『タンホイザー』プレミエ ~現地の公演評 ②~

公演関連情報 2017年6月14日 18:25


シリーズでご紹介している『タンホイザー』プレミエの公演評(抄訳)。
2回目は海をこえて、アメリカはニューヨークの新聞に掲載された評をご紹介します。
ぜひご一読ください。



ニューヨーク・タイムズ 2017年5月23日付

オペラ愛好家たちよ、『タンホイザー』のためにミュンヘンに巡礼したまえ

ザッカリー・ウールフィ


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 ミュンヘン――「Nach Rom(ローマへ)!」。ワーグナー作曲『タンホイザー』のキャスト達が、第2幕の終わりに叫び、主人公をローマ巡礼の旅へ駆り立て、彼の苦悩する魂を救おうとする。
 私も言わせてもらおう、「ミュンヘンへ!」。オペラ愛好家たちよ、いざミュンヘンへ。バイエルン国立歌劇場で5月21日(日)に開幕した『タンホイザー』は、挑発的な演出家ロメオ・カステルッチによる新演出であるが、これを聴けばあなたもきっと救われたと確信することだろう。この舞台を聴くことで、あなたの天国での居場所が確保されるかどうかは分からないが、少なくとも、オペラの持つ生命力というものに対するあなたの信頼が新たにされることは保証しよう。

 バイエルン国立歌劇場の音楽総監督であり、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の次期首席指揮者であるペトレンコは、作品のぎこちなさを抱擁し、炎のように駆け抜けた。吟遊詩人であり、慢性的に不満を抱えた中世の騎士タンホイザーは、物語の始まりで、ヴェヌスの官能的な快楽を求めて、自分の故郷と純潔なエリーザベト(まあ確かに、少々退屈であったろうから)のもとを去る。作品の始まりの酒池肉林の音楽の怒涛の豪華さには、ワーグナーが最後に完成した『パルジファル』の、複雑で、めまいのするような白熱がある。
 しかし第二幕の終わりは――タンホイザーがヴァルトブルク城に戻り、彼のヴェヌスの隠れ家への冒険が明かされ人々から侮辱されると、ついにローマへの巡礼を決意する瞬間――、ペトレンコはその場面を安定感と忍耐力をもって構築する。その音楽は、19世紀初頭の音楽に対する敬意と、ロッシーニやベッリーニのグランドフィナーレを告げているかのようだ。
このようにワーグナーの初期と晩年の二つの側面を結ぶのは、まさにペトレンコ氏の自制されたエネルギーだ。それはオーケストラの根源から湧き上がってくる。注意深く聴けば、一貫して金管楽器と弦楽器の暖かな、豊かな、完璧な正確さが聴こえる。その音楽は必ずしも口笛を吹きたくなるようなものではないかもしれないが、むしろ、足場のようなものであり、その上に重ねられる主旋律に強度と意図を与えるものなのだ。

 ペトレンコは音楽に新鮮な活力をもたらし――音の大きさや速さといった表面的な迫力ではなく、筆舌に尽くしがたい壮大さと威厳をもたらしている――、そして彼のキャストもまたしかりである。奔放なエレナ・パンクラトヴァ(ヴェヌス役)や、厳然としたゲオルグ・ゼッペンフェルト(ヘルマン役、エリーザベトのおじ)も。
タンホイザー役を初めて歌うクラウス・フロリアン・フォークトは、ヘルデンテナーの重みを持ちながらも純粋な、ほとんど少年のようなトーンでエリーザベトの声に寄り添う。



~『タンホイザー』 プロモーション映像 ~








『タンホイザー』プレミエ ~初演の公演評 ①~

公演関連情報 2017年6月12日 15:34



去る5月にプレミエをむかえた『タンホイザー』は、ドイツ国内外の多くのメディアによって大々的にその成果が報じられました。公演評(抄訳)を本日から3回にわけてご紹介します。ぜひご一読ください。


南ドイツ新聞  2017年5月23日付

この世界からではなく

このミュンヘンの『タンホイザー』は、理想的世界におけるオペラはどうありうるかを示している。ロメオ・カステルッチの演出は魂の深淵へと導き、キリル・ペトレンコの指揮はセンセーショナルで多面性に富んでいる。そしてまずは合唱が素晴らしい!

