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NBS日本舞台芸術振興会
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2024/12/04(水)Vol.507

時を経て、3人の男女の恋と争いがよみがえる
ビゼー『真珠採り』
2024/12/04(水)
2024年12月04日号
オペラはなにがおもしろい
特集

時を経て、3人の男女の恋と争いがよみがえる
ビゼー『真珠採り』

オペラを楽しみたい方のために、1回1作品をご紹介します。音楽評論家堀内修さんが選ぶ3つの扉から、オペラの世界へお進みください。

ざっくり、こんな作品

  • セイロン島の海辺で部族の長に選ばれたズルガの前に、かつての友ナディールが現れた。2人は親友だったが、1人の女性をめぐって恋敵になり、争った末ナディールは長く村を離れていた。和解するものの、2人の平和は長く続かなかった。村の真珠採りたちを護る新しい巫女が現れたからだ。顔をベールで隠し、純潔を守る巫女こそ、かつて2人が争った女性レイラだった。恋を再燃させて掟を破ったレイラとナディールに、部族の長として死罪を言い渡したズルガだったが、その後でレイラこそ昔自分の命を救った恩人だと知った。村に火を放ち、命を犠牲にしてズルガは2人を逃す。
  • ビゼー作曲、カレ、コルモン作詞 全3幕、フランス語/1863年、パリ、テアトル・リリク初演

聴いてびっくり


「耳に残るは君の歌声」として広く知られているのが、第1幕でナディールが歌うロマンスだ。テノールのアリアとしてはオペラやクラシックの枠を越えて人気になり、アレンジされてポピュラー音楽のように愛された。本当にタイトル通りメロディーが耳に残ってしまうのだからびっくりする。久しぶりに故郷に帰り、わだかまりのあった友人と和解したナディールは、この集落に護り神としてやってきた巫女を目撃する。決してヴェールをとらないと誓った女性だが、一瞬声を聞く。その声から、過去を思い出して歌い出す。同じように、昔彼女がヴェールをとった時、ナディールは恋に落ちたのだった。声であの時の甘美な恋の思い出があふれ出す。実はこの後目撃した巫女こそ、あの時恋したレイラだと知るのだが、歌う時はまだわかっていない。ただ過去の記憶と失われた恋への強い憧れが歌われる。印象的なメロディーの歌は感傷的で、オペラの歌というよりもふと口ずさめる民謡や流行歌に近いかもしれない。でもその美しさは一度聴いたら忘れられないほど。

見てびっくり


ドラマティックなオペラではないとしても『真珠採り』にはいくつも劇的な場面がある。なかでも第2幕のレイラのアリアからレイラとナディールの恋が復活してしまう場面は、『カルメン』の作者にしては少々素朴ではあるけれど、このオペラの見どころ、聴きどころだろう。レイラは巫女として誓ったにもかかわらず、やはりナディールが忘れられない。でも分別を持たなければと思い悩んでいるところに、当のナディールが現れる。オペラの定番だが、それでもいけないと思いつつ一線を越えてしまうところは、聴く者の胸をときめかせる。案の定2人の禁じられた愛は露見し、ドラマは煮つまっていく。

この歌を聴け


歌のあいだにゆっくり和解が進んでいく。まるで上等なリキュールのように、甘く、心地良い。テノールとバリトンの二重唱はロマン派オペラでは珍しくない。対立や敵意、相克や友情と、さまざまな感情が歌われる。でもこのナディールとズルガの「神殿の奥深く」の二重唱のように甘い歌は、ほかにないのではないだろうか。オペラが始まってすぐ、酒宴が収まったところでこの二重唱は歌われる。おかげで聴く者は『真珠採り』というオペラの味わいを知り、気持ちを高められる。かつて2人は仲の良い友人だった。それが1人の魅力的な女性の登場で壊された。いま関係は修復され、2人はかつての絆を取り戻そうとしている。和解はこの歌の中で、というよりこの二重唱によって成される。印象的なメロディーが繰り返されるごとに絆は固く結ばれていく。なんと心地良いことだろう。この絆は次の幕で危機を迎えるのだが、2人の男の二重唱に酔っているあいだは、先のことなど忘れられる。

鍵言葉キーワード

若い作曲家 パリのテアトル・リリクが若い有望な作曲家に新作を頼もうと、20代のビゼーに依頼した。
『カルメン』
の作曲家
やがて『カルメン』を作ることになるビゼーは、このオペラ発表時25歳だった。
人気オペラ 『カルメン』ほどではないが『真珠採り』は人気があってよく上演される。30作近くあるビゼーのオペラのほとんどは今日上演されない。
異国趣味 19世紀後半、異国趣味はブームになる。このオペラもそのはしりだった。
レイラ 当初このオペラはメキシコを舞台にした、題名もヒロインの名をとって『レイラ』だったが、セイロン島が舞台の『真珠採り』に改められた。
不評 初演された時の『真珠採り』の批評はちっとも良くなかった。例外はベルリオーズで、さすがにこのオペラの魅力がよくわかっていた。
聴衆の支持 批評の悪さにもかかわらず、聴いた聴衆の反応は上々で、『真珠採り』は聴衆の支持によって成功を勝ち得ていった。
「耳に残るは」 当初から第1幕でナディールの歌う「耳に残るは君の歌声」は人気だった。レコード録音の初期にエンリコ・カルーソーがこの歌を録音している。
タンゴ コンチネンタル・タンゴのアルフレッド・ハウゼが「耳に残るは」の歌を編曲して「真珠採りのタンゴ」を作った。アルフレッド・ハウゼ楽団が演奏してヒットし、世界中に広まった。いまでもビゼーのオペラよりこのタンゴのほうが知られているくらい。
日本では パリやニューヨーク、ロンドンなどでの上演は少なくないが、なぜか日本での上演はそれほど多くなく、『真珠採り』は人気オペラにはなっていない。

監修:堀内修

バンジャマン・ベルナイムのコンサートで「耳に残るは君の歌声」が歌われます!

来る2025年1月19日(日)に開催されるバンジャマン・ベルナイムのコンサートでは『真珠採り』のなかでも最大の人気アリア「耳に残るは君の歌声」がプログラムされています。フランス・オペラの魅力を世界中に伝えることが自分の使命というベルナイム。彼の本領が発揮される一曲となるはずです。

Photo: Julia Wesely
バンジャマン・ベルナイム テノール・コンサート

2025年
1月14日(火) 19:00 東京文化会館
1月19日(日) 15:00 サントリーホール
指揮:マルク・ルロワ゠カラタユー
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団

※プログラムの詳細は下記をご覧ください。
https://www.nbs.or.jp/stages/2025/tenor-concert/