新『起承転々』〜漂流篇VOL.14 求む、優秀人材

求む、優秀人材

 早いもので、この4月30日がNBSと東京バレエ団の創立者佐々木忠次の三回忌だ。
 4月半ばまで「週刊女性自身」で、「バレエで世界に挑んだ男」と題し、佐々木の人生が桜沢エリカさんによって漫画化され、15週にわたって連載されていた。原作は佐々木が亡くなって6か月後に上梓された追分日出子著「孤独な祝祭」だが、今夏開催される「世界バレエフェスティバル」に時期を合わせ単行本になる予定だ。「世界バレエフェスティバル」は42年前に佐々木が始め3年ごとに開催してきたものだが、佐々木が亡くなって初めての開催になるので、追悼の意味を込めて、今回のフェスティバルの千秋楽を「SASAKI GALA」と名づけて公演しようと思っている。「SASAKI GALA」というのは、本フェスティバルが海外のバレエ関係者の間で、そう呼ばれてきたことにちなんでいる。
 振り返ってみれば、私の人生は佐々木に振り回され通しの人生だったと、自分で勝手に総括している。若いころは土日も祝日も関係なく働いていたものだ。あるとき数えてみたら、1年間で5日間しか休みをとっていなかった年もあった。しかし、押し付けられて仕事をしていたわけではないので、ストレスはあまり感じなかったように思う。
 いま政府の方針で、否応なく働き方改革を突きつけられている。大企業のように労働条件が整備されているところも右顧左眄しているように見えるが、われわれ家内制手工業のような芸術団体にとっては、異次元の世界の出来事のように思える。意外に思われるかもしれないが、私は「職人」を自認している。小さなレストランの経営者であって、料理人のようなものだと思っている。お客さんに繰り返し足を運んでもらえるような料理を出し、気持ちよく過ごしてもらえる時間と空間を提供することが仕事だからだ。大企業の働き方とはまったく違う。私のように規則に縛られて、思うぞんぶん働けないことを苦痛に感じる人も少なからずいるのではないか。世の中はAI(人工知能)をはじめ、テクノロジーの急激な進化により大きな地殻変動を起こしている。近い将来、車は自動運転になるし、コンビニもやがて無人化されるだろう。出版や放送、金融や医療も大きく様変わりするに違いない。AIの進化とロボットの低価格化で、すでに人間にしかできなかった知的労働まで機械が担い始めているようだ。第4次産業革命と言われているが、ほとんどの業種が変革を迫られている。幸いなことに、われわれの舞台芸術の世界は、テクノロジーの進化の影響をあまり受けるとは思えない。それどころか、逆に人間らしさを求める動きが強くなり、相対的に価値が上がるかもしれない。いまさらダーウィンの「進化論」を持ち出すまでもなく、環境の変化に適応できなければ生き残れないのだから、働き方も変えなければならないのは、当然の成り行きだろう。
「日経ビジネス」(2018年4月2日号)に、カリスマ経営者である日本電産の永守重信氏が、働き方改革について語っていて、とても興味深かった。「モーレツ」とか「ガンバリズム」の権化のように思われていた永守氏が、いま率先して働き方改革に取り組んでいる。「今の我々の生産性はドイツ企業と比べるとほぼ半分。だから生産性を2倍にしないと残業がゼロにならないということですよね。残業ありきではなく、まず生産性を2倍にしようと言っている。生産性を上げないまま残業をゼロにしたら、余分に人を採用するか、社員の年収を減らすしかない。どちらも失敗です」と語っている。「働き方改革は、実に奥が深い」と言う。
 われわれ舞台芸術の世界の働き方は、出口のない迷路のようで、一筋縄ではいかない。NBSでも制作や営業、広報、それに東京バレエ団やバレエ学校の担当者の働き方は同じではないのだ。しかも、公演は土・日・祝に集中しているから、それを仕事の中心に据えて働かなければならないから、なおのこと複雑だ。
 組織は人しだいであるとつくづく感じる。芸術団体のような少人数の組織は、いい人材が入ってくれれば、たちまち変わる。優秀人材を獲得するためには、もっと舞台芸術の社会的な価値を高めていかなくてはならないだろう。「ブラック企業」では優秀人材は寄りつくはずがない。私も永守氏同様「モーレツ」に働いてきたくちだが、働き方改革は避けて通れないと思っている。いくつもの困難を克服してでも働き方改革を現実のものにして、労働条件を整備していかなければ、われわれの舞台芸術の世界は若い人たちに見向きもされなくなるだろう。NBSはこのところ新卒や第二新卒など若い人を積極的に採用し、将来を見据え人材育成に重きを置いている。人間は簡単に促成栽培できないから根気がいるが、若い人たちには可能性が感じられる。当方の人事担当者の奮闘によって、少しずつではあるが労働環境は改善していると感じている。舞台芸術に関わる人間らしい仕事をしたいと思っている人は、ぜひNBSの扉を叩いてもらいたい。来たれ、優秀人材!