新『起承転々』〜漂流篇VOL.33 ワンチーム

ワンチーム

 ラグビーのワールドカップで、日本がスコットランドを撃破し、8強入りを果たしたばかりの高揚感の中でこの拙稿を書いている。じつは私の出身高校が当時高校ラグビーの名門校とされていて、体育の授業の一環でラグビーをやらされていたことから、私にとってラグビーは身近なスポーツになっていた。今回の日本チームを見ていて、感じることは多い。日本のラグビーはフィジカルの点で、他の強豪国にはかなわないと思っていたが、知らないうちに日本は世界トップ・レヴェルの実力をつけていたというのが正直な感想だ。外国人の助っ人を入れているからだという声も聞かれるが、これは日本の近未来の姿を象徴しているように思える。彼らは両親のどちらかが外国人の2世だったり、長年日本に住んでラグビーをしていた選手たちだ。ジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチが掲げたスローガンが「ワンチーム」だというが、7か国の出身からなる31人の選手とスタッフが一丸となって日本のために闘っている。人口が減少するこれからの日本は、これまで以上に外国籍の人々との共生が重要になってくるだろう。日本のために「ワンチーム」となって闘ってくれる人を増やすことが国家的な課題でもあるのではないかと思う。ラグビーだけではない。グローバルな芸術であるオペラやバレエ、オーケストラにおいても、同じようなことが言えるだろう。要はいかに世界に伍して闘える強いチームをいかにつくるかだ。
 今回の台風19号の影響で、10月12日と13日はラグビーのワールドカップをはじめ、多くのイベントが中止になった。被災者のことを想うと胸が詰まるが、日本はつくづく自然災害が多い国だと思う。以前、ウィーン・フィルのメンバーから「日本に行くと家族に伝えると、どうして危険な日本に行かなければならないのかと引き止められる」と聞いたことがある。そう言われても仕方がないほど、日本は海外の人から地震や台風など自然災害が多い国と見られている。NBSは先の9月に英国ロイヤル・オペラの日本公演を行ったが、そのときも台風15号が直撃した。たまたまリハーサルのタイミングだったが、本番に当たっていたら大変なことになっていた。オペラの引っ越し公演は、台風だからといって振替日を設けられない。オペラは必ずカヴァー歌手が用意されているから公演は中止にならないことが前提だったが、こうも自然災害が多く交通機関の計画運休があると不安がいや増すばかりだ。NBSは来年の9月ミラノ・スカラ座を招聘するが、公演日に台風が直撃しないという保証はどこにもない。多くの人は公演中止保険に入っているのだろうと思われているだろう。かつて興行中止の保険について調べたことがあるが、そのときは保険の掛け金が莫大になって、それが入場料に上乗せされることになるから現実的ではないという結論だった。ただでさえオペラの引っ越し公演の入場料は高いと言われているのに、いまの入場料の何割増しかになったら、まちがいなく観客がついてきてくれないだろう。公演日に台風が直撃するかどうかは、まるでロシアン・ルーレットのようで、先のロイヤル・オペラの公演期間中も台風の進路を気にしながら戦々恐々としていた。交通機関の計画運休が定着すると公演中止も想定しなければならず、当方の事務所の中でも保険の話が再燃している。入場料をこれ以上高くすることはできないから、交通機関の計画運休などで公演が中止になった場合、チケットの払い戻しを受けたい人は、個人でチケット購入時に掛け捨ての保険に入ってもらうのはどうかという意見もあるが、暴論と思われるだろうか。それほど切実な問題になっている。
 規模の大きなオペラの引っ越し公演は、不可避のリスクが多すぎて、民間の手に負える事業ではないと、つい弱音を吐きたくなる。それでも今回の英国ロイヤル・オペラの公演で、「このレヴェルの公演を見せられると、どうしても引っ越し公演は必要だと思う」というオペラファンの声を聞くと、公的機関がやらない以上、NBSが続けるほかないと背中を押される思いがする。そのためには、引っ越しオペラを継続するための財政基盤や制度が必要になってくる。支援を求めてさまざまな人と話をしていると「お金はあるところにはあるぞ」とか、「お金を持っている人はたくさんいるよ」と無責任に激励されるのだが、オペラに親しみをもっている人でなければ、支援しようという気になってくれないことは、これまでの経験上わかっている。先の英国ロイヤル・オペラの公演の際にも、政財界をはじめ一般に社会的地位が高いと思われている人が多数訪れてくれた。今回日本ラグビーフットボール協会は、ワールドカップ日本大会での8強入りを目標に、投資し強化策を講じたようだ。ラグビーの日本代表が見違えるように強くなったように、引っ越し公演を継続して実現するための基盤強化に向け、オペラ好きの有力者たちがNBSとともに「ワンチーム」になって、財政や制度の強化策に力を貸してもらえないものか。「桜戦士」の勝利の興奮が残っている頭に、妄想が駆けめぐった。