新『起承転々』〜漂流篇VOL.24 築地にオペラハウスを!

築地にオペラハウスを!

 築地市場の跡地の活用に関し、東京都の都市整備局がパブリックコメントを募集していると、芸能団体の統括団体である芸団協(日本芸能実演家団体協議会)から連絡があった。3~4年前に芸団協を中心に東京の劇場不足から舛添前東京都知事に働きかけたことがある。舛添前都知事も「劇場やコンサートホールなど、にぎわいの中心になるものがあった方がいい」とマスコミに語って新聞記事にもなっていた。吝嗇が原因で辞任に追い込まれてしまったのはなんともやるせないが、小池百合子都知事になって、豊洲移転でもめていたのはご承知の通りだ。その間、築地の跡地活用の話はぱったりと止まってしまっていた。
 1月下旬になって、東京都が旧築地市場跡地利用の素案をまとめたと新聞各紙が報じた。国際競争力をもつ国際会議場や展示場を中核に、富裕層向けのホテルや大規模な交流・商業施設を想定しているらしい。国際会議場が足りないというが、どうやら横浜市も国際会議場をつくるらしいから、私など無責任に横浜市に任せればいいのではないかと思ってしまう。築地という銀座に近い一等地にあえて国際会議場や展示場をつくる必要があるのだろうか。素案では4つのゾーンに分け、そのうちの一つは「交流促進ゾーン」として、商業施設や文化施設など集客施設や研究開発拠点などを置くと書かれている。六本木ヒルズの約2倍の広さで、東京都心に残った「最後の大規模開発」と言われているらしい。
 NBSと東京バレエ団の創立者である故・佐々木忠次は、最後まで自分たちのものと思える劇場をほしいと願っていた。新国立劇場建設にまつわる蟠りも、それに起因していたと思う。1999年に目黒通りにNBSと東京バレエ団の社屋とスタジオが完成したときに、佐々木が「劇場をつくるべきだった。自分がもう少し若かったら、ぜったい劇場をつくったのに」と私に呟いたのをよく憶えている。その言葉を「お前がつくれ」と言われたように感じたからだ。当時、私は、NBSの社屋の建設に携わったことで、建築に興味がわき、人生をやり直せるなら建築家になりたいと思ったほど入れ込んでいた。それ以来、劇場づくりは佐々木から与えられた私のミッションの一つだとさえ感じてきた。それから20年、可能性を探していくつもの扉を叩いてみたが、扉は開く気配さえなかった。舛添前都知事のときに、もしかしたら開くかも知れないと期待が膨らんだが、前都知事の辞任で一瞬にして萎んでしまった。芸団協の傘下団体で構成されたホール問題会議では、銀座から日比谷にかけて各種の劇場が集まっているので、築地跡地にいま一番不足している2000から2500席を擁する劇場を建てることによって、築地、銀座、有楽町、日比谷とつづく劇場群をつくろうと『東京ライブシティ構想』を前都知事に提案していたのだ。
 近年、舞台芸術の分野でもアジアの近隣諸国の台頭がめざましい。先日、来日演奏会を開いた「リッカルド・ムーティ指揮シカゴ交響楽団」も、台北、上海、北京とまわって東京に着いたが、各都市で2回ずつコンサートをやってすべて超満員、聴衆も熱狂的で以前とは比べものにならないとムーティから聞いた。中国では中国全土で2000の劇場ができるらしいし、上海にはすでに立派なオペラハウスが2つあるのだが、さらにもう一つ建設中だ。
 中国以外のアジアの国々でも次々に立派なオペラハウスが建設されている。すでに中国の富裕層の子弟で音楽やバレエを習っている子どもたちが急増していると聞くと、近い将来にはオペラやバレエ、コンサートの世界の勢力図はいやでも変わってしまうのだろう。日本はソフト面ではアジアの中では圧倒的な先進国なのだから、これまで蓄えてきた“財産”を近隣諸国に奪われないためにも、そして世界の都市間の競争に勝ち残っていくためにも、最先端のオペラハウスが必要不可欠だと思う。都立の東京文化会館もまもなく開館から60年を迎え、大規模な改修工事も噂されている。東京のオペラ・バレエ劇場不足は、早晩、都市としての致命的な欠陥になるだろう。オペラハウスは“観光資源”であり、“社交場”でもある。外国人がビジネスや観光で訪日したおり、さまざまな国籍の人々が一堂に会し、グローバルな芸術であるオペラやバレエを一緒に鑑賞し、感動を分かち合うことこそ、いまの時代に一番求められているのではないか。国が『文化芸術立国中期プラン』において提唱している「2020年に〈世界の文化芸術の交流のハブ〉になるという目的とも合致している。
 新しいオペラハウスをつくることは、日本がアジアの舞台芸術の“ハブ”になることの絶対条件ではないか。東京都の素案には「交流促進ゾーン」の中に文化施設などの集客施設が入っているが、築地にオペラハウスをつくらなかったら、都市計画という点で後世に悔いを残すことになると、私は固く信じている。世界がめまぐるしく動いているのだからなおのこと、東京都には世界的な視野に立ち、これからの「アジアの時代」における日本の行く末を考えて、築地の市場跡地の活用法を考えてもらいたい。
 もちろん、私たちも東京都にパブリックコメントを出すつもりだが、このままではごまめの歯ぎしりに終りかねない。つねづねオペラやバレエ、音楽好きには社会的発言力が大きい人が少なくないと思っているが、都心に残った「最後の大規模開発」という最後のチャンスに、いまこそ発言力が大きい人もそうでない人も、オペラ・バレエ・音楽好きは一致団結して、「築地にオペラハウスを!」と一斉に声を挙げてもらいたい。3月末には、築地まちづくり方針が策定・公表される予定だというから、いよいよ待ったなしだ。