ハンブルク・バレエ団「ニジンスキー」(全2幕) バレエ界の神話となった男、ニジンスキーの光と闇が交錯する人生、そして魂

ノイマイヤーの魔術のなかで“魂”を魅せるダンサーたち

Photo:Kiran West

第2幕より

 ヴァツラフ・ニジンスキーはバレエ史上もっとも有名で、もっとも浪漫の香り漂う人物である。ウクライナに生まれ、セルゲイ・ディアギレフ率いるバレエ・リュスに参加しパリへ。一躍時代の寵児となり、幾多の伝説を生んだ。だが、ロモラとの結婚を境にディアギレフとの関係が悪化。バレエ団を解雇。ロシア革命勃発により故郷にも帰れず、徐々に心を病んでいく。ニジンスキーがダンサー、振付家として活躍したのは、わずか10年足らずの期間だった。
 バレエ「ニジンスキー」は、自らもニジンスキーに憧れてバレエを始めたと語るノイマイヤーの、ニジンスキーへの愛が詰まった作品である。まず何よりも、オープニングが素晴らしい。  舞台はスイスの高級リゾートホテル、スヴレッタハウス。ニジンスキーが公衆の前で踊った最後の場面だ。彼が踊り始めると観客たちはざわめき、拍手が起こる。ひときわ大きく長く拍手をする人物が…‥ディアギレフだ!その瞬間、時代は一気に遡る。
 ニジンスキーの兄や妹、バレエ・リュスのダンサーたち、そしてニジンスキーが踊った役柄たちがホテルの片隅から次々と現れる。やがてダンサーたちは押し寄せる波のようにホテルを飲み込み、私たちをバレエ・リュスの全盛期に誘う。なんと美しく魅惑的な幕開けだろう。観客たちは一瞬でノイマイヤーの魔法にかかってしまう。ニジンスキーの人生の目撃者となるのだ。

 
Photo:Kiran West

(左)アレクサンドル・リアブコ (右)エレーヌ・ブシェ

 今回、タイトルロールを演じるのは、アレクサンドル・リアブコとアレクサンドル・トルーシュである。リアブコは2005年の来日公演でもニジンスキー役を務め、まるでニジンスキーが蘇ったかと見まがうほどの渾身の演技で、観る者の胸に強く迫った。日本に居ながらにして、あの魂が震えるような衝撃の舞台に再び出会えるとは、なんという幸運だろう。トルーシュは今回の来日公演で男性ダンサーでは唯一、二演目に主演するノイマイヤー期待の若手。清新な感性とナイーブな持ち味でリアブコとはまた違ったニジンスキー像を見せてくれるはず。
 ニジンスキーの妻、ロモラは悪妻として描かれることも多い。だが、ノイマイヤーが描くロモラは一味違う。とりわけ第2幕のワンシーンが印象的だ。
 ロシア革命で戦う兵士たちを背景に、ニジンスキーを乗せたソリをロモラが全身の力を込めて引っ張っていく。それは、祖国の戦いに傷つき心を病んだニジンスキーを、その呪縛から助けようと必死な妻の姿であり、それが叶わない彼女自身の叫びのようにも見える。だが同時に、ニジンスキーの存在が彼女の枷になっているようにも感じられるのだ。

     
Photo:Kiran West

(左カロリーナ・アグエロ (右)アレクサンドル・トルーシュ

   

