ロッシーニの『オテッロ』と、ヴェルディの『オテロ』。声質の全く異なる二つの傑作オペラの主役を歌ったテノール、それがグレゴリー・クンデだ。2008年にはロッシーニ・オペラ・フェスティバルと来日してロッシーニの『オテッロ』を歌い、2013年にはフェニーチェ歌劇場と来日してヴェルディの『オテロ』を歌った。アメリカに生まれ、アルベルト・ゼッダに認められ、ロッシーニの「スターバト・マーテル」でスカラ座デビュー。「それが僕のベルカント人生の始まりでした」とクンデは言う。
「ヴェルディの『オテロ』を歌うという決断は容易ではありませんでした。それまで30年以上にわたり、ロッシーニなど、ベルカントの分野で活躍してきましたから。しかし2009年ごろ自分の声が変化してきたのに気づきました。声が重くなり、軽やかなベルカントは無理になってきたのです。その頃、トリノ歌劇場の指揮者、ジャナンドレア・ノセダが、ヴェルディの『シチリア島の夕べの祈り』を歌わないかと声をかけ、説得してくれました。果たしてロッシーニ歌手の看板を下ろすことが出来るか、新しい役で聴衆を説得できるのか。もし成功しなかったら引退もやむを得ないと覚悟を決め、悩んだ末に決断しました。その結果は成功でした。翌年にはフェニーチェ歌劇場から、ヴェルディの『オテロ』を歌わないかとオファーが来ました。2012年に初めて歌った『オテロ』が私の大きな転機になったのです」
「パッパーノとは長い付き合いです。もう35年以上前ですが、私のキャリアの初期に、彼にピアノをひいてもらい、ヴォイストレーナーとしてコーチしてもらいました。僕の昔の声を知っているので、しばらくぶりにロッシーニ・フェスティバルで再会したとき、いったいお前に何が起きたのだと驚いていました。指揮者としての彼は語り尽くせないほど素晴らしい。歌手を良く知り、歌手を大事にしてくれる指揮者です」
「心理描写がとても重要な、素晴らしいプロダクションです。このオテロを演じられて幸運です。キースが表現するのは、心の奥底に流れる微妙な感情やディテールを大事にするという演出です。ドラマチックというより、エモーションを大事にする、まさにファンタスティックな演出です。しかもロマンチック。彼は余分なジェスチャーは要らないといい、演技力だけを求めるのです。私はキースをシンガー・ディレクターと呼びたい。彼はまずは音楽を愛し、重視するという素晴らしい演出家です」
「じつはオテロ役より難しいのが、デ・グリューの役。瞬間的に恋に落ち、ナーバスになっていく、その微妙な心のひだを、表現しなくてはいけない。なにしろこの年で20代初めの若者を演じなくてはいけないのですから、最もチャレンジングな役です。でも自分の声を大切に見極めながら発展させていった結果がいまの声。時間をかけて、自然な流れを大事にする。若手にはいつも言っています。あせらず時間をかけること。歌い過ぎないこと。私はキャリアを歩み始めて30年以上経って、58歳で初めてヴェルディのオテロを歌いました。ベルカントを歌い尽くした上で新しい地平に移ったのです。声を虐待しないこと、歌って少しでも負担を感じたら、それ以上歌ってはいけない。テノールはスマートでなければ。世間はプッシュしてくるから、自分で判断できる頭脳が必要です」
近年クンデは指揮活動もスタートさせた。2018年8月、フェニーチェ歌劇場で『セビリャの理髪師』を指揮。「これからはベルカントのレパートリーを増やして、もっと指揮したい」。ロッシーニからヴェルディへ、そしてもう一つの新しい地平を見つけたグレゴリー・クンデ。気分はまだまだ青春だ。
(インタビュー・文:石戸谷結子 音楽評論家)
指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:デヴィッド・マクヴィカー
2019年
9月12日(木)18:30
9月15日(日)15:00
9月18日(水)15:00
会場:東京文化会館
9月22日(日)15:00
会場:神奈川県民ホール
ファウスト:ヴィットリオ・グリゴーロ
メフィストフェレス:イルデブランド・ダルカンジェロ
マルグリート:レイチェル・ウィリス=ソレンセン
指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:キース・ウォーナー
2019年
9月14日(土)15:00
9月16日(月・祝)15:00
会場:神奈川県民ホール
9月21日(土)16:30
9月23日(月・祝)16:30
会場:東京文化会館
オテロ:グレゴリー・クンデ
ヤーゴ:ジェラルド・フィンリー
デズデモナ:フラチュヒ・バセンツ
S=¥59,000 A=¥52,000 B=¥45,000 C=¥37,000 D=¥30,000 E=¥23,000 F=¥16,000
*E,F席の発売方法は追って発表します。