新『起承転々』〜漂流篇VOL.25 ボヘミアン・ラプソディ

ボヘミアン・ラプソディ

 振付家ジョン・ノイマイヤーの80歳の誕生日を祝うガラが2月24日に催され、それに出席するためハンブルクに向かった。その飛行機の中で、いま社会現象までになっている大ヒット映画「ボヘミアン・ラプソディ」を見た。この映画を見たいと思っていながら、映画館に行く時間がとれなかったから、これ幸いと飛びついて見た。私も一時期よくクイーンの音楽を聴いたが、そのきっかけになったのがモーリス・ベジャールがクイーンの曲を使って振付けた『バレエ・フォー・ライフ』だった。この作品には「ボヘミアン・ラプソディ」をはじめクイーンの曲が17曲使われている。NBSがベジャール・バレエ団を招聘し、初めてこの『バレエ・フォー・ライフ』を上演したのは1998年。『バレエ・フォー・ライフ』を観て、私はいっぺんにクイーンの音楽に魅了されてしまったのだ。ベジャールのバレエを観ると、それに使われている音楽が好きになる。なぜベジャールがクイーンの曲を使ってバレエを創ることになったか。ベジャールが愛したダンサー、ジョルジュ・ドンはクイーンの音楽のファンだったが、ドンはフレディ・マーキュリーが亡くなった1年後に、同じ病気で、同じ45歳で天界に去った。フレディの死後に作られたクイーンの最後のアルバム「メイド・イン・ヘヴン」のCDのジャケット写真が、ベジャールが所有する別荘から望むレマン湖の風景と同じだったという偶然が重なって、ベジャールは天啓を感じ『バレエ・フォー・ライフ』を創ったという。この作品はベジャールがフレディとドンに触発されて創った、夭逝した者たちについてのバレエなのだ。ふたりは生きることに対して、自己表現について、激しい情熱をもっていた。映画を見て、フレディの出自がゾロアスター教徒の移民であり、性的マイノリティであることなど、コンプレックスを抱えていたことを知った。Passionという言葉は「受難」と「情熱」という両方の意味をもつが、フレディの音楽への情熱は逆境から生まれたのだ。私の中ではフレディとドンがつながっていて、ドンにも同じ「受難」と「情熱」を感じる。「ボヘミアン・ラプソディ」の歌詞には、フレディの生き様と苦悩が息苦しいくらい詰め込まれている。映画はフレディが迫ってくる死を自覚しながら、残された生を前向きに駆け抜けようとする意志が、見る人の感動を呼んだのではないか。
 ベジャールは『バレエ・フォー・ライフ』のプログラム・ノートに書き記している。「私の作品にとって何よりも重要なのは出会いである。つまり音楽との出会い、生との出会い、死との出会い、愛との出会い、そして人々との出会い…‥。こうした人々の過去や作品が、私の中で“転生”する。同じようにかつてダンサーだった私が、毎回、演じる者の中で“転生”し、以前の私を凌駕してゆくのだ」。
 ベジャールの命日は11月22日、ベジャールは『マルロー、あるいは神々の変貌』という作品を創ったが、そのアンドレ・マルローの命日が11月23日、そして、『バレエ・フォー・ライフ』のフレディ・マーキュリーの命日が11月24日、さらにベジャールは『M』という三島由紀夫をモチーフにしたバレエを創ったが、三島の命日は11月25日だ。この符合は単なる偶然とは思えない。何らかの宇宙の摂理が働いているのではないか。再生のための隠された秘法なのかもしれない。ベジャールはマルローを、フレディとドンを、三島を自らの作品に創り上げることで蘇らせた。フレディは死後28年を経て、映画「ボヘミアン・ラプソディ」に乗って還ってきた。芸術には“転生”させる爆発的な力があるのだ。
 NBSでは来年の5月にベジャール・バレエ団を招聘するが、その演目の一つとして『バレエ・フォー・ライフ』を上演する。これは1年半前から決まっていたことで、映画「ボヘミアン・ラプソディ」の大ヒットにあやかったわけではない。映画「ボヘミアン・ラプソディ」に魅了されたファンに、ぜひベジャールの『バレエ・フォー・ライフ』を観て欲しいと願っている。
 ベジャール亡き後、現代最高の振付家と評されるジョン・ノイマイヤーは、ベジャールと親交を結んでいた。今回、ハンブルク州立歌劇場で行われたガラで上演された〈ジョン・ノイマイヤーの世界〉でも、ノイマイヤーがベジャールの70歳の誕生日ガラのために創った『作品100 〜 モーリスのために』が上演された。サイモン&ガーファンクルの曲「オールド・フレンズ」と「明日に架ける橋」というポピュラーな曲に振付けた作品で、このガラで一番の盛り上がりを見せた。バレエにおいて音楽の力は絶対なのだ。
 終演後の祝賀会ではたくさんの懐かしい顔に出会った。パリ・オペラ座バレエ団の元芸術監督ブリジット・ルフェーブル、現モスクワ音楽劇場バレエ団芸術監督のローラン・イレール、シュツットガルト・バレエ団の前芸術監督のリード・アンダーソンと現芸術監督のタマシュ・デートリッヒ、ミュンヘン・バレエ団の前芸術監督イヴァン・リスカ、デンマーク・ロイヤル・バレエ団の元芸術監督フランク・アナセン…‥。時は流れている。バレエという芸術も着実に後生に受け継がれ、“転生”しながら進化を続けているのだ。会場のさんざめきの中で、我々の舞台芸術の世界には「受難」と「情熱」が渦巻いているのをあらためて感じた。