―― 来日公演になぜこのオペラ2作ですか。
パッパーノ: いいコントラストだと思いました。『オテロ』はイタリア・オペラの最高峰の1つですし、『ファウスト』は常に最高の歌手を惹きつけるフランスのオペラで、今回もグリゴーロが歌います。さらにオーケストラや合唱が輝いてくれる作品にしたかったのです。
―― では『ファウスト』から質問です。マクヴィカーの演出はいかがですか。
パッパーノ: 各人物が非常にわかりやすい。輝くマルグリート、見るからに悪魔であるメフィストフェレス、老いた学者が魂を売って蘇った若者のファウスト。「ワルプルギスの夜」のバレエは挑発的で演劇的で、物語にぴたりとはまります。
―― 演出面にも関わるのですか。
パッパーノ: ええ、しっかり意味を捉えます。目で見た物を音で聴いた物に「翻訳」して融合します。もちろん胸毛のある大男を音楽に翻訳することはできませんが(笑)、その演劇性、エネルギー、大胆さは音楽でサポートできますから。この演出は様々な様式をグラフィック的に描いています。教会とかオルガンはゴシック、人々のダンスや市場の合唱、ウェートレスのマルグリートがワルツを踊るところなど、映画かミュージカルのようです。
―― ゲーテだから粋を極めたドイツ文化なのに音楽はフランス。これについてご感想は?
パッパーノ: (笑)フランスの作曲家は独特の目線で物語の場所やリブレットを選んでいます。スペインがテーマの偉大な音楽はほとんどフランス人が書いているでしょう。ビゼーの『カルメン』はもちろん、ドビュッシー、ラヴェルも。いい話はいい話だし、フランス人はまったく正反対の文化に惹かれるのです。
―― フランスのオペラを楽しむコツは?
パッパーノ: フランスのオペラというと先ず「グランド・オペラ」が出てきます。大規模な舞台でオーケストレーションも大きいですね。でもフランス音楽にはそれとは対照的なリリシズムやエレガンスを持つものもあります。それは歌唱の中にも存在し、劇的であると同時に優雅さと気品があります。フランス語で歌うと声の出し方がイタリア語とは違い、フレーズの終り方がもっと洗練されている。イタリア語ほどホットではないんですよ(笑)。
―― マルグリートを歌うレイチェル・ウィリス=ソレンセンさんはどのような方ですか。
パッパーノ: ロイヤル・オペラでは『ニュルンベルクのマイスタージンガー』でエヴァを歌いました(2017年)。サンタ・チェチーリア(国立管弦楽団との共演)ではベートーヴェンの交響曲第9番やマーラーの交響曲第2番も歌いました。(キャリアを積むうちに)声が徐々にドラマティックになっていく一般的な傾向とは逆に、彼女は今ではフランスやイタリアのオペラを歌っています。ロイヤル・オペラのドンナ・アンナ(『ドン・ジョヴァンニ』)が驚異的だったので日本公演も頼みました。
―― 次は『オテロ』ですが、この演出の魅力は?
パッパーノ: ある程度抽象的な舞台なのに明かりが入ると、すばらしい暗さと不思議な雰囲気が醸し出される。演技する空間には適しています。
―― これは心理劇です。絡み合う演技は演出家の仕事ですか。指揮者はどうしますか。
パッパーノ: リハーサル室では指揮者は演出家でもあるのですよ。もちろん歌手の声を指導しなければなりませんが、それを超えて、すべてがシェイクスピア劇の激しさと複雑さを通して表現されなければなりません。各登場人物の抱える問題を理解するのは困難です。なぜオテロはあんなに簡単に騙されて罠にはまり、妻との信頼関係を壊してしまうのか。なぜヤーゴはあんなに悪辣で破壊的なのか。なんとも異常なストーリーなのに我々は引き込まれてしまう。そこにデズデモナの清らかさと美しさが絡む。光と闇、とひと言でいうのはやさしいですが。それにオテロは黒人ではない、モロッコ人だというのは簡単ですが、だからどうだというのか。彼はたとえヴェネチア軍の偉い軍人であっても部外者なのです。この重要な要素をオテロ役の人は抱え込んでいる。たやすいことではありません。
―― 合唱もすごいですね。p>
パッパーノ: 冒頭の嵐の場面は衝撃的です。イタリア人は嵐に惹かれます。嵐は同時に心理的な衝突だから演劇的に強い。この後オテロが登場してサラセン(トルコ軍)に勝利したことを告げる。一時的に陽気な音楽もありますが、それでも暗い。しかし軽い。これがシェイクスピアなのです。
―― グレゴリー・クンデさんについてひと言。
パッパーノ: ベルカント歌手でロッシーニはすべて歌っています。そのおかげで声がますます発展してドラマティック・テノールになりました。でもロッシーニも歌うのだからすごい。
―― デズデモナ役のバセンツさんは? 日本では無名です。
パッパーノ: それは美しい声です。ビューティフル! 声がすばらしいだけではなく、ほんとうにやさしい人です。(きっぱりと)とても強くなければいけない瞬間はあるけれど、この役にはやさしさ、女らしさがとても重要なのです。
[取材・文 秋島百合子 在ロンドン、ジャーナリスト]
指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:デイヴィッド・マクヴィカー
2019年
9月12日(木)18:30
9月15日(日)15:00
9月18日(水)15:00
会場:東京文化会館
9月22日(日)15:00
会場:神奈川県民ホール
ファウスト:ヴィットリオ・グリゴーロ
メフィストフェレス:イルデブランド・ダルカンジェロ
マルグリート:レイチェル・ウィリス=ソレンセン
指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:キース・ウォーナー
2019年
9月14日(土)15:00
9月16日(月・祝)15:00
会場:神奈川県民ホール
9月21日(土)16:30
9月23日(月・祝)16:30
会場:東京文化会館
オテロ:グレゴリー・クンデ
ヤーゴ:ジェラルド・フィンリー
デズデモナ:フラチュヒ・バセンツ
S=¥59,000 A=¥52,000 B=¥45,000 C=¥37,000 D=¥30,000 E=¥23,000 F=¥16,000
*E,F席の発売方法はNBSホームページをご覧下さい。
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