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NEW2024/04/03(水)Vol.491

死を覚悟して、王子は水の精にキスを求めた
〜ドヴォルザーク『ルサルカ』
2024/04/03(水)
2024年04月03日号
オペラはなにがおもしろい
特集

死を覚悟して、王子は水の精にキスを求めた
〜ドヴォルザーク『ルサルカ』

オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。

ざっくり、こんな作品

  • 湖に棲む水の精ルサルカが人間の王子に恋をした。なんとか結ばれたいと望んだルサルカは、父の説得も聞かず、魔法使いに頼んで人間になった。だがその代償は大きい。口をきけず、もしも相手が裏切った時は、その相手と共に水の底へと戻らなければならない。
    狩に出た王子が岸辺でルサルカを見つけ、夢中になった。城で婚約を祝う盛大な宴が開かれる。ところがこの宴に招かれた異国の王女がルサルカを敵視し、王子に近づく。王子は口をきけず踊りもできないルサルカを無視して、異国の王女の誘惑に乗った。耐えきれず王子にすがろうとするルサルカを、湖から出てきた父が連れ去った。
    湖に戻ったものの、ルサルカは以前のように姉妹たちと遊ぶことはできず、孤独だった。後悔した王子が捜しにやってきたが、ルサルカにキスすれば死ぬほかない。それでも本当の愛にめざめた王子はルサルカにキスし、固く抱き合った。水の精の娘は水底へと向かう。
  • ドヴォルザーク作曲、クヴァピル作詞 全3幕、チェコ語/1901年、プラハ・国民劇場初演

聴いてびっくり


王子が半狂乱になって去ったルサルカを捜し求めているところに、ルサルカが現れた。「わたしを覚えてる? 思い出したかしら?」。これが、何しろ人間になる時、口がきけなくなっていたので、王子の聴く最初のルサルカの言葉になる。もう第3幕も煮詰まっているが、ようやく二重唱が始まる。そしてシリアスな悲劇としての『ルサルカ』が姿を現わす。情熱的な王子は、ちっとも情熱的にならない相手に落胆したのだが、それでも王子自身の気持ちは変わらなかった。水底の世界と陸上の世界はなめらかに交わるわけにはいかない。悲劇は最初から予告されていた。水の精は王子と幸せになれない。ルサルカはすでに水の世界に半ば戻っていて、完全に戻るには自分を裏切った王子の命を必要としている。一時は異国の王女の誘惑に乗った王子だったが、ここではもう喜んで命を投げ出す気になっている。2人の歌は休む間もなく終わりに向かう。死を意味すると知ってもためらわず、王子はルサルカにキスする。死のキスは、もしかしたら甘美だったかもしれない。

見てびっくり


このオペラの人気に貢献しているのが第2幕の劇的な緊迫感だ。もちろん城の華やかな舞踏会という背景も大いに役立っている。王子はルサルカの情熱をかきたて、なんとかその冷たい心を溶かそうとするのだが、ルサルカは人間の姿になってはいても、冷たい水の中で育った水の精だから、王子の望み通りにはならない。せめて言葉が通じれば事情を伝えることだってできただろうが、人間の姿になる時の条件で、口がきけない。王子が焦立ちを覚えたところでポロネーズが始まる。城の宴は踊りでその頂点を迎える。王子の踊りの相手を務めるのは異国の王女だ。ルサルカはまだ着替えてさえいなかった。華麗なポロネーズがルサルカのつらさを際立たせる。

この歌を聴け


このオペラで最も広く知られる歌は第1幕で歌われる。水の上に大きな月が出る。月光のもとでルサルカが歌う「月に寄せる歌」だ。メルヘン・オペラとしての『ルサルカ』の象徴のような歌で、美しい旋律の、ドヴォルザーク独自の抒情性を持ったソプラノの名歌として愛されている。耳に残るし、絵になる。歌の内容だって、月光の賛美はなんとも涼しげだ。しかもルサルカは月の光に愛する者がどこにいるのか教えて欲しいと願う。そして歌はただ月を愛でるところにはとどまらない。ヒロイン登場の名アリアは、一歩踏み込んで、愛する相手を抱きしめるという決意に至り、これから起こる悲劇の予感をも感じさせる。独立した歌ではなくて、オペラの歌なのだ。チェコ語のオペラなのでスラブ系のソプラノが得意にするけれど、もちろん言葉や国籍には関係がない。『ルサルカ』は言葉や国籍の障壁を問題にしたオペラでもあるのだから。

鍵言葉キーワード

水の精 アンデルセン「人魚姫」をはじめ水の精と人間の恋は数々の小説や演劇の題材になっている。オペラならホフマン『ウンディーネ』、ロルツィング『ウンディーネ』、チャイコフスキー『ウンディーナ』がある。
ドヴォルザーク 10作にのぼるオペラを書いたドヴォルザークの、『ルサルカ』は9番目にあたる。
ルサルカの湖 ボヘミアのヴィソカーにあるドヴォルザーク記念館(旧カウニッツ伯爵邸)の近くに「ルサルカのの湖」がある。といっても沼あるいは池に近い。
月と太陽 水の精は月のもとにあり、人間は太陽の下にいる。ルサルカは境界を越えた。
異なる世界 世界が互いに近づいた時代に、異国の女性が主役の2つの世界の接触を主題にした舞台作品がいくつも世に出る。プッチーニ『蝶々夫人』、レハール『微笑みの国』など。『ルサルカ』もそのひとつだ。
いじわるな王女 ルサルカのライバルになる異国の王女はとても意地悪だ。でも誘惑の名手で、王子をうまくたぶらかす。
変身 条件付きではあるけれど、ルサルカは魔法使いのお婆さんによって人間に変身する。メルヘン・オペラとしての『ルサルカ』の見どころのひとつになっている。
森の精 最初の場面には水の精でなく、森の精たちが登場する。ルサルカの棲む湖は深い森の中にある。
姉妹たち ルサルカには姉妹がいる。歌ったり踊ったりと楽しそう。人間の世界にいられなくなったルサルカは、また元のように一緒に遊びたいと願う。
現代の上演 メトロポリタン・オペラのようにメルヘンにこだわる上演も多いが、いまでは暗い悲劇としての上演もある。
情熱 王子の気持ちがルサルカから離れるのは、異国の王女の誘惑と、ルサルカの情熱の欠如のせいだった。人間と水の精の違いはそこにある?

監修:堀内修

アスミク・グリゴリアン ソプラノ・コンサートで、
「月に寄せる歌」が歌われます!

来る5月に開催されるアスミク・グリゴリアン ソプラノ・コンサートには、A、B2つのプログラムが組まれていますが、その両プロの幕開きを飾るのが『ルサルカ』。変幻自在ともいわれるほど、役柄になりきるグリゴリアンの水の精としての歌声、表現が、聴く者を一気に引き込んでいくことでしょう。

アスミク・グリゴリアン ソプラノ・コンサート
https://www.nbs.or.jp/stages/2024/singer/03.html

2021年にベルリン・ドイツ・オペラで開催された「エイズ・チャリティ」のガラ・コンサートでグリゴリアンが歌った「月に寄せる歌」はこちらから。
https://youtu.be/3QabqOt7csE?si=0lC3NW2X___9qdu8

Photo: Algirdas Bakas