新『起承転々』〜漂流篇VOL.2

リバースチャージって何?

  先号で消費税のリバースチャージ方式導入が、海外の芸術団体の招聘事業にとって大きな負担になっていると書いた。オペラ団やバレエ団の招聘公演のチケット代をこれ以上高くできないので、なんとか税制改正してもらいたいと関係各方面に働きかけているのだが、一度法制化されたものを変えるのは、至難の業であることがわかって暗澹たる気分に陥っている。常々日本政府は文化国家を標榜しているわりには、諸外国と比べて芸術文化は冷遇されていると感じてきた。本来なら海外のオペラ団やバレエ団、オーケストラの招聘公演などは、二国間の公的な機関同士で行われるべき国際文化交流事業ではないかと思っている。近年はアジアの近隣諸国においても、国や公共団体が主体で積極的に行われ始めているし、世界的な芸術団体はこれまで以上に活発に世界中を飛び回って公演している。そうした状況にあるにもかかわらず、わが国において国際文化交流の妨げになるような税金を余計に課すのは、国の文化政策と照らして矛盾しないのかと思ってしまうのだ。
 消費税のリバースチャージ方式は複雑で、私のような門外漢にとって説明するのは荷が重いのだが、そもそも「電気通信利用役務の提供」と題され、インターネット取引を想定して導入されたようなのだ。インターネット・ビジネスの台頭から消費税の課税対象となる国内取引に該当するかどうかの判断基準を、今までの「役務の提供を行う(お金をもらう)者の事務所等所在地」から「役務の提供を受ける者の住所」に変えることになった。インターネットには国境がないので、インターネット・ビジネスにおける国内と国外の事業者に課せられる消費税負担が異なり、その競争条件のひずみを是正するためとされている。2014年の秋、サッカーの外国人選手の消費税の課税漏れがマスコミで報じられたが、それがきっかけになって、インターネット取引に対する導入に便乗したかのように国外事業者が国内で行う芸能・スポーツ等の役務提供においても適用されることになったらしい。外国人の芸能人やスポーツ選手は国境を越えて活動するから、申告せずに帰国すると日本の税務当局が海外に出向いて徴収するのが難しいからだろう。
 我々の世界に置き換えると、海外の芸術団体やアーティストに支払い義務があった消費税を、なかなか徴収できないから彼らに代わって日本の招聘元が納めろということなのだ。きっと拙稿を読んでくださっている皆さんは、招聘元が彼らの消費税を払わなければならないならば、芸術団体やアーティストの契約金からその分を差し引けばいいではないかと思われるだろうが、そんな単純な話でもない。通常、アーティストとの契約はNET(手取り)契約だからだ。それぞれの国によって税金の制度が違うから、世界各地を転々とするアーティストにとって、GROSS(税込み)で契約すると、国によって実際にいくら受け取れるのかわかりにくい。だから我々の世界においてはNET(手取り)契約が国際的な慣行になっている。消費税分を差し引くといえば、当然、相手方はその分契約金に上乗せしろと言ってくるだろう。
 これまでは2年間の基準期間ルールがあって、海外の芸術団体やアーティストの契約金などの売上が1000万円を超える公演を2年前に行っていなければ、2年後の日本公演に関しては消費税がかからなかった。それがリバースチャージ方式の導入によって、訪日のたびに海外芸術団体やアーティストの消費税を国内招聘事業者が負担しなければならなくなった。外国のオペラ団やバレエ団の場合、これまで2年続けて日本公演を行うことはまずあり得なかったので消費税はかからなかったが、リバースチャージ方式導入によって、この基準期間ルールが実質的に撤廃されることになったのだ。NBSはオペラ団やバレエ団を丸ごと招聘することが多いので、契約金などの売上にかかる消費税の負担も桁違いになる。しかも年間いくつもの団体を招聘しているので、それらの契約金に対して課せられるリバースチャージ方式による消費税の総額は、昨年度の場合1億円にも達する。
 NBSは公益財団法人だから収支トントンでやりくりしてきたが、ただでさえ招聘公演のチケット代が高いというファンからの声が聞こえてくるのに、さらに高く設定すればたちまちチケットの売れ行きに影響するから、消費税分をそのままチケット代に反映させることもできない。2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控え、文化プログラムをいかに充実させるかが取り沙汰されているときに、このリバースチャージ方式の導入によって、海外からの大掛かりなオペラやバレエ、オーケストラなどの招聘公演が減っていくだろうことを、いったい誰が理解しているのだろうか。招聘公演はインターネット・ビジネスとはまったく別物だし、スポーツの世界とも違う。にもかかわらず、それらと同列に芸術文化に新たに税金を課すのは文化国家のやることではないと思うのだが、読者の皆さんはどうお思いだろうか。これから本格的に動き出す東京オリンピック・パラリンピックの文化プログラムを豊かなものにするためにも、訪日芸術団体やアーティストたちの契約金に関しては、2年間の基準期間ルールが復活し、これまでどおり課税されなくなることを切に願っている。