春爛漫の4月、東京バレエ団が初めて上演する『セレナーデ』。振付家ジョージ・バランシンがアメリカで振付けた新作第一号にして、20世紀の古典的演目として今に踊り継がれている名品中の名品である。今回、振付指導を手がけるベン・ヒューズに『セレナーデ』の魅力を訊いた。
「1930年代にバランシンが創設したスクール・オブ・アメリカン・バレエで振付けた作品です。個々のステップは、一見、シンプルなのに、実は『セレナーデ』の振付はとても難しい。ジャンプや回転、足先を打ち合わせる動きを繰り返しながら、ノンストップで駆け巡り、大きなスペースを埋め尽くさなくてはなりません。東京バレエ団でリハーサルを始めた当初、ダンサー達はこんなにも速く、ダイナミックに動き続けるのか、と唖然としていました。これは東京バレエ団に限らず、『セレナーデ』を初めて踊るダンサーが誰しも経験する“ショック”です。リハーサルでチャレンジを重ね、スピード感を体に浸透させていくのです」
リハーサル時のヒューズは、ダンサー達に幾度も〈easy〉という言葉をかけていた。美技を見せよう、演技をしようと気負わず、自然に踊る、といったニュアンスだ。
「 バランシンの振付は、バレエの決まり事に固執せず、群舞を画一的な型にはめ込むこともしません。徹頭徹尾、自由なのです。音楽の起伏を感じながら手脚や上半身を動かせば、踊りは自ずと伸びやかになるはずです。手先を交差させる、上体を大きくそらせる、腰を突き出すといった、古典バレエにはない動きも多用しています。伝統的な様式に馴染んでいるダンサーにとって、自分を解き放ち、バランシンのスタイルを踊りこなすのは大きな試練でしょう。つまり『セレナーデ』は、ダンサーを育て、バレエ団を成長させ、新たな次元に導く作品なのです」
『セレナーデ』は、音楽の機微を自在に描き出すバランシンの真骨頂を見せる作品でもあるが、ダンサーが乱舞するにつれて、『ジゼル』を彷彿させる幻想的な場面がそこここに立ち現れる。具象的なプロットを持たないこの〈アブストラクト・バレエ〉は、ほんとうに物語とは無縁の作品なのだろうか。
「確かに『セレナーデ』は、場面によって様々な雰囲気を醸します。最後のセクション〈エレジー〉に織り込まれた、女性が男性の目元を覆う仕草やその女性が男性達にリフトされて去っていく情景は、観客のイマジネーションを刺激せずにはおかないでしょう。でもバランシン本人は、物語を語ることに関心がありませんでした。このバレエを指導するにあたり、私の任務はステップを教えることです。ダンサーから物語やテーマの有無を訊かれても、音楽に耳を傾け、振付に従って踊るように、と答えるだけです。その一方で、バランシンはこんな言葉も残しています。舞台に男女の姿があれば、それだけで物語が生まれる……」
『セレナーデ』に物語があるのか否か、詮索するのは野暮というもの。ダンサーとしてニューヨーク・シティ・バレエ他で幾度となく『セレナーデ』に出演し、現在は数々のバレエ団で指導にあたっているヒューズに、けっして見飽きることがないと言わしめる魅力を湛えた作品なのだから。
「ほんとうに美しいバレエです。全編に見事なステップがぎっしりと詰まっています。それらのステップが連なった、驚きに満ちたコンビネーションが次々と現れます。十数人の女性が片手をふわりと差し上げて舞台に佇んでいる冒頭の、あの美しいフォーメーション! チャイコフスキーの荘厳な音楽! 空気をはらんで揺れ動くスカート! たなびくロングヘア! 月明かりのように幻想的な照明! ダンサーにとって、『セレナーデ』はこの上なく踊り甲斐があり、観客にとっては、何度見ても新しい発見があることと思います」
昨年初頭、東京バレエ団がジェローム・ロビンズ振付『イン・ザ・ナイト』を初上演した際の振付指導者もヒューズだった。
「指導者の立場から言うと、実はロビンズ作品を教えるほうが遥かに難しい。ロビンズ作品は振付通りに踊るだけでは不十分で、ダンサー自身が様々な味わいを加えなくては、作品を一定のレベルに引き上げられません。バランシンの場合は、作品がそれ自体で完成していて、揺るぎない構成を備えています。バレエ学校の生徒が踊っても作品の良さが伝わるし、卓越したダンサー達が踊れば、もちろん素晴らしい舞台になる。東京バレエ団がどのような『セレナーデ』を生み出すのか、私自身、開幕を心待ちにしています」
(インタビュー・文 上野房子 ダンス評論家)
バランシンの代表作「セレナーデ」と東京バレエ団初演
『セレナーデ』は、ロシア出身の振付家、ジョージ・バランシン(1904〜1983)が、アメリカに渡って初めて創作したバレエ。1934年、創設されたばかりのバレエ学校の生徒たちにバランシンが振付け、翌35年にアメリカン・バレエ(ニューヨーク・シティ・バレエの前身)が初演した作品です。
月明かりを思わせる青白い光のなか、チャイコフスキーの名曲「弦楽セレナーデ」(作品48)の調べとともに登場するのは、3人の女性ソリスト、2人の男性ソリストとコール・ド・バレエ。ソナチネ、ワルツ、ロシアン・ダンス、エレジーと4つのパートで構成され、明確な物語のない作品ながら、ドラマティックで幻想的、かつ瑞々しい魅力をたたえたバレエです。
アメリカ・バレエの輝かしい歴史の幕開けを感じさせる、力強い魅力をもつバランシンの代表作であり、世界各地の主要バレエ団が上演している、20世紀アメリカ・バレエの傑作中の傑作です。
東京バレエ団にとっては、『水晶宮』(1973年バレエ団初演)、『テーマとヴァリエーション』(1994 年バレエ団初演)、『バレエ・インペリアル』(1997年バレエ団)につづく4作目のバランシン作品、どうぞご期待ください。
2018年
4月28日(土)15:00
4月30日(月・祝)15:00
会場:東京文化会館
「真夏の夜の夢」 | オベロン: フリーデマン・フォーゲル |
タイターニア:沖香菜子 | |
パック:宮川新大 | |
「セレナーデ」 | 上野水香、川島麻実子、中川美雪 秋元康臣、ブラウリオ・アルバレス ほか |
ベンジャミン・ポープ
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
S=¥12,000 A=¥10,000 B=¥8,000 C=¥6,000 D=¥5,000 E=¥4,000
エコノミー=¥3,000 学生券=¥ 2,000
*エコノミー券はe+のみで、学生券はNBS WEBチケットのみで発売。
★ペア割あり[S,A,B席] ★親子ペア割あり[S,A,B席]
2018年
4月28日(土)12:00
4月29日(日)12:00
4月30日(月・祝)12:00
会場:東京文化会館
オベロン: | 柄本 弾(4/28、4/30)、秋元康臣(4/29) |
タイターニア: | 川島麻実子(4/28、4/30)、金子仁美(4/29) |
ベンジャミン・ポープ
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
SS=\6,000 S=\5,000 A=\4,000 B=\3,000
※4歳以上入場可。子ども(4歳~中学3年生)は半額
ローマ歌劇場 ソフィア・コッポラ |
英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団 アリーナ・コジョカル |
東京バレエ団 『セレナーデ』 ベン・ヒューズ |
新・起承転々 漂流篇VOL.13 |