「ドナウの娘」は1836年にパリ・オペラ座で初演され、サンクト・ペテルブルク、ウィーン、ベルギー、ミラノ、ロンドンなど世界各地で上演されて大成功を収めました。年代でいえば「ラ・シルフィード」と「ジゼル」の間で、二つと似た部分もありますね。ヒロインがとても魅力的に想定されているし、「ジゼル」のように現実と幻想の二つの世界を行き来もする。しかしこれは、“天上のバレリーナ”と称えられたマリ・タリオーニのために創作され、彼女の資質と一体となった作品なので、「ラ・シルフィード」のほうにより近い。現代で上演するときに求められるのは、まさにこの詩的でロマンティックな資質で、誰にでもできるというものではありません。
 また男性のルドルフ役にも、内面的に複雑な演技と高度なテクニックが要求されます。女性の非現実的な魅力を浮き立たせるために、男性が現実面を受け持ち、技術的にも支えるという重要な役割を担ったのです。
 このようなバレエの内容を再現するにあたって重要だったのは、振付家のフィリッポ・タリオーニが作曲家のアダンに出した指示書です。どのようなドラマの展開、叙情性を求めているのか、最初から最後までじつに細かく指示しています。さらに父親のフィリッポが娘のマリの練習用に出した指示も残っていて、ひじょうに細かく複雑なパを組み立てていたことがわかる。名バレリーナをしても難しいバレエだったのです。
 昨年、東京バレエ団でリハーサルを行ったときも、最初は大変だったようですが、最後には素晴らしく仕上がりました。東京バレエ団はコンテンポラリーを踊り、このようなロマンティック・バレエも見事にこなします。他にこの作品を上演できるのは、パリ・オペラ座、デンマーク、英国ロイヤル、ボリショイ、マリインスキーくらいだと思います。共通するのはバレエの“スタイル(様式)”を大事にしていること。バレエというのは本来、作品の魂を観客に伝えて感動を与えるもので、テクニックだけを見せるものではありません。日本には洗練された文化がありますし、観客の方々も多くのカンパニーを見てバレエの知識が豊富です。ロマンティック・バレエの記念碑ともいえるこの作品の魅力も、ぜひ味わっていただけると思っています。

 
Photo:Kiyonori Hasegawa