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NBS日本舞台芸術振興会
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Photo: Olivia Kahler

NEW2024/04/17(水)Vol.492

〈旬の名歌手シリーズ2024-Ⅲ〉
アスミク・グリゴリアン インタビュー
2024/04/17(水)
2024年04月17日号
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Photo: Olivia Kahler

〈旬の名歌手シリーズ2024-Ⅲ〉
アスミク・グリゴリアン インタビュー

2年前、R.シュトラウス作曲の『サロメ』(演奏会形式)での日本デビューで大成功を収めたアスミク・グリゴリアン。来る5月の2回目の来日、ファン待望のオペラ・アリアのコンサートを前にインタビューを行いました。2つの異なるプログラムについて、自身がどう向き合っているかを丁寧に答えてくれました。

「これが私のベスト!」と胸をはれるような、一番良いものを

――今回の日本公演の選曲はとてもユニークで、あなた以外誰も歌うことができないようなプログラム構成だと思います。今回のプログラミングのポイントについてお話しいただけますか?

グリゴリアン:コンサートについて語るとしたら......観客の皆さまに「これが私のベスト!」と胸をはれるような、一番良いものをお見せできるプログラムを披露したかったのです。今回のプログラムでは、現在私のレパートリーの中心となっているオペラのアリアや、観客の皆さまに私の個性をもっとも感じていただけるような曲目を選びました。

――コンサートの第1部は両日とも東欧とロシアの作曲家の作品で構成されていますね。これらの作品はあなたにとって最も重要なオペラなのでしょうか?

グリゴリアン:東欧やロシアの作曲家の作品は、確かに私がよく歌い、かつ重要なレパートリーであると言えます。ただ、イタリアやドイツのオペラも含めて考えると、単純に「一番重要」とは言えないですね。
単独のコンサートでは、私の様々な面をお見せしたいと思っています。イタリアにドイツ、そして東欧のオペラ、私の持っている色々な面を見せたい! それが重要なことです。
もう一つ、実は指揮者からのリクエストもあるんです。私だけで選んだプログラムではありません。だから、今回のコンサートは"音楽的なチーム"のコラボレーションの果実と言えます。

――今回のコンサートで指揮をされるカレン・ドゥルガリャンさんとは、よく共演されるのですか?

グリゴリアン:彼とは何度も共演しています。素晴らしいマエストロですよ!

――あなたは、舞台上での役柄への没入感、強烈な表現力に定評があります。あなたにとってオペラの舞台で物語を表現することは、どんな意味を持つのでしょうか?

グリゴリアン:私はドラマを「表現しよう」としているわけではないのです。あえて言えば、音楽を通して"私"を表現しているのです。私自身を表現し、私の「個人的な物語」を描き出している、と言えると思います。それはオペラであったり、違うタイプの音楽だったり、私が人生ですることのすべてにおいてです。私は何も「表現しよう」とはしていないのです。私はただ自分の人生を生きているだけ。音楽を通して、私は個人的な物語を伝えているのです。音楽以外でも私の物語を伝えることはできます。子どもたちを通しても伝えられますし、すべてのことを通して伝えられるのです。舞台上で私がすることは、私の物語だと言えます。

Photo: GW COSMETICS_Jan Frankl

オペラの舞台に立つことは自分の魂を創り、表現すること。コンサートは観客とよりオープンなコミュニケーションができる

――コンサートはオペラの舞台とは異なり舞台装置も衣裳もなく、あなたの歌声だけで観客と向き合うことになります。歌声だけで物語を表現することについてはどのようにお考えですか?

グリゴリアン:簡単には答えられないですね......私にとってオペラの舞台に立つことは自分の魂を創り、表現することなので、音楽そのものが観客の皆さまとの親密なコミュニケーションと言えるのではないかと思います。コンサートはまた違った経験です。コンサートはオペラに比べると、より観客の皆さまとオープンなコミュニケーションができる場であると言えますね。

――あなたは他の歌手とは一線を画した、ユニークで幅広いレパートリーをお持ちです。たとえば、今年(2024年)のザルツブルク音楽祭では、『賭博者』(S.プロコフィエフ作曲)が上演されるなど、あなたの主演を想定した珍しいオペラが上演されることもあります。新しい役を含め、役を選ぶ基準を教えていただけますか?

