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Photo: Kiran West

2020/11/18(水)Vol.410

ハンブルク・バレエ団3年ぶりの来日
2020/11/18(水)
2020年11月18日号
TOPニュース
バレエ

Photo: Kiran West

公演中止のお知らせ

2021年3月に予定しておりましたハンブルク・バレエ団日本公演は、現況を鑑み公演中止とさせていただくことになりました。公演を楽しみにお待ちいただいておりましたお客様には大変申し訳なく、深くお詫び申し上げます。
詳細はコチラのページでご確認くださいますようお願い申し上げます。

ハンブルク・バレエ団3年ぶりの来日

ノイマイヤーが描く
21世紀の『アンナ・カレーニナ』

ジョン・ノイマイヤー率いるハンブルク・バレエ団が3年ぶりに来日する。コロナ禍という試練の中で、舞台芸術の力を改めて見つめる日々が続くが、今回の3演目も期待を裏切らないことは確実だ。まずは2017年初演の『アンナ・カレーニナ』に注目しよう。

豪奢な毛皮の外套をまとった貴婦人と、軍服に身を包んだ青年士官。19世紀ロシアの文豪レフ・トルストイの有名小説から、まず浮かぶイメージはそれかもしれない。バレエ・ファンならご存知のように、帝政時代の貴族社会とバレエの相性は抜群で、過去にも複数の作品が誕生している。だがノイマイヤーの「アンナ・カレーニナ」は時を現代に移し、かつてないほどのスケール感で観客の前に立ち現れる。
幕が上がると、大きな歓声と拍手が客席に向かってあふれ出る。巨大なポスターの下、再選を目指す政治家カレーニンを取り巻いて支持者やジャーナリストたちが入り乱れ、アンナは息子セリョージャとともに夫に寄り添い、理想の家族を体現している。
SPに守られて広い邸宅に暮らす一家だが、そこで2人になった時、夫婦のぎこちなさが露呈する。孤独を抱えるアンナは、兄スティーヴァの家に向かう途中の駅で偶然出会った青年ヴロンスキーに強く惹かれる。ラクロスのスター選手である彼は、女性たちの視線を集める華やかな存在。激しい恋に落ちる2人の物語と時に交わりながら、夫の浮気に悩む兄嫁ドリーの物語、ヴロンスキーに去られたことで心を病み、やがて農場主のリョービンと家庭を築くキティの物語が、3本の流れのように綴られてゆく。

Photo: Kiran West

ラクロスのチームの開放的でスポーティな踊りや優雅なパーティー、リョービンの農場での労働者たちの踊りが舞台を彩り、その一方でアンナと息子との無邪気なやりとりや、ヴロンスキーとのデュエット、彼との子を産む痛みに満ちた場面などが、1人の女性としてのアンナを立体的に浮かび上がらせる。第1幕、急速に恋の炎を燃え上がらせるアンナとヴロンスキーの踊りは、情熱にかすかな不安が絡みスリリングな美しさ。第2幕の冒頭、ヴロンスキーと彼のもとに身を寄せたアンナのパ・ド・ドゥは、幸福感に満ちている。終幕近くの劇場の場面では、オペラ『エフゲニー・オネーギン』の歌声の中、居場所を失い怯えるアンナの姿が、鋭く心に刺さる。

アクリスのデザイナー、アルベルト・クリームラーによる衣裳が、アンナ役のダンサーの身体と動きを最大限に引き立てる。組曲第1番や弦楽四重奏曲をはじめとするチャイコフスキーの音楽、アルフレート・シュニトケの映画音楽、キャット・スティーヴンス/ユスフ・イスラムのフォーク・ソングなどが、原作に通じる重層的な構造を支えている。ポップな歌を背景にトラクターを操るキティの姿は、微笑ましくも逞しい。
過去に観た幾つかのバレエ作品では、アンナの最期に向かって高まる感情表現や振付が印象に残った。初めて観る方のために詳述は避けたいが、ノイマイヤーの描くその瞬間は、衝撃的でありながらも静かで、寂寥感さえ漂うものだ。彼女の存在が周囲の人々に残したものは何だったのか。見終えて心に波紋が広がる、21世紀の『アンナ・カレーニナ』に期待したい。

新藤弘子 舞踊評論家

ハンブルク・バレエ団「アンナ・カレーニナ」の動画はこちらから

◾️ハンブルク・バレエ団2021年日本公演概要はこちらから
https://www.nbs.or.jp/publish/news/2020/11/20201104-01.html