オペラ・ファンの心をワシづかみにした〈旬の名歌手シリーズ2022〉。同シリーズは2023年も続きます。2023年1月、そのトップを飾るヴィットリオ・グリゴーロのコンサート開催が発表されるや、ファンの皆さまからは大きな反響が寄せられています。オペラ評論家の香原斗志さんに、グリゴーロの魅力をご紹介いただきました。
パンデミックの到来など知るよしもない2020年1月、ミラノ・スカラ座でグノー『ロメオとジュリエット』を鑑賞した。ロメオ役はヴィットリオ・グリゴーロ。この役の若い情熱が甘美に、かつ繊細に浮かび上がった圧巻の歌唱で、怒涛のような「ブラボー」を浴びていた。
一定の音量と強さで歌いつづける歌手が多いので誤解されがちだが、作曲家はたいてい、かなり広いレンジで強弱をつけることを歌手に求めている。ほんとうは歌手が、そういう要求に応えてはじめて、歌に生々しい感情が宿り、オペラがドラマとして動き出す。
とはいっても、それが難しいのだが、グリゴーロにはできる。今日、グリゴーロほど強弱を自在につけ、旋律を豊かなニュアンスで彩るテノールを私は知らない。しかも響きの質は、音域や音量が変わっても常に一定に保たれ、圧倒的なテクニックだというほかない。
輝かしく官能的な声は、このところ望ましく熟成され、色彩はいっそう豊かになり、ニュアンスの幅も増している。スカラ座のロメオ役でも、そんな特別な声を完璧にコントロールして喜怒哀楽を美しく深掘りしたから、聴き手は恍惚とするしかなかったのだ。
その後、コロナ禍で歌えなくなったとき、グリゴーロはワインの製造を始めたという。「ワインは少しずつ熟成するところが声によく似ている。よい素材をしっかり育てれば、すばらしい声になる、という点で声はワインそのもの」と語っていたが、言い得て妙だ。洗練された舌触りで、複雑な味わいと豊かなニュアンスを楽しめるという点で、グリゴーロの声は最高のヴィンテージ・ワインにたとえられる。
ところで、抜きん出たロメオ役は美しいフランス語にも支えられていた。イタリア人が歌うフランス・オペラは、イタリア風の表現から抜けられないことが多い。だが、フランス語を母国語とする生徒が通う学校で学んだグリゴーロは、フランス語はネイティブ同様に自在なのだ。
もちろんイタリア語で歌えば、流麗でスタイリッシュなイタリアの風を吹かせる。子供のころローマ歌劇場の『トスカ』でボーイソプラノとして共演して以来、ルチアーノ・パヴァロッティからたびたび手ほどきを受けてきたグリゴーロ。端正だが濃密なフレージングや美しいポルタメント(音と音をなめらかにつなぐテクニック)は、パヴァロッティを彷彿させる。
こうしてイタリアとフランスのスタイルの違いを踏まえ、見事に歌い分ける「二刀流」の鮮やかさは、大谷翔平にもたとえられそうだ。
このコンサートは、ヴェルディやプッチーニのイタリアらしいアリアと、フランスならではの甘さや切なさが織り交ぜられている。大谷が投手として先発しながら打席でホームランを打つように、伊仏それぞれの曲を理想的な表現で味わえる稀有な機会になるだろう。ちなみに、グリゴーロが少年時代にパヴァロッティと共演した『トスカ』の指揮者は、今回共演するダニエル・オーレン*だった。そのこともまた、最高の舞台を予感させる。
*当初の発表より変更が生じております。詳細はこちらからご確認ください。(1/23付)
香原斗志(オペラ評論家)
2023年
1月28日(土)15:00
会場:サントリーホール(東京)
S=¥22,000 A=¥20,000 B=¥17,000
C=¥14,000 D=¥9,000 P=¥6,000
U25シート=¥3,000
*ペア割引あり[S,A席]
ヴェルディ: | 歌劇『リゴレット』“女心の歌” |
マスネ: | 歌劇『ウェルテル』“春風よ、なぜ私を目覚めさせるのか”(オシアンの歌) |
グノー: | 歌劇『ロメオとジュリエット』“恋よ、恋よ! ああ太陽よ昇れ” |
ドニゼッティ: | 歌劇『愛の妙薬』“人知れぬ涙” |
オッフェンバック: | 歌劇『ホフマン物語』“むかし、アイゼナッハの宮廷に”(クラインザックの歌) |
ビゼー: | 歌劇『カルメン』“お前の投げたこの花は”(花の歌) |
プッチーニ: | 歌劇『トスカ』“星は光りぬ” |