グリゴリアン:私がもっと若い時には、役を選ぶなんてことはしませんでした。芸術家として育っていくため、そして家族を養っていくため、自分ができることは何でもしたのです。今では演じる作品も選んでいますが、先ほど申し上げたように、その時々の音楽的なチームで選びます。
また、声の技術的な問題もありますね。私がその役を歌えるかどうか? たとえば、私は"夜の女王"(『魔笛』)は歌いません。それはできないわ(笑)!! 私ができる範疇と可能性の中から選ぶのは変わらないですね。私は自分自身をよくわかっています。私が引き受けるのは私を表現できる役柄なのです。
また、私は舞台に立つまでのプロセスを大切にしています。どんな役柄でも興味が先に立っているわけではないのです。ただ、役柄に興味を持ち出すのは、その役に取り組み始めた時です。ですから、私が役柄を選ぶ基準は主に技術的な問題、自分が歌えるか否か、によって決まると言えると思います。

――ご自身が興味を持てなかったり、表現できないと思う役柄は歌わないということでしょうか?

グリゴリアン:自分のことを表現できない役柄は存在しないと思います。ただし、たとえば"夜の女王"の超高音のFを私は歌えないので(笑)。私が歌えるすべての登場人物のなかで、私自身を創造することはできます。

――役作りについてお尋ねします。どのように役柄をつくられますか? インスピレーションはどこから出てくるのでしょう?

グリゴリアン:歌っている役柄は自分自身のなかから見つけることができます。私という個人の存在も日々成長していますし、インスピレーションはすべてのことから感じています。いままで、役柄のインスピレーションを特別になにかから探したことはありません。私は今も自分が成長できるように努めていますし、すべての役柄は自分自身のなかにあると言えると思います。
私の人生の経験や、出会うことのできた素晴らしい、大変興味深い人たち、それらが私の人生を形成し、舞台上で表現することに役立っているのです。舞台上の役柄は私自身であるとともに、出会った人たちや物事からも影響される。インスピレーションはあらゆるところにあるのです。

Photo: Olivia Kahler

――個人的な経験が重要だとすると、あなたのバックグラウンドについてお聞かせ願えますか? 音楽的な環境でお育ちになったと聞いているのですが、オペラ歌手になることは自然な流れだったのでしょうか?

グリゴリアン:ええ、父も母も歌手でした。ただ、子どものころの話として言うなら、オペラ歌手になりたいとは全く思わなかった、と言えます(笑)。 女の子の99%がそうじゃないかと思いますが、バレリーナになりたかったの。同時に、私は色々なことが好きだったから、将来なりたい職業は毎日変わっていました。
でも、人生の流れでオペラが仕事になり、今は正しい選択だったと、とても感謝しています。

ヒロインを解釈しようとするのではなく、他にはない自分自身の物語を表現することが興味深いと感じてもらえるのだと思う

――あなたが演じる悲劇のヒロインは、ステレオタイプの演技や歌ではなく、観客がハッとするような新しく新鮮なものを表現していると感じさせます。特にプッチーニのヒロインたち、『蝶々夫人』、『マノン・レスコー』、最近は『トゥーランドット』を歌われましたが、すべてが刺激的です。これらのプッチーニのヒロインについてどのように感じていらっしゃいますか?

グリゴリアン:私が思うに、プッチーニが私にとってどうか、というのではなく、彼は感情を音楽で表現する名人であり、彼の生み出した音楽は私自身やすべての感情を表現しやすいものなのです。
私がユニークだとするならば、私がヒロインを解釈しようとするのではなく、他にはない私自身の物語を舞台上で表現することが、観客の皆さまに興味深いと感じていただけることであり、私自身の個性になっているのだと思います。私がプッチーニを表現したり、それらのヒロインがどうあるべきかを知っているかのように振る舞うのではないのです。私はあくまでも私自身であり、作曲家が記した楽譜のすべてを尊重する。そのあとは私自身の個人的な物語なのです。

――一方ドイツオペラでは、R.シュトラウスはあなたにとって重要な作曲家ではないでしょうか? 彼のオペラをこの先新たなレパートリーとして加えていく予定はありますか?