ライハルト・J.ブレンベック


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 舞台上は全てが暗く、もやに覆われているようで、暗闇の中。唯一の色は赤で、それが血を連想させる。ゆっくりと回る白い巨大な円盤だけが目に入るが、そこに赤い色が滴り、だんだんと全体に広がり輝いてくる。ワーグナーの『タンホイザー』のロメオ・カステルッチ演出の新プロダクションがミュンヘンのオペラハウスの舞台に展開され、そこでは最も隠された、裂け目だらけの人間の魂の深淵を見出す。
 オーケストラは音楽総監督のキリル・ペトレンコの最高潮の指揮のもと、この深淵を探索するにふさわしいサウンドで演奏する。そこでは原不安と恐怖を体験せねばならず、ノイローゼとノスタルジア、そして脅迫観念と不安感。それらが5時間以上カステルッチの演出で続く。このように舞台と音楽が同じ根本理念を追うことは、大変に珍しいことである。

 カステルッチの演出ではヴォルフラム役は動きが少なく十分にその声を聴かせられるが、それに加えてペトレンコのセンセーショナルな弱音と多面性のある音楽で、この役の影、痛み、絶望などがよく表される。ペトレンコは、オペラが理想の世界ではどうありうるか、そしてオペラを実際の世界でこれまでにないほど良く観客に提示してくれた。その音楽は、後のワーグナーのスコアーをいろいろな色に輝く壊れやすい万華鏡で見るよう

 ペトレンコは各フレーズを、愛情を込めて独自の解釈で息づかせ、ワーグナー初期のスコアーのこれまで見過ごされていたような瞬間をはっきりとさせた。『タンホイザー』は彼の後記のオペラにおける全ての要素を含んでいて、それらは後により精錬されて展開されたことが分かる。ヴェヌスの世界の半音階は、『トリスタン』へと繋がり、コラール(聖歌)合唱は『ローエングリン』と『パルジファル』に繋がる。狭い日常の人間世界の慣習は『マイスタージンガー』へ、聖女または娼婦はクンドリーへと、というように、ペトレンコの『タンホイザー』では、いろいろな色に輝く、壊れやすいが美しい万華鏡で、ワーグナーの後のオペラの仕上がりの形を見るようであった。

 クラウス・フロリアン・フォークトは今回初めてタンホイザーを歌うが、彼のローエングリンは世界的に有名で卓越している。ローエングリンは救済をもたらすが情熱とは無縁で、タンホイザーとは全く反対の人物である。フォークトは明るく、オーケストラのどんなフォルテッシモでも超える声で、難しい箇所でも難なく歌い上げるのは本当に素晴らしい。彼はその明るい声の音色を暗くしたり、制限したりしないので、タンホイザーの苦悩を歌うときは、情熱がないようにも感じられたが、全体としては不可能を極端までに要求していく反逆的タンホイザー像に、ペトレンコの指揮、カステルッチの演出によって導かれたのは幸いであった。



~ 『タンホイザー』プロモーション映像 ~

   
 

『タンホイザー』初演に沸く!  ミュンヘン現地潜入レポート ~後編~

インタビュー・レポート 2017年6月 9日 15:20


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ヨーロッパで大きな話題になっているバイエルン国立歌劇場『タンホイザー』。

NBSスタッフが潜入した舞台裏レポートの後編をお届けします!










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 舞台の下手では『タンホイザー』の舞台装置を発見! この黄金の塊は、第3幕の巡礼たちの合唱の場面で使用されます。今回の演出では「金」がひとつのキーワードになっています。装置に照明があたるとどのような表情をみせるのでしょうか...ちなみに、黄金の塊の左にみえている肌色の塊は1幕のヴェーヌスベルクの場面で登場します。


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~『タンホイザー』 第3幕より~


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 舞台へと続くドアにはこんな張り紙(写真左)も!

「今回の『タンホイザー』では序曲の時に矢を射る演出があるのですが、その時に舞台をとおると大変危険なので、"序曲の演奏中は通り抜け禁止!"という注意です」(三浦さん)


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~『タンホイザー』 序曲の一場面~
 
                                                                              
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 こちらはオーケストラピット(写真左)と、ピットから仰ぎ見た客席の様子(写真右)。オーケストラの団員からはきっとこのような風景が見えているのでしょう。

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 コッホさんがおすすめする見所のひとつが劇場のロビー、「とても美しいので、訪れた際にはぜひ見ていただきたいです」とのこと。

 ちなみに、今回の『タンホイザー』は発売してすぐに全6公演がソールド・アウト。この日のボックスオフィスには「当日券は出てませんか?」と尋ねる人の姿が何度も見られました。















6回ものカーテンコール、ペトレンコに嵐のような拍手

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 会場にはこの歴史的な『タンホイザー』を観るために日本からかけつけたオペラファンの姿も! ドレスアップした2人の女性は「ペトレンコさんの大ファンです。いてもたってもいられなくて日本から飛んできました!」と語り、この日が3回目の鑑賞だというミュンヘン在住の女性は「ペトレンコはやはりこの劇場の人ですし、歌手もとても豪華ですからね。それに演出がカステルッチということでレジーシアターのファンも注目しているようです」とその人気を分析されていました。
 また、ひいきの歌手を日本から追ってきたという男性は「最近のオペラは