2007年、44歳で惜しまれつつ引退したアレッサンドラ・フェリ。その6年後の2013年には50歳で舞台に復帰を果たし、ウェイン・マクレガーの『ウルフ・ワークス』、ジョン・ノイマイヤーの『ドゥーゼ』等、現代最高の振付家による新作を含む、新しいレパートリーへの挑戦を続けている。人生経験から醸し出される表現の強さと、最高のコンディションに保たれた心身の放つ清新な輝きは、昨年の世界バレエフェスティバルでもひときわ強い印象を残した。
バレリーナという語の定義を押し広げるかのような活動を見せるそのフェリが、この夏には東京で、かつて引退公演のパートナーも務めたロベルト・ボッレとともにグループ公演を行う。
―― カムバックを決断なさるまでの経緯について、聞かせてください。
フェリ 引退という決断については、今も正しかったと思っています。母として家族と過ごす時間がほしい、ダンサーが誰しも40代半ばで直面する身体の衰えへの恐れ—その前に絶対に辞めようと決めていました—、さらに長年組んでいたフリオ・ボッカが一足先に引退して、自分の中で一つの時代が終わってしまったという気持ちと、いくつもの理由が重なってのことでしたから。
ただ、踊らないでいると、自分の中の何かが死んでしまったような気がしてきたのです。そして娘たちが成長し、夫ともうまく行かなくなってしまい、消えていくものに自分を捧げているのではないかと感じはじめた。それが空しいとは言いませんが、私は“母”としてではなく“母である自分”として存在したい。ではその“自分”とは誰? と心に問いかけてみると、その核にあるのが“ダンサー”だったのです。
―― そこにオファーが?
フェリ といっても、考え抜いての決断というわけではなかったんですよ。以前から知り合いだった振付家のマーサ・クラークとニューヨークの街なかでたまたま出くわし、彼女がまだ私と仕事をしたいと思っている、と言ってくれた。そうしていくつか提案された中に、『シェリ』があったんです。
―― 原作はフランスの作家コレットの同名の小説。もう若くない元娼婦の恋愛を描いた、美しい物語です。
フェリ 自分と同世代の主人公が息子ほど年の離れた青年と恋をする。これはすてきだわ、私は舞台の上で一人の女であれる! それまでになく強く、復帰したいと思いましたね。クリエーションは発見の連続だったし、復帰を果たした後にも『ウルフ・ワークス』と新作が続きました。どれも大人の女性の全存在を描く作品。今の私が惹かれるのは、ジゼルのような若い娘ではなく、母、恋人、妻としての人生の体験を表現できる役を踊ること。それは、私一人にとどまらずあらゆる人にとっての、偉大な物語の証言となるものでもあります。初恋ではなく、最後の恋のね(笑)。
―― 昨夏の世界バレエフェスティバルでの『アフター・ザ・レイン』(クリストファー・ウィールドン振付)では、かつてと全く変わりのない見事な肢体にも驚かされました。
フェリ あの衣裳だと、どこも隠せないものね(笑)この年齢でまだ踊り続けられることに感謝しつつ、若い頃とは違ったトレーニングを行っています。復帰して私は、新しい喜び、新しいモチベーションを手に入れました。ときには疲れ切ってしまうこともあるけれど、それすらも心地よく感じています。
―― この夏ともに公演を行うボッレとは、2007年の引退公演でも共演していますね。当時まだ伸び盛りだった彼にとって、あなたと踊ることで得るものは大きかったのでは?
フェリ 私自身、英国ロイヤル・バレエ団でデビューした頃には、アンソニー・ダウエルやデヴィッド・ウォール、ウェイン・イーグリングら経験豊富な名ダンサーと共演しましたが、正直ジュリエットもマノンも無我夢中で、パートナーとしての彼らの素晴らしさを実感する余裕もありませんでした。けれど、自分がベテランの側になると、教えてあげたいことはたくさんあるし、確信を持ってその役を演じている女性と踊ることで、男性が学ぶことは多いはず。私もロベルトに、多くのことを手渡してあげられたと思います。
夏の公演で予定している『マルグリットとアルマン』(フレデリック・アシュトン振付)は、特に楽しみにしている作品。パ・ド・ドゥを1曲踊るだけでは不可能な、特別な世界を創出したいと思っています。
バレエの美とは、作為のなさを装いながら、その実、これほどまでに磨き抜かれたものとして私達の眼の前に差し出されるのか ―― 昨年夏の世界バレエフェスティバルでのロベルト・ボッレの姿に、心打たれた人は少なくないはずだ。
そのボッレが、今年の夏、自身のグループ公演を、フェリを交えて初めて東京で行う。本国イタリアでは毎シーズン別格の人気を誇り、チケットは即完売も珍しくないという。
―― 〈ロベルト・ボッレ&フレンズ〉公演は2000年に始まりましたが、そのきっかけを教えてください。
ボッレ ミラノ・スカラ座での公演とは別に、パ・ド・ドゥなど小品を踊る機会がほしいと思ったのが発端です。自分でレパートリーや出演者を選び、小さな劇場で始めたのですが、好評で思いがけず大きなプロジェクトに成長しました。特にローマのコロッセオやカラカラ野外劇場、ポンペイなど史跡や野外での上演は、景観の美とバレエの美しさが一体となって、他にない魅力が生まれるんですよ。
―― あなたのインスタグラムを見ると、それがよく分かります。すぐその場に飛んで行きたくなるほど。でも、芸術監督、ときには広報や照明デザイン、そしてもちろんスター・ダンサーと多くの役割を一度にこなすのは、たいへんなハードワークだと思います。その大きな仕事を愛する理由は?