 ロモラ役はエレーヌ・ブシェとカロリーナ・アグエロ。いまやほとんどすべての作品で主役を演じるブシェは、ノイマイヤーのミューズと言っても過言ではないだろう。大らかで華やかな存在感に少女のように純真な感性が同居している。彼女が描くロモラは果たしてどんな女性なのだろう。一方、繊細で陰影に富んだ心理描写が深く心にしみる。ジワジワと私たちの感情に訴えかけてくるのがアグエロの持ち味。ブシェとはまったく違うアプローチで、ロモラを演じ切ってくれるに違いない。
 バレエの魅力を世に知らしめた立役者であり、ニジンスキーの愛人でもあったディアギレフ。しかし、父のいない家庭に育ったニジンスキーにとっては、父親のような存在でもあったのかもしれない。冒頭、スヴレッタハウスでディアギレフに駆け寄り、その腕のなかで子どものように安心しきった表情を見せるニジンスキーからは、二人の強い絆、確かな信頼が感じ取れる。
 ディアギレフを演じるのはイヴァン・ウルバンとカーステン・ユング。気品と厳格さのなかに柔らかさをにじませるウルバン。紳士的で純朴ながらも野性味を感じさせるユング。対照的な個性の二人が描くディアギレフが、ニジンスキーとどのようなドラマを生み出すのか。ハンブルク・バレエ団真髄の舞台が待ち遠しい。

   

ヴァツラフ・ニジンスキー

 1890年キエフで生まれ、10歳でマリインスキー劇場付属舞踊学校に入学。18歳で主役に抜擢された。1909年、芸術プロデューサーのセルゲイ・ディアギレフが、ロシアのバレエ界の才能を集めてパリで旗揚げした〈バレエ・リュス〉において、高い跳躍力と演技力、両性具有的なオーラを備えた天才ダンサー、ニジンスキーは花形スターとなる。「シェエラザード」「薔薇の精」「ペトルーシュカ」といった作品で観客を魅了したニジンスキーは、自身でも振付を始め、「牧神の午後」「春の祭典」などで革新的な才能をみせて劇場を騒然とさせた。しかしニジンスキーは、愛人で庇護者だったディアギレフに無断でバレエ団の女性ロモラと結婚。ディアギレフの怒りを買い、バレエ・リュスを解雇される。仕事で不遇をかこつうちにしだいに精神をむしばまれ、1919年の静養先のホテルでの公演を最後に病院での療養生活に入り、バレエ界から姿を消す。1950年死去。

ハンブルク・バレエ団
2018年日本公演

「椿姫」プロローグ付全3幕

【公演日】

2018年
2月2日(金)6:30p.m.
2月3日(土)2:00p.m.
2月4日(日)2:00p.m.

会場:東京文化会館

【予定される演目】

マルグリット: アリーナ・コジョカル(2/2)、 アンナ・ラウデール(2/3)、 エレーヌ・ブシェ(2/4)
アルマン: アレクサンドル・トルーシュ(2/2)、 エドウィン・レヴァツォフ(2/3)、 クリストファー・エヴァンズ(2/4)
マノン: シルヴィア・アッツォーニ(2/2)、 カロリーナ・アグエロ(2/3)、 有井舞耀(2/4)
デ・グリュー:アレクサンドル・リアブコ(2/2)、 クリストファー・エヴァンズ(2/3)、 カレン・アザチャン(2/4)

ガラ公演〈ジョン・ノイマイヤーの世界〉

【公演日】

2018年
2月7日(金)7:00p.m.

会場:東京文化会館

【予定される演目】

カンパニー総出演

「ニジンスキー」全2幕

【公演日】

2018年
2月10日(土)2:00p.m.
2月11日(日)2:00p.m.
2月12日(月・祝)2:00p.m.

会場:東京文化会館

【予定される演目】

ニジンスキー: アレクサンドル・リアブコ(2/10 、2/12)、 アレクサンドル・トルーシュ(2/11)
ディアギレフ: イヴァン・ウルバン(2/10 、2/12)、 カーステン・ユング(2/11)、ロモラ:エレーヌ・ブシェ(2/10 、2/12)、カロリーナ・アグエロ(2/11)

【演奏】

「椿姫」は東京フィルハーモニー交響楽団、<ジョン・ノイマイヤーの世界>と「ニジンスキー」は特別録音による音源を使用します。

【入場料[税込]】

S=¥23,000 A=¥20,000 B=¥17,000 C=¥14,000 D=¥11,000 E=¥8,000
エコノミー=¥6,000 学生券=¥ 4,000

*エコノミー券はe+のみで、学生券はNBS WEBチケットのみで12/22(金)より発売。