グリゴリアン:ありがとう。将来どうなるか見ていきましょうよ! いつも私は計画しないの。あちこちからオファーはあります。でもまだわかりません。人生が次に何を運んでくるか、見てみましょう(笑)
もちろん、R.シュトラウスは大好きな作曲家です。とても美しい音楽です。実は、彼の「4つの最後の歌」を最近録音したばかりで、シュトラウスのたくさんある歌曲ももっと歌いたいと思っています。

Photo: Olivia Kahler

――あなたの今までのキャリアをふりかえると、サロメやマクベス夫人のような強烈な役柄が観客にとって強く印象に残っていると思います。『ばらの騎士』などの優雅なヒロインを演じることに興味はありませんか?

グリゴリアン:あら、どうでしょう? それらの役もできると思いますよ。もちろん、強烈でドラマティックな役柄は私の強い一面を表してくれて、私を表現しやすいとは思います。でも、それ以外の部分を探求することも面白いでしょう。
正直に言うと、これまで『ばらの騎士』の元帥夫人に興味をいだいたことは全くありません。でも、どうかしら、10年後には自分自身を元帥夫人を通して表現できるようになるかもしれない。すべては時であり、なぜその役柄を歌うのか、時がたてば、そうした感情をわかるようになるかもしれない。私は元帥夫人のような経験をしたことがないだけなのです。でも、それらの役柄にも私を見つけることはできると思いますよ。

――オペラにおいて、演技と音楽の関係性について、どう思われますか?

グリゴリアン:オペラという芸術において、「演技」と「歌」は同等に大切だと思います。これまでのオペラの歴史を振り返ると、偉大な歌手でも演技ができなかったり......今日ではまた違う問題もあって、いい演技者がたくさんいても、歌えなかったり......オペラという芸術においては、自分の身体と声で物語を伝えることが同じくらい大切だと思います。

――珍しいオペラにも積極的に取り組んでいらっしゃいます。今回歌われる歌劇『アヌシュ』(A.ティグラニアン作曲)やザルツブルク音楽祭で歌う『賭博者』のように、上演が稀なオペラは資料も少なく、準備が難しいと思うのですが、そのような作品を歌う時はどのような準備をなさるのでしょうか?

グリゴリアン:どんな曲目でも楽譜から学びとるだけです。あとは私自身のその時の状況などが影響します。ですから、舞台に立つたびに、私の解釈は全く異なります。なぜなら私が感じることは毎回変わるからです。そして、その私自身をその役柄に投影するからです。
知られていない作品を演奏すること、観客を導き、育てていくことは、私の義務でもあると思っています。もちろん、プロコフィエフの『賭博者』のような珍しい作品のみを歌っていくことはできません。観客を集めるのはとても難しいですから。そのため、今回のコンサートでも観客の皆さまがよく知っている作品を中心に取りあげ、そこに1つか2つ、普段聴けないような作品を入れることを心がけています。それが大切なことだと思います。

Photo: Visvaldas Morkevicius

――世界中を飛び回っていらっしゃいますが、プライベートでは普段どのように過ごされていますか?

グリゴリアン:私は2人の子どもの母親なので、「自由な時間がある」とは言えません(笑)。仕事以外では静かに過ごします。子どもの好きなことに付き合ったり......私自身で言えば、サウナに行ったり、マッサージに行ったり、ヨガをしたりすることは好きです。オフの時間は、普段することのできない、身体のメンテナンスをすることを大切にしています。読書も好きです。いつも時間がないなか、やりたいと思うことはたくさんあります。
私は、一番大切なのは、人生において何かを「望むこと」だと思うのです。いつかそれをできると思うことです。

――最後に、日本の観客に向けてメッセージをお願いします。

グリゴリアン:私は日本にすっかり魅了されているのです。日本はとても美しい国、すべてが美しいと感じています。ですからもう一度コンサートで戻れることを本当に嬉しく思っています。私が心から美しいと思うこと、観客の皆さまが美しいと思われることを、コンサートを通して共有したいと思っています。

インタビュー: 2024年4月2日(オンラインにて)

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NBS旬の名歌手シリーズ2024-Ⅲ
アスミク・グリゴリアン ソプラノ・コンサート

公演日

Aプロ:2024年5月15日(水) 19:00
Bプロ:2024年5月17日(金) 19:00

会場:東京文化会館

指揮:カレン・ドゥルガリャン
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団

入場料[税込]

S=¥18,000 A=¥15,000 B=¥13,000
C=¥11,000 D=¥8,000
U25シート=¥4,000
*ペア割引[S,A,B席]

※プログラムについてはコチラをご覧ください。
https://www.nbs.or.jp/stages/2024/singer/03.html