ボッレ 観客から多くのものをもらえるからです。愛、敬意、熱狂…‥2018年夏のツアーでのアレーナ・ディ・ヴェローナには、14,000人の観客が集まりました。
じつはいつもこの公演の出演者や演目の発表は初日の一週間前で、信じられないことですが、劇場はほとんど宣伝もせず、ただ「チケット発売はいついつから」と告知するだけなのです。それほど、みんな催し自体に期待してくれているんですね。だからこそ、毎回新しい趣向やメンバーを付け加え、クオリティを追求しなくてはと気合が入ります。
―― 古典とコンテンポラリーの両方を重視しておられるようですが、注目している振付家は?
ボッレ イタリア人の振付家とたくさん仕事をしたいと思っていて、中でもマウロ・ビゴンゼッティとよく組んでいます。
2018年の世界バレエフェスティバルで踊った『カラヴァッジオ』も彼の作品。絵でも彫刻でも、傑作を息を呑んで見つめてしまうことがありますよね。『カラヴァッジオ』も、そうした特別な力を持った作品です。他に、テクノロジーを多用しアイディアの豊富なマッシミリアーノ・ヴォルピーニにも、『ドリアン・グレイ』を作ってもらいました。もちろん、キリアン、フォーサイス、プティなど—大御所すぎる名前だけど — の作品は、踊るたびに喜びを与えてくれます。
―― 日本のファンに、メッセージをお願いします。
ボッレ 日本では観客もスタッフもダンサーに敬意をもって接してくれるので、こちらもベストのコンディションを保って、最高の踊りを見せることができます。日本での〈ボッレ&フレンズ〉公演は過去に2005年の1回、愛知万博の招聘で名古屋のみの開催だったので、今回東京で初めてお見せできるのを、心から楽しみにしています。
インタビュー、文 長野由紀(舞踊評論家)
Aプロ 「マルグリットとアルマン」ほか
7月31日(水)19:00
8月1日(木)19:00
8月3日(土)13:00
Bプロ 「フラトレス」ほか
8月3日(土)18:00
8月4日(日)15:00
会場:文京シビックホール大ホール
*演奏は特別録音による音源を使用します。
<Aプロ> | |
「マルグリットとアルマン」全編 振付:フレデリック・アシュトン、音楽:フランツ・リスト 約30分 出演:アレッサンドラ・フェリ、ロベルト・ボッレ、ほか |
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「カラヴァッジオ」 振付:マウロ・ビゴンゼッティ、音楽:ブルーノ・モレッティ 出演:ロベルト・ボッレ&メリッサ・ハミルトン |
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「クオリア」 振付:ウェイン・マクレガー、音楽:スキャナー 出演:ロベルト・ボッレ&メリッサ・ハミルトン |
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*そのほか下記のメンバーによるパ・ド・ドゥを上演予定 シルヴィア・アッツォーニ、上野水香 マルセロ・ゴメス、アレクサンドル・リアブコ |
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<Bプロ> | |
「フラトレス」~「ドゥーゼ」より 振付:ジョン・ノイマイヤー、音楽:アルヴォ・ペルト 出演:アレッサンドラ・フェリ、カレン・アザチャン、カーステン・ユング、アレクサンドル・トルーシュ、マルク・フベーテ |
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「作品100~モーリスのために」 振付:ジョン・ノイマイヤー、音楽:サイモンとガーファンクル 出演:ロベルト・ボッレ、アレクサンドル・リアブコ |
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「TWO」 振付:ラッセル・マリファント、音楽:アンディ・カウトン 出演:ロベルト・ボッレ |
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*そのほか下記のメンバーによるパ・ド・ドゥを上演予定 シルヴィア・アッツオーニ、上野水香 マルセロ・ゴメス、アレクサンドル・リアブコ |
*出演者と演目は2019年3月18日現在の予定です。ダンサーの怪我や都合により変更になる可能性があります。
S=¥18,000 A=¥16,000 B=¥14,000 C=¥11,000 D=¥8,000
U25シート ¥4,000
*NBS WEBチケットのみで6/28(金)20:00から引換券を発売。公演当日小学生〜25歳の方が対象。
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