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ベルリン国立歌劇場では、毎年5月中旬から6月初旬にかけて〈モーツァルト・フェスト〉が開催されています。音楽監督バレンボイムが春の〈フェスト・ターゲ〉と並んで力を注いでいる音楽祭です。バレンボイムのモーツァルト・オペラへのこだわりは、指揮者としての“原点”に遡ります。わずか11歳のダニエル少年の心に「指揮者になる」決意をもたらしたのは、ほかでもないモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』だったのです。少年は、ザルツブルクでこの作品の映画収録を行なっていた、ウィルヘルム・フルトヴェングラーに接し、巨匠の指揮にオペラの素晴らしさを感じとったのでした。それから20年後、バレンボイムのオペラ・デビューが『ドン・ジョヴァンニ』だったことには、何か運命的なものを感じます。
今回上演されるのは、2000年にトーマス・ラングホフによって演出されたプロダクション。ラングホフは、演劇で腕を磨いたベテランらしく、怖いものなしで女をもてあそぶ稀代の色男と、その男への複雑な愛憎を抱く女たちの心情を生き生きと、そして繊細に描き出します。丁寧につくり込まれた演出は、この作品で時折味わう「そんなに簡単に口説かれたりするものか・・・?」「人違いかどうか気がつかないはずはないだろう・・・?」といった現実感をすっかり忘れさせ、ドラマに引き込んでいきます。女たらしの男が、捨てた女に追いかけられながら次々と悪さをしたあげく、天罰をくらう・・・いわば勧善懲悪劇であるものの、それが表面だけの薄っぺらな物語にならないのはモーツァルトの音楽あるがゆえ。そのデモーニッシュな力を思い知らせるバレンボイムの音楽づくり、密度の濃い演出、そして歌唱力はもとより演技上手の出演者が揃えられてこそ、この作品のもつ魅力が発揮されるというものです。バレンボイムの厳しい耳と目で選ばれた出演者たちによる上演には、期待が高まる一方です。
2006年は世界中にモーツァルト生誕250年を祝す演奏が溢れました。とはいえ、「これでモーツァルトはお腹いっぱい」とはならないところが、天才の音楽! 尽きせぬ魅力を思う存分に味わってください。 |
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