三島由紀夫没後50周年記念公演 東京バレエ団 M

Photo: 堤谷孝司, Kiyonori Hasegawa

鬼才モーリス・ベジャールが東京バレエ団のために創った3作目『M』は、“世界のミシマ”=三島由紀夫を題材とした作品。
三島由紀夫の没後50周年を迎える今秋、新たなキャストでの10年ぶりの上演に期待が高まります。

 モーリス・ベジャールが歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」に着想した『ザ・カブキ』(1986年)、『舞楽』(1988年)に続き、東京バレエ団のために創作した第3作目の『M』(1993年)が2020年10月、10年ぶりに上演される。音楽は前2作にも楽曲を提供した黛敏郎のオリジナル曲が中心。そこにクロード・ドビュッシー、ヨハン・シュトラウスⅡ世、エリック・サティ、リヒャルト・ワーグナー、シャンソンの曲が絶妙に配置されている。
 さて、謎めいた題名の『M』は何を意味しているのだろう? それは振付家と音楽家の名前の一字であるとともに、フランス語の海(mer)、変容(métamorphose)、神話(mythologie)、死(mort)の頭文字であるという。そして最大の“M”は三島由紀夫 ―― 今年の11月で没後50周年を迎えるが、今なお国内外で鮮烈な存在感を放つ作家“世界のミシマ”である。
 早熟の天才として文壇に登場した三島は数多くの小説を発表したが、劇作家でもあった。しばしば舞台にかけられる「卒塔婆小町」や「サド公爵夫人」、おおどかな笑いと祝祭性にあふれた歌舞伎「鰯売恋曳網(いわしうりこいのひきあみ)」も三島の戯曲だ。
 多面性を持ち、独特のカリスマ性で一世を風靡し、そして衝撃的な自死を遂げた“三島=M”を、ベジャールは独自の手法で描きだす。振付家が手がかりとしたのは、三島の代表作に数えられる「仮面の告白」「禁色」「午後の曳航」「鹿鳴館」「鏡子の家」「金閣寺」「憂国」、そして遺作となった「豊饒の海」。全編には作家が(また振付家が)こよなく愛した海のイメージ、ときには月や鏡のイメージが通奏低音のように流れていく(遺作の題名も月に存在する海 ―― 実際は茫漠たる砂漠 ―― のひとつ)。描かれるのは三島の人生や著作の内容そのものではなく、さまざまな手がかりのエッセンスが抽出されて舞踊となり、それらがフランス語の“四つのM”と呼応しながらクライマックスへと向かう。それは三島の、あるいはひとりの男の苦悩に満ちた魂の旅とも、浄化と輪廻転生の物語とも言えるだろう。
 舞台は潮騒の響きとともにはじまる。薄緑色の衣裳をつけた女性の群舞が美しい。キーパーソンは少年三島、彼の分身であるⅠ-イチ、Ⅱ-ニ、Ⅲ-サン、Ⅳ-シ(死)の男たち。四人の男はそれぞれに躍動し、分裂し、つながり合うが、シ(死)は運命の導き手であり、全編の狂言回しにあたる。この役を初演した小林十市(モーリス・ベジャール・バレエ団)は怪我による退団後、10年前の『M』公演の同役でダンサーに復帰し、再びダンサーとしての幕を閉じた。そのときの迫真の舞台を覚えておられる人も多いに違いない。
 彼らと並んで重要な登場人物は、三島のエロスと理想を象徴する聖セバスチャンである。この役は首藤康之が初演した。三島はグイド・レーニ(1575~1642)の油彩「聖セバスチャンの殉教」を愛し、絵と一体になりたいとまで願った。“M”の内面の変遷を映しだす彼の数々のソロは大きな見どころのひとつだ。また、母性を感じさせる海上の月、白と黒のレオタードで踊る女、「禁色」のオレンジ、ローズ、ヴァイオレットなどの女性ダンサーがさまざまに交錯する。
 最後、桜吹雪が舞い散り、ワーグナーの「愛の死」が鳴り響くなか、少年三島は象徴的な死を遂げる。肉体を失った三島の分身たちや彼を取り巻く人々は天上に会し、ひとつになる。この美しい場面に流れるのは「待ちましょう(ジャタンドレ)」――第二次世界大戦中、恋人や夫の無事の帰還を願い、またナチス・ドイツからの祖国フランスの解放を祈って歌われたシャンソンである。
 この作品は「批評するためではなく、詩人を愛するためのものだ」とベジャールは言う。『M』は稀有な作家の作品と人生に再び向きあう、あるいは出会う扉となるだろう。10年を経て上演される『M』を東京バレエ団の新たな世代のダンサーたちがどのように踊るのか、期待は尽きない。

三島由紀夫没後50周年記念公演
東京バレエ団
モーリス・ベジャール振付 「M」

【公演日】

10月24日(土)14:00
10月25日(日)14:00

会場:東京文化会館

【予定される主な配役】

Ⅰ- イチ…柄本 弾
Ⅱ- ニ…宮川新大
Ⅲ- サン…秋元康臣
Ⅳ- シ(死)…池本祥真
聖セバスチャン…樋口祐輝
女…上野水香
海上の月…金子仁美
オレンジ…沖香菜子
ローズ…政本絵美
ヴァイオレット…川島麻実子

【入場料[税込]】

S=¥11,000 A=¥9,000 B=¥7,000 C=¥5,000 D=¥4,000 E=¥3,000
※ペア割引あり[S、A、B席]。

★U25シート ¥1,000
※NBS WEBチケットのみで9/17(木)20時から引換券を発売。