ミラノ・スカラ座 2020年日本公演 話題沸騰、注目の2019/2020オープニング公演!『トスカ』 壮大な美術が映像のような美しさで迫るスカラ座の本領 Photo: Brescia e Amisano

Photo: Brescia e Amisano

 今年のミラノ・スカラ座は『トスカ』でシーズンが始まった。世界で最も上演回数が多いオペラ作品だが、スカラ座のオープニングを飾るのは初めてだ。今回の上演は指揮者シャイーの意向で1900年1月14日の初演版で演奏されるということや演出家リヴェルモアの超テクノロジーを駆使した舞台に加え最高のキャストということで大きな話題を呼んでいた。そしてチケットは発売と同時に全公演完売となった。
 そしていよいよ12月7日ミラノの守護聖人サン・アンブロージョの祝日を迎えた。この祝日にシーズンが開幕するのは1940年からのしきたりになっている。中央パルコ席にはマッタレッラ大統領、上院議長、文化大臣、ミラノ市長らが迎えられて国歌が演奏された後、幕が開いた。
 演出家は映画のような舞台を作ると言っていたが、舞台中央に仕込まれた回り舞台と舞台装置の動きで、まさに映像を見ているかのような錯覚に陥る。スカラ座の舞台機構を生かして、いかにもスカラ座らしい大掛かりな舞台を実現させている。第1幕はアンジェロッティが牢獄から逃亡してサンタ・アンドレア・ヴァッレ教会に駆け込むところから始まる。それは確かに前奏部分の音楽に描かれているのだ。最初の和音は恐ろしき警視総監スカルピアのテーマであるし、恐怖にかられて走る逃亡者アンジェロッティの様子がシンコペーションで描かれている。音楽を視覚的にも表現しようとしている、まさに映画のストーリーボードを追うかのような演出である。
 真実主義のこの作品は1800年6月14日の「マレンゴの戦い」から数日後の物語で場所もローマに現存する教会、ファルネーゼ宮殿、聖アンジェロ城が舞台なので、読み替え演出は通用しないと思うが、いかにも21世紀らしい斬新な手法で目が離せない。凄いとしか言いようのない舞台が実現しているのである。
 通常上演される『トスカ』は初演後にプッチーニ自身がカットをして手を加えた版が使われている。ローマの初演以後カットされた部分を復活させた校訂版での上演は今回のスカラ座公演が初の試みになる。第1幕のトスカとカヴァラドッシの二重唱の間に挿入された2小節、トスカのアリア〈歌に生き恋に生き〉の最後に挿入されたスカルピアとトスカの対話は『トスカ』を聴いたことがある人ならすぐに「何か違う」と気づくと思うが、その他の箇所はそれほど違いを感じさせるものではなかった。
 フィナーレはカットされていた14小節分が挿入されたため、実に42秒も長くなっているが、舞台にくぎ付けになっている観客はその違いに気づかないかもしれない。それほどまでに凄い舞台なのだ。
 圧巻だったのはスカルピアを演じたルカ・サルシで、このオペラは『トスカ』というタイトルより『スカルピア』の方がふさわしいという声が高かった。彼の歌唱力は近年ずば抜けて優れているが、今回は彼の演技力も充分に発揮されている。もちろんプリマドンナを演じる真のプリマドンナのネトレプコは芯の強いトスカを演じきってアリア〈歌に生き恋に生き〉の後はしばらく拍手が鳴りやまなかった。
 この作品の見せ所は何といっても第1幕フィナーレのテ・デウムだ。たった7分間の間に舞台には200人以上の合唱、児童合唱、助演達が続々と教会に入って来る民衆や宗教関係者となって登場する。この場面もまた回り舞台を使って映像を追っているような効果を出している。
 日本でもNHKでの放送が予定されているが、このオープニングはヨーロッパ7カ国(イタリア、フランス、ドイツ、チェコ、ハンガリー、ポルトガル、ギリシャ)で実況中継され、韓国、ロシアでも放送される予定である。今年はミラノの町38カ所にスクリーンが用意され、ミラノの他にもイタリアの27の都市の映画館でライヴ・ビューイングが行われた。
 びっくりするようなフィナーレの演出については観客の皆さんのお楽しみに取っておきたいので敢えて記さないことにする。9月のスカラ座日本公演は話題を呼ぶこと間違いないと確信している。
 カーテンコールでの20分近い拍手がこの公演の大成功を祝っていた。