ハプスブルクの栄華を伝える壮麗な歌劇場に、拍子木の音が軽やかに響く。本懐を遂げた四十七士が泰然と死に赴くと、天井桟敷まで鈴なりの客席から嵐のような喝采が降ってきた――。欧州の3カ国5都市を巡った東京バレエ団の第34次海外ツアーのうち、ウィーン国立歌劇場での「ザ・カブキ」3公演(7月2~4日)を見た。「仮名手本忠臣蔵」から、ベジャールと黛敏郎が1986年に生み出した傑作。世界各地で上演され、今ツアーで通算200回を超えたという。
忠臣蔵は、どこまでも男の物語だ。由良之助として討ち入りを率いる柄本弾・秋元康臣にはすごみすら漂ったが、陰で耐えた顔世御前(上野水香・奈良春夏)ら女性陣の好演もたたえたい。
本心を隠して遊興にふける由良之助と、夫・勘平のために身を売ったお軽が出会う一力茶屋の場面は、とりわけ印象的だ。人形振りで身の上を語った後、客席に面(おもて)を切るお軽。川島麻実子によると、今回からこの見得に「あえて希望をともす」ことにしたという。「身請け話が出て、また勘平に会えるかも、と期待するのです。実は夫も父ももうこの世の人ではないのですが、お軽はそれを知りません。所作指導の花柳壽應先生とお話しして、女性たちには明るさを残すことになりました」
初演時から参加し、この役を長く務めたバレエ・ミストレスの佐野志織は、お軽の哀れさがもやもやと胸に迫り、幕が引かれる前に目を伏せてしまったことがあるという。「直後に注意されました。私個人のもやもやはさておき、お軽が正面を向いて見得を切らなければ、次の顔世の場面につながらない、と」。大きな物語の陰で女たちの思いをつなぐことが、舞台に強度をもたらしている。
リハーサルでは、芸術監督の斎藤友佳理や佐野らベジャールの薫陶を受けた世代が、若い後輩らに熱のこもった指導をしていた。振付家の意図を継承し、振りは変えずに新たな工夫を吹き込んでいく――。作品はこうして生き続けるのだろう。
血判から討ち入り、切腹に至る日本の美学も、考え抜かれた芝居の力で、よく客席に届いていたように思われる。カーテンコールでも拍手はしばらく鳴りやまず、隣席の女性が「あなたは日本人か。お国の文化は素晴らしい」と、興奮気味に語りかけてきた。武士道は騎士道に通じると、ベジャールは確信していたらしい。実際、歌劇場からほど近い美術史美術館で見たカラヴァッジオ「ゴリアテの首を持つダビデ」の構図は、師直の首を掲げる由良之助そのもの。敵討ちは「旧約聖書」の時代から普遍のテーマなのである。
ことしは日本・オーストリアの友好150周年かつ同歌劇場の創設150年。東京バレエ団にとっても創立55周年を記念するツアーで、ウィーン公演はちょうど30年ぶりという。さらには忠臣蔵が江戸で初演されてから270年でもある。節目が重なり、創立者・佐々木忠次が模索した「日本のバレエ」を問い直すまたとない機会となった。
和の美学を洋の舞踊言語で普遍の物語に落とし込む――。ベジャールの天才は佐々木の問いに、一つの解を与えたのだ。「ザ・カブキ」は人類の独参湯として受け継がれていく。そう確信させられる、ウィーンの3日間だった。
[齊藤希史子 毎日新聞学芸部編集委員]
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