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Photo: Wiener Staatsoper / Michael Poehn

NEW2025/02/05(水)Vol.511

ウィーン国立歌劇場2025年日本公演
『フィガロの結婚』
2025/02/05(水)
2025年02月05日号
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オペラ

Photo: Wiener Staatsoper / Michael Poehn

ウィーン国立歌劇場2025年日本公演
『フィガロの結婚』

ウィーン国立歌劇場2025年日本公演で上演される2作品を、ウィーンとの特別な関係という視点から音楽評論家の堀内修さんに紹介していただく2回目は『フィガロの結婚』。2023年に新制作されたこのプロダクションならではの魅力とは?

憂愁の伯爵夫人と膝まづく伯爵〜ウィーンの新しい『フィガロ』

もしかしたら伯爵は跪かない? とドキドキしていた人も、きっと胸をなでおろしたはずだ。ウィーンではあとに続いた『こうもり』のアイゼンシュタインや『アラベラ』のマンドリカのように、伯爵が伯爵夫人に跪いて謝罪してこそ『フィガロの結婚』が無事に終るというもの。バリー・コスキーが演出した新しい『フィガロ』の終幕で、伯爵夫人に跪き、伯爵夫人が勝利する「ウィーンの『フィガロ』」が更新された。

そのかわり伯爵夫人の憂愁は過去のどんな上演にも増して深い。2つのアリアで伯爵夫人は絶望すれすれまで憂いを歌う。確かに伯爵夫人は『ばらの騎士』の元帥夫人の先達だった。まったく停滞することなく、めまぐるしいくらいに動くこの『フィガロ』の上演で、たった二度、止まるのが伯爵夫人のアリアなのだ。

ハンナ=エリザベット・ミュラー演じる伯爵夫人
Photo: Wiener Staatsoper / Michael Poehn

一方で、歌がドラマを動かすオペラの権化みたいな『フィガロ』の主役というべきも伯爵夫人だ。第2幕でケルビーノが歌う魅力的な「恋とはどんなものなのか」は歌うケルビーノに負けないくらい伯爵夫人が活躍する。少年の歌に魅了されてかき立てられていく彼女の変容は、エロティシズムのオペラでもある『フィガロの結婚』の本質に直結している。

「恋とはどんなものなのか」と歌うケルビーノにスザンナと伯爵夫人は魅了される
Photo: Wiener Staatsoper / Michael Poehn

すでに女帝マリア・テレジアは亡くなっていたけれど、ウィーンの『フィガロ』は初演された時から女性たちに支配されていた。伯爵をこらしめる計画も、最初こそフィガロが中心になっていたが、いつのまにかスザンナの手に移っている。歌うアリアこそ1つだけだが、ドラマでも歌でも影の主役というべきはスザンナだ。これが2023年の上演で危機の原因にもなった。
新しい『フィガロ』が映像で世界にお披露目された上演で、スザンナを歌うイン・ファンが故障で歌えなくなってしまった。普通なら代役が務めるのだが、新制作された上演は歌手たちの演技が実にこまかく、精密につくられている。歌えるソプラノはいても演じて歌うのは難しい。そこで国立歌劇場は舞台でイン・ファンが演技し、カヴァーのソプラノがオーケストラ・ピットで歌う、という作戦をとった。これが成功した。舞台ではなるほどこれは練習を重ねた歌手でないと無理だという、一糸乱れぬアンサンブルがくり広げられる一方、舞台下の、歌のアンサンブルも見事で、いざという時のソプラノだってこんなに歌えるのかと聴衆を驚かせた。各幕ごとに危機を迎え、その危機をたくみに乗り越える『フィガロの結婚』の拡大版のような事件がウィーン国立歌劇場の株を上げる結果となったのだった。

フィガロ(リッカルド・ファッシ)とスザンナ(イン・ファン)
Photo: Wiener Staatsoper / Michael Poehn

スザンナと伯爵夫人だけではない。ケルビーノやフィガロ、バルトロやバジリオ、それにマルチェリーナだって血が通っていて、すこぶる魅力的なのが新しいウィーンの『フィガロ』だ。改めてアンサンブルのオペラであるモーツァルトの傑作を見出すことになる。もちろん、跪く破目になる伯爵だって魅力がある。スザンナや伯爵夫人を魅力の虜にはできないが、活力にあふれ、舞台狭しと動きまわる。感情を素直にあらわす見事な敗者としてのバリトンに、きっと聴衆だけは優しい気持ちを抱くことになるだろう。

こういう『フィガロ』には歌の実力があり動けて演技力も備えた歌手たちが必要になる。何しろマルチェリーナやバジリオだって独自の個性を感じさせなければならない上演なのだ。もう半世紀以上前に名を馳せた「ウィーンのモーツァルト・アンサンブル」の時代ではないのだが、いまウィーン国立歌劇場は新時代のモーツァルト・アンサンブルを擁している。ハンナ=エリザベット・ミュラーやイン・ファンやアンドレ・シュエンがウィーンだけでなくザルツブルクや世界の歌劇場で歌うとしても、最良の舞台を得たウィーンのアンサンブルをかたちづくっている。跪きたくなるのは伯爵だけではなさそうだ。

堀内修(音楽評論家)

ウィーン国立歌劇場2025年日本公演
『フィガロの結婚』全4幕
『ばらの騎士』全3幕

公演日

W.A.モーツァルト作曲
『フィガロの結婚』全4幕

指揮:ベルトラン・ド・ビリー
演出:バリー・コスキー
10月5日(日)14:00 東京文化会館
10月7日(火)15:00 東京文化会館
10月9日(木)18:00 東京文化会館
10月11日(土)14:00 東京文化会館
10月12日(日)14:00 東京文化会館

[予定される主な出演者]
アルマヴィーヴァ伯爵:アンドレ・シュエン
伯爵夫人:ハンナ=エリザベット・ミュラー
スザンナ:イン・ファン
フィガロ:リッカルド・ファッシ
ケルビーノ:パトリツィア・ノルツ

演奏:ウィーン国立歌劇場管弦楽団

R.シュトラウス作曲
『ばらの騎士』全3幕

指揮:フィリップ・ジョルダン
演出:オットー・シェンク
10月20日(月)15:00 東京文化会館
10月22日(水)15:00 東京文化会館
10月24日(金)15:00 東京文化会館
10月26日(日)14:00 東京文化会館

[予定される主な出演者]
陸軍元帥ヴェルデンベルク侯爵夫人:カミラ・ニールンド
オックス男爵:ピーター・ローズ
オクタヴィアン:サマンサ・ハンキー
ファーニナル:アドリアン・エレート
ゾフィー:カタリナ・コンラディ

演奏:ウィーン国立歌劇場管弦楽団

入場料[税込]

―平日料金
S=¥79,000 A=¥69,000 B=¥55,000
C=¥44,000 D=¥36,000 E=¥26,000
サポーターシート=¥129,000(S席+寄付金¥50,000)
U39シート=¥19,000 U29シート=¥10,000 

―土日料金
S=¥82,000 A=¥72,000 B=¥58,000
C=¥47,000 D=¥39,000 E=¥29,000
サポーターシート=¥132,000(S席+寄付金¥50,000)
U39シート=¥21,000 U29シート=¥13,000 

※チケットの発売は2025年4月上旬予定