新『起承転々』〜漂流篇VOL.23 ブルー・ライト・ヨコハマ

ブルー・ライト・ヨコハマ

 「街の灯りがとてもきれいね ヨコハマ ブルー・ライト・ヨコハマ あなたとふたり幸せよ・・・」。今号、唐突に昭和歌謡の歌詞から書き出したのは、今年はNBSにとって横浜がとても重要になるからだ。横浜での公演が多い。横浜のご当地ソング、ナンバーワンがこの「ブルー・ライト・ヨコハマ」らしい。私と同世代なら誰もがこの曲を口ずさめるだろう。この曲が流行ったのは1969年、ちょうど50年前のこと。「歌は世につれ、世は歌につれ」と言われるが、歌謡曲を聴くとたちまちその曲が流行った頃にフラッシュ・バックして追懐の情を揺さぶられる。西洋に憧れがあった時代だからこそ、異国情緒のある横浜をテーマにしたこの曲が生まれたのだろう。この曲に一番なじみのある世代が、オペラ・ファンが多い年齢層と見事に合致している。
 東京でオペラやバレエを上演する劇場が不足しているということは、折にふれて訴えてきたが、今年は6月に英国ロイヤル・バレエ団の公演を2回、9月に英国ロイヤル・オペラの公演を3回、横浜の山下公園近くの神奈川県民ホールで開催することになっている。むろん東京文化会館でも公演するのだが、大掛かりなオペラの引越公演となると、舞台の条件面から東京近郊では神奈川県民ホールしかできないのが実情だ。
 NBSが初めて横浜にオペラをもっていったのは、1987年のベルリン・ドイツ・オペラの《ニーベルングの指環》だった。ワーグナーの4日にわたる大作《ニーベルングの指環》の歴史的な日本初演は、神奈川県民ホールだったのだ。あのときも東京の劇場が確保できず、窮余の策として横浜にもっていくことになった。3チクルス上演したが、第1チクルスは横浜、第2、第3チクルスが東京だった。《指環》の日本初演とあって、オペラ・ファンが飛びつき、チケットは即日完売だった。
 いまは「みなとみらい線」が通って交通の便が格段によくなっているが、当時、県民ホールへは桜木町の駅からのバスが主な交通手段だった。ワーグナーのオペラは長く終演が遅くなるので、県民ホールから桜木町の駅まで、特別にバスを仕立ててお客さまをピストン輸送したものだ。記憶に鮮明に残っているのは、バス待ちのお客さまが長蛇の列をつくっているのだが、10月後半の冷え込む中で延々待たされていても誰一人文句を言わず、列の前後の見知らぬ人同士、いま観たばかりの公演の感想を熱っぽく語り合っていたことだ。誰もが感動を誰かと分かち合いたかったのだろう。
 今年は日英交流年「UK in Japan 2019-2020」で、どうやら9月の英国ロイヤル・オペラからスタートすることになるらしい。同時期からラグビーのワールドカップが始まり横浜でも主要な試合が行われるが、今年が英国イヤーになったのもラグビーの発祥の地が英国だということと関係しているのだろう。横浜市が市内各所で展開する「横浜音祭り」もワールドカップにタイミングを合わせ2か月にわたって開催されるが、ロイヤル・オペラの公演も「横浜音祭り」の一翼を担うことになっている。どうやら今年9月の横浜は、相当熱くなりそうなのだ。
 ロイヤル・オペラは県民ホールで『オテロ』を2回、『ファウスト』を1回上演する。横浜は観光都市の一面があるが、ふつうの観光地とはどこか違う。日本に居ながら異国情緒や突き抜けた何かを感じる。私個人としても横浜はとても好きな街だ。海外にオペラを観に行く人は少なくないが、日本を離れ日頃の生活から解放されることに魅力を感じているのだろう。たしかにオペラの楽しみは非日常性にある。オペラ・ファンは日本全国に散らばっているが、海外にオペラ鑑賞に出かけるように、今回のロイヤル・オペラは、もっと手軽に行ける横浜で鑑賞されてはいかがだろう。
 オペラを観ることが目的であるにしても、公演の前後に港の見える丘公園を散策したり、元町でショッピングしたり、中華街で食事をするのも楽しいのではないか。近くの大桟橋も赤レンガ倉庫もまさに横浜ならではの魅力だろう。県民ホール前の山下公園で、オペラの感動で火照った身体を潮風で冷ますのも格別だ。オペラの醍醐味を味わい尽くすには劇場を取り巻く環境や雰囲気も重要で、五感を総動員して楽しむのがオペラなのだ。今度のロイヤル・オペラではオペラ鑑賞とともに丸ごと一日、海の向うへの憧れが感じられる横浜の空気を満喫してはいかがか。同時期に開催されている「横浜音祭り」のイベントを覗くのもいいし、もしラグビー好きならオペラ公演の合間、9月21日と22日に横浜国際総合競技場でワールドカップを観戦してもいい。遠方から連れ立って横浜を訪れるなら、港の見えるホテルに泊まり、夜景を眺めながらワイングラスを傾ければ、「あなたとふたり幸せよ」と、まさに「ブルー・ライト・ヨコハマ」の世界だ。長年の習慣で、オペラを観るなら東京と決めている人、横浜は「偉大なる田舎」だと侮っていた人、理由なく横浜公演に行くことを躊躇していた人。ワールドカップと「横浜音祭り」で盛り上がる今年の9月は、「非日常」を求めて、こぞってベイサイドにある県民ホールでのロイヤル・オペラの公演にお出かけいただきたい。いざ横浜へ、立ち止まる必要はない。「赤信号みんなで渡れば恐くない」という誰かの有名な言葉があるが、ヨコハマはいつだってブルー・ライト(青信号)が点灯している。