歌劇場の音楽監督および、このオペラハウスゆかりの名匠に委ねられてきたわけである。歴代の配役を思い出す方、実際に聴かれた方も多い。
コロナ禍の2020年9月からウィーン国立歌劇場の音楽総監督を務めるフィリップ・ジョルダンのタクトは、さて。ワーグナー、リヒャルト・シュトラウスを十八番とするカミラ・ニールンドの"マルシャリン"(侯爵夫人)、ウィーン国立歌劇場宮廷歌手のバス、ピーター・ローズのオックス、ウィーン出身で喜劇も悲劇もお任せあれの天性の舞台人、アドリアン・エレートの登場を楽しみにしているファンは、数知れない。
オックスを演じるピーター・ローズ
(『ばらの騎士』より)
Photo: Wiener Staatsoper / Michael Poehn
いっぽう、近年バイエルン国立歌劇場とメトロポリタン・オペラでもオクタヴィアンを歌ったアメリカの若きメゾソプラノ、サマンサ・ハンキー、キルギスに生まれドイツで頭角を現した30代のカタリナ・コンラディを初めて聴く方もいらっしゃることだろう。コンラディは今春のベルリン・フィル第9にも抜擢された。
オペラはここに極まる。ウィーン国立歌劇場の『ばらの騎士』。開演が待ち遠しい。
奥田佳道 音楽評論家
指揮:ベルトラン・ド・ビリー
演出:バリー・コスキー
10月5日(日)14:00 東京文化会館
10月7日(火)15:00 東京文化会館
10月9日(木)18:00 東京文化会館
10月11日(土)14:00 東京文化会館
10月12日(日)14:00 東京文化会館
[予定される主な出演者]
アルマヴィーヴァ伯爵:アンドレ・シュエン
伯爵夫人:ハンナ=エリザベット・ミュラー
スザンナ:イン・ファン
フィガロ:リッカルド・ファッシ
ケルビーノ:パトリツィア・ノルツ
演奏:ウィーン国立歌劇場管弦楽団
指揮:フィリップ・ジョルダン
演出:オットー・シェンク
10月20日(月)15:00 東京文化会館
10月22日(水)15:00 東京文化会館
10月24日(金)15:00 東京文化会館
10月26日(日)14:00 東京文化会館
[予定される主な出演者]
陸軍元帥ヴェルデンベルク侯爵夫人:カミラ・ニールンド
オックス男爵:ピーター・ローズ
オクタヴィアン:サマンサ・ハンキー
ファーニナル:アドリアン・エレート
ゾフィー:カタリナ・コンラディ
演奏:ウィーン国立歌劇場管弦楽団
―平日料金
S=¥79,000 A=¥69,000 B=¥55,000
C=¥44,000 D=¥36,000 E=¥26,000
サポーターシート=¥129,000(S席+寄付金¥50,000)
U39シート=¥19,000 U29シート=¥10,000
―土日料金
S=¥82,000 A=¥72,000 B=¥58,000
C=¥47,000 D=¥39,000 E=¥29,000
サポーターシート=¥132,000(S席+寄付金¥50,000)
U39シート=¥21,000 U29シート=¥13,000
※チケットの発売は2025年4月上旬予定