9年ぶりのウィーン国立歌劇場日本公演、チケット販売も始まり、皆さまのわくわく感も高まっていることでしょう。どう楽しむか、いまからさまざまに準備される方もあるはず。ここでは、『フィガロの結婚』と『ばらの騎士』、二つの作品に通じる視点を"気高きふたりの貴婦人"と題して2回にわたり、音楽評論家の広瀬大介さんに紹介していただきます。
オペラのレパートリー、あるいは、その歴史に多少なりとも親しんだ方ならば、ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)の『フィガロの結婚』と、リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)の『ばらの騎士』の間には一種の影響関係がある、という内容の文章を読んだことがある、という経験をお持ちなのではないでしょうか。前者の初演が1786年、後者の初演が1911年、1世紀以上の年代的な隔たりはありますが、数多の音楽家の中でもモーツァルトを敬愛して止まなかった、というシュトラウスが、フーゴー・フォン・ホフマンスタールとオペラを作るにあたって、その範を求めたのが、モーツァルトの『フィガロの結婚』だった、というわけです。
とはいっても、巷間で言われるほどに両者の結びつきが強いわけではありません。女声歌手が男性役を演じる(ズボン役)という共通点が目立つのですが、シュトラウスは、『フィガロ』の二番煎じを作ろうとしたわけではないのです。そもそも『フィガロ』の舞台は18世紀半ばのスペイン・セビリア。『ばらの騎士』は時代こそほぼ同じ時期に設定されていますが、ハプスブルク家のお膝元、ウィーンでの出来事です。『フィガロ』が作曲されたとき、この作品が同時代のことを描いているために、聴き手にとって本作はいわばドキュメンタリー的な生々しさを有していたと思われます。一方で『ばらの騎士』はあきらかにロココ時代の宮廷ドラマ、あくまでも歴史ドラマとしての体裁で発表されており、聴き手もそのように解釈していたでしょう。
この二作の共通点を挙げるならば、むしろ、聴き手に訴えかけようとするその強固なメッセージ性でしょう。ロレンツォ・ダ・ポンテ、そしてモーツァルトが、大袈裟でも何でもなく、命をかけて描き出そうとした当時の貴族社会の矛盾。その勇気を最大限に尊重したホフマンスタールとシュトラウスが、『フィガロ』のエッセンスを採り入れつつ、新しい時代の音楽劇として仕立て直した、といったところでしょうか。
すなわち、男性優位社会における強い女性の存在によって、虐げられていた女性のみならず、虐げていた側の男性をも救い、物語に幸せをもたらす存在となる「貴婦人」がいる、という点が、その最大の特徴であり、共通点です。『フィガロ』においては、いわゆる伯爵夫人(イタリア語でコンテッサ)、前作『セビリアの理髪師』における、伯爵と結婚する前の娘ロジーナがそのひとです。裕福な市民である医師バルトロの姪、という設定であり、もともと貴族階級ではありません。その知恵と度胸、そして周りを明るくする天性の魅力によって、アルマヴィーヴァ伯爵の心をとらえたわけで、おそらくは身分違いの結婚と目されていたことでしょう。
『ばらの騎士』における貴婦人は、ヴェルテンベルク公爵夫人、(オペラ本篇には登場しない)夫が陸軍元帥のため、元帥夫人(ドイツ語ではマルシャリン)と称されるそのひとです。劇中では「マリー=テレーズ」とフランス風のファーストネームが与えられています。この名を聞けばだれもが、18世紀半ばにハプスブルク帝国を全力で支えていた女帝マリア=テレジアの存在が真っ先に浮かぶはず。もちろん別人なのですが、その聡明さ、そして果断な性格と振る舞いに、史実の女帝を重ね合わせてほしいと作者達は思っていたはず。また、われわれ聴き手もそのように受け取ることでしょう。修道院を出てすぐに結婚させられた元帥夫人は、夫を愛しきれない、満たされぬ想いを、若い愛人オクタヴィアンとの逢瀬で埋めようとしています。
聡明さ、賢さ、そして自分が置かれている状況に対するある種の諦めと、それでも現状をなんとか良いものへと変えていこうとするしたたかさ、このふたりの貴婦人は、まるで一卵性双生児のように感じられる共通点があることをご紹介いたしました。ではこの貴婦人は音楽的にどのように描かれているのか、そしてここにこそシュトラウスがモーツァルトから学んだ面白さが潜んでいるのですが、その点は次回にご説明することにいたしましょう。
広瀬大介(音楽学・音楽評論)
指揮:ベルトラン・ド・ビリー
演出:バリー・コスキー
10月5日(日)14:00 東京文化会館
10月7日(火)15:00 東京文化会館
10月9日(木)18:00 東京文化会館
10月11日(土)14:00 東京文化会館
10月12日(日)14:00 東京文化会館
[予定される主な出演者]
アルマヴィーヴァ伯爵:アンドレ・シュエン
伯爵夫人:ハンナ=エリザベット・ミュラー
スザンナ:イン・ファン
フィガロ:リッカルド・ファッシ
ケルビーノ:パトリツィア・ノルツ
演奏:ウィーン国立歌劇場管弦楽団
指揮:フィリップ・ジョルダン
演出:オットー・シェンク
10月20日(月)15:00 東京文化会館
10月22日(水)15:00 東京文化会館
10月24日(金)15:00 東京文化会館
10月26日(日)14:00 東京文化会館
[予定される主な出演者]
陸軍元帥ヴェルテンベルク侯爵夫人:カミラ・ニールンド
オックス男爵:ピーター・ローズ
オクタヴィアン:サマンサ・ハンキー
ファーニナル:アドリアン・エレート
ゾフィー:カタリナ・コンラディ
演奏:ウィーン国立歌劇場管弦楽団
―平日料金
S=¥79,000 A=¥69,000 B=¥55,000
C=¥44,000 D=¥36,000 E=¥26,000
サポーターシート=¥129,000(S席+寄付金¥50,000)
U39シート=¥19,000 U29シート=¥10,000
―土日料金
S=¥82,000 A=¥72,000 B=¥58,000
C=¥47,000 D=¥39,000 E=¥29,000
サポーターシート=¥132,000(S席+寄付金¥50,000)
U39シート=¥21,000 U29シート=¥13,000