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2021/08/17 2021:08:17:15:45:10

第16回〈世界バレエフェスティバル〉―ベジャール振付「椅子」上演にあたって

今回の第16回〈世界バレエフェスティバル〉Bプログラムでは、アレッサンドラ・フェリとジル・ロマンにより、モーリス・ベジャール振付の「椅子」が上演されます。

本作は20世紀の不条理演劇の大家、ウージェーヌ・イヨネスコの戯曲にベジャールが振付けた作品です。舞台では戯曲のセリフも一部用いられるため、ここにその翻訳を掲載いたします。

また、上演に先駆け、NBS WEBマガジンでは舞踊ライターの實川絢子さんによる作品紹介のほか、フェリとロマンのコメントもご紹介しておりますので、ご来場の前にご一読いただければ幸いです。

27年ぶりに復活をとげる「椅子」にどうぞご期待ください。


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ウージェーヌ・イヨネスコ「椅子」より

 

1. 老人:ラジオもありますし、釣もできます。それに、舟の便も案外便利で。

日曜ごとに、朝二回、夕方一回通います。天気がよければ、月も出ますし。この年になったら、もう少し休まなくっちゃあいけない、て家内はいうんですが。いやいや、休むなら、墓にはいってから、いくらでも暇ができますからな。

 

2.老人:セミラミス、お客さまですよ。さあ、急いで。お待ちかねだよ、お客が。

家内はけっしてうそはつきませんですよ。

そりゃ、わたしどもは年寄りですが、恥ずかしい真似はいたしません。

お茶をお飲み、セミラミス。あなたがわたしのイゾルデになってくださったら。そして、わたしがあなたのトリスタンに。美しさは心の中にこそあるのです......おわかりでしょう。


3. 老人:まったく、年というものは、重荷でしてな。あなたも、永久に年はおとりにならないといいが。

老人:いや、感無量です......しかし、たしかに、あなたはあなただ......わたしはあなたが好きだった。もう百年も前のことだが......これほどあなたが変わられるとは......これほどお変わりがないとは......わたしはあなたが好きだった。いや今でも好きです。


4. 老人:ああ、お母さん、どこにいるの、お母さん? ぼくはみなしごだ。

    老婆:わたしはあんたの奥さんよ。今ではわたしがお母さんよ。


5. 老人:もう一度、過ぎた時を取り戻したい?......できますかね、まだ? できるとお思いですか? ああ、いやいや。時は、汽車より早く過ぎてしまった。それは、肌の上に、レールの跡を描いてしまった。あなた、整形手術が奇跡を行なえるとお思いですか?

 

安堂信也の邦訳(『ベスト・オブ・イヨネスコ 授業/犀[新装版]』白水社、2020)にもとづく