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Photo: Michael Poen_WSO

2020/10/07(水)Vol.407

世界の劇場の今ーウィーンの今をみつめて
2020/10/07(水)
2020年10月07日号
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オペラ

Photo: Michael Poen_WSO

世界の劇場の今ーウィーンの今をみつめて

迅速なロックダウンから欧州でもっとも早く再開した劇場
より包摂的な表現の場として展開する舞台芸術

ヨーロッパの都市では、地理的にも教会や劇場が中心部にあるが、少なくともウィーンでは、劇場が生活の中心というイメージがある。実際に、楽都として名高いウィーンの楽友協会、 国立歌劇場、フォルクスオーパー、ブルク劇場といった中核を成す著名な劇場は、世界の人々を魅了し、内外の舞台芸術に刺激を与え、牽引してきた。

しかし、春から吹き荒れたCOVID-19は、オーケストラ、オペラ、演劇、あらゆる舞台芸術にとって試練の時となった。緑の党との連立を果たした国民党の若き首相セバスティアン・クルツは、早い段階で国境封鎖、ロックダウンを迅速に行い、欧州でももっとも早い時期に劇場を再開させ、リーダーシップを発揮した。その対応は、日本の舞台芸術界にとって羨望の的にもなった。*1そして、ウィーン国立歌劇場は当初の予定通り、9月7日に『蝶々夫人』でシーズンを開幕した。

一方、ウィーンの舞台芸術界は、世界をマーケットにできる著名な劇場だけにとどまらない。歴史的にも、もともと移民の多い社会であるウィーンでは、21世紀になり、文化的にも移民に配慮する政策が模索されるようになった、つまり、移民がそれぞれの文化に誇りを持ち、社会に多様性を生み出し、包摂的で寛容な社会を作り出すことであり、そのことは人々をつなぐ芸術文化の重要な使命なのである。そのために、劇場は芸術を媒介とし、人々が集い交流する「場」を育てる。生活者としての移民には、異国の伝統文化だけではなく、それぞれの環境や文化的アイデンティティー、生活状況などを尊重し、寛容に寄り添った選択肢が用意され、集った人々が文化的にも抑圧されず、自由に表現できるような「場」をもつのである。

たとえば、美術史美術館と自然史博物館の向かいに位置するミュージアム・クォーターには、現代アートの美術館や若者のための劇場などが集まる。そのひとつ、ジャングルという名の若者のための劇場、Dschungl Wien*2では、若者がプロフェッショナルな舞台人に学びながら、自分たちの劇を創作上演する活動を行っている。今回のコロナ禍の下では、学校や劇場に行けなくなった子供たちのために、俳優や演出の訓練を積んだ劇場スタッフによるオンラインの催しが配信された。この劇場は、若者が演劇を通じて未知の世界や人々との交流をする場を育てている。

ミュージアム・クォーターを示す標識。
ミュージアム・クォーターは、ノイバウ地区にある美術館群、および約60,000m2の面積を占めるその区域の呼称。

カリタス(カトリック教会のNGOで慈善団体)を資金的なバックグラウンドとするObjekt 19やBrotfabrik*3は、移民の人たちがマーケットを開くブルネン・パサージュ*4にスペースを設け、即興演奏のライブを開いたり、かつてのパン工場を使って料理教室を開いたり、子供のオーケストラを作ったり、試行錯誤のなかで芸術や食を通じて交流の場を作る活動を展開している。その理念は、施しとしての福祉の発想ではなく、アートにアクセスできない状況にある多様な民族の移民の人々との対話の場を作ることにある。しかし、十数年積み上げてきたアートを媒介にしたそうした活動も、コロナ禍の下で中断を余儀なくされたという。

コロナ禍の下で日本でも注目された「文化芸術の支援問題」だが、5月には文化芸術大臣のウルリケ・ルナチェックの辞任もあり、その対応の難しさが浮き彫りになった。フリーランスの芸術家にとってはウィーンでも資金もサポートのマンパワーも潤沢なわけではない。そうしたアーティストたちの活動を支えているのがIG-KulturやMICA(Music Austria)*5のように、ジャンル横断的に数多のネットワークを構築している統括組織である。これらの組織はコロナの前から活動支援や契約などの法律相談の面でもアーティストをサポートしてきたが、コロナ禍では、いよいよ苦境に陥っているアーティストのアドバイザーとしても心強い相談相手となっている。運営が安定した公立の劇場でさえ、舞台が数多のフリーランスにより支えられていることを考えれば、これらの組織はウィーンの文化力を下支えする重要な役割を担っているのだ。

伝統深き楽都のこうした側面は、ウィーンが社会と芸術の絆を深めつつ、21世紀にも輝き続ける期待を抱かせてくれる。

大田美佐子 (神戸大学大学院 准教授・音楽文化史)

本文に関連するサイトは下記の通りです


*1 穂鷹知美「ロックダウン解除への道を踏み出したオーストリア――国民の信頼を担保にむかう行方は」Synodos, 2020年4月14日
https://synodos.jp/international/23460?fbclid=IwAR2jXtkaonA-k5vTwz8nPhWFxV5r6YDZ-MToic9cgnm6XPr1BPSPorhq8FA

*2 ジャングルという名の若者たちの劇場 (ドイツ語HP)
https://www.dschungelwien.at

*3 かつてのパン工場でダンスの時間を楽しむ人々。写真をお楽しみにください (ドイツ語HP)
https://www.caritas-wien.at/hilfe-angebote/zusammenleben/kunst-fuer-alle/tanz-die-toleranz/projekte-workshops-in-der-brotfabrik/

*4 2007年から始められたブルネン・パサージュ・プロジェクトのHP。
https://www.brunnenpassage.at/home/english/

*5 ジャンルを超えて、オーストリアの音楽を内外にプロモートしサポートするMICA。
https://www.musicaustria.at

◾️ウィーン国立歌劇場2020/21 シーズン開幕レポートはこちらから
https://www.nbs.or.jp/webmagazine/articles/opera/20200916-02.html