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Photo: Shoko Matsuhashi

NEW2026/08/05(水)Vol.547

東京バレエ団 ベジャールの『くるみ割り人形』
夢の中で受け取る、母からの贈り物
2026/08/05(水)
2026年08月05日号
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バレエ
東京バレエ団

Photo: Shoko Matsuhashi

東京バレエ団 ベジャールの『くるみ割り人形』
夢の中で受け取る、母からの贈り物

巨匠モーリス·ベジャールの生誕100年を迎える2027年1月、東京バレエ団がベジャールの『くるみ割り人形』を上演します。ベジャール版は奇想天外でユニーク、でも物語の骨格はクラシック版と驚くほど近いのです。本作を、初見の人にも分かりやすく読み解きます。

クラシック版『くるみ』と響き合う、もうひとつの「くるみ」

『くるみ割り人形』は少女マーシャ(クララ)が体験した、クリスマス・イヴの夜の不思議な出来事を描いている。人形とねずみの戦い、変身した王子との出会い、雪の国やお菓子の国への旅、そしてお菓子の宮殿での華麗なパ・ド・ドゥ──すべては夢の中の出来事だったというのがワイノーネン版と呼ばれる演出で、目覚めたマーシャは少しだけ大人になっている。王子に変身した人形がもとはクリスマスの贈り物で、それが壊れたときのマーシャの胸の痛みも物語の大切な糸となる。

ベジャール版の場合も主要人物と構造はほぼ同じだが、舞台は1930年代の南仏に移り、主人公は7歳の少年ビムとなる。クリスマス・イヴ、ツリーの脇で泣いているビムの傍らに、白いスーツ姿のエレガントな女性がプレゼントを置いていく。バレエの練習に励み、家族に愛されて育つ少年の日常が描かれ、やがてボーイスカウトの合宿に出かけた森で魔法の時間が幕を開ける。巨大化するクリスマスツリーではなく、巨大なヴィーナス像の出現によって。

ヴィーナス像とビム
Photo: Shoko Matsuhashi

像の中から現れるのは冒頭の女性──若く美しいビムの母。「7歳のとき、母は長い旅にでた」と語るベジャール自身のナレーションが物語の核心をそっと示す。つまりクラシック版でマーシャを導く"王子"の役割を担うのは、ビムにとって特別な存在である母であり、マーシャが壊れたくるみ割り人形を抱きしめたように、本作は喪失の痛みを抱える少年が夢の中で母と旅をする物語なのだ。

ヴィーナス像と母
Photo: Shoko Matsuhashi

クラシック版のドロッセルマイヤーにあたる "M..."は、ビムの父親、メフィスト、振付家プティパと姿を変え、少年がちょっと緊張する"人生の師"として現れる。飼い猫のフェリックスと、レビュー小屋の奇抜なキャラである光の天使や妖精たちが、人形たちのようにビムの旅を賑わせる。そうそう東京バレエ団での前回の上演からは"プティ・ペール"というもう一人の人生の師も加わった。

プティ・ペール
Photo: Shoko Matsuhashi

*NBSニュースWEBマガジンVol.520 (2025年6月18日号)掲載のジル・ロマン ロング・インタビューでは、プティ・ペールについても多くを語っています。
https://www.nbs.or.jp/webmagazine/articles/20250618-03.html

母との旅は、輝けるバレエの王国に通じていた

ベジャール版『くるみ割り人形』は、振付家ベジャールの子ども時代の記憶と、母親ジェルメーヌへの深い思慕が交錯する自伝的ファンタジーである。その象徴が、聖母子像を背中の祠にもつ"愛(エロス)の女神"の像であり、像の巨大さは少年の胸に満ちる母への想いの大きさそのもの。チャイコフスキーのアダージオにのせて踊られる母子のパ・ド・ドゥは、感情の頂点を描く珠玉の場面であり、母の早世に終生傷ついていたと言われる作曲家自身の影も重なる、涙腺崩壊必至の場面である。

第2幕はヴィーナス像に見守られながら進行していく、"ママンのためのお祭り"。といっても、闘牛、自転車、マジック、アクロバティックなダンスなど、ビムが「母と共有したい」楽しみを集めた、無邪気で愛らしいディヴェルティスマンだ。

バレエの練習に励むビムとM...
Photo: Shoko Matsuhashi

いっぽうで第2幕は別のレイヤーを帯びてくる。"M..."=プティパのソロでダンス・クラシックの規範が示された直後、白いドレスで「花のワルツ」を踊っていた母が音もなく倒れ、別れの気配が漂う(白の意味はバレエ・ブランを彷彿する)。暗転による時間の寸断から再びステージが照らされると、そこは別次元の空間。"M..."のアナウンスという趣向で始まるその場面では、なんと『くるみ割り人形』のグラン・パ・ド・ドゥが、"振付家の意向により初演時の振付のまま"踊られる。ビムの旅の終着点は、お菓子の国ではなく、輝かしいバレエの王国だった。

最後に明かされることだが、ビムはこのヴィーナス像を冒頭に母から受け取っていた。マーシャが夢を通して成長したように、ビムもまた夢の中で母から大きな贈り物を受け取り、バレエへの道を進み始める。そんなビムを見て、彼岸此岸の境とも言われる"鏡"越しに息子に別れを告げる母の姿はせつない。けれどもヴィーナス像のまなざしには、いまベジャール自身のまなざしがそっと重なるようにも思える。母とベジャール、そして観客のまなざしに見守られながら、ビムの旅はこれからも続いていくのだろう。

文:岩本眞由美(明治大学兼任講師)

東京バレエ団
ベジャールの『くるみ割り人形』

公演日

2027年
1/10(日) 13:00
1/10(日) 18:00
1/11(月祝) 12:00
1/11(月祝) 16:00

会場:新国立劇場オペラパレス(初台)

※音楽は特別録音による音源を使用します。

[予定される主な配役]
ビム:山下 湧吾(1/10昼、1/11昼)、二山 治雄(1/10、1/11)
母:政本 絵美(1/10昼、1/11昼)、長谷川 琴音(1/10、1/11)
フェリックス:池本 祥真(1/10昼、1/11昼)、宮川 新大(1/10、1/11)
M...:大塚 卓(1/10昼、1/11昼)、柄本 弾(1/10、1/11)
光の天使:中嶋 智哉、岡﨑 司(1/10昼、1/11昼)、鳥海 創、後藤 健太朗(1/10、1/11)
妖精:伝田 陽美、三雲 友里加(1/10昼、1/11昼)、加藤 くるみ、中沢 恵理子(1/10、1/11)
グラン・パ・ド・ドゥ:秋山 瑛、生方 隆之介(1/10昼、1/11昼)、金子 仁美、安村圭太(1/10、1/11)
プティ・ペール:ジル・ロマン(1/10昼、1/10 、1/11)、柄本 弾(1/11昼)
※ジル・ロマン:ゲスト

※上記の公演情報·出演者は7/2現在の予定です。
※チケット情報などその他詳細は8月上旬頃に発表予定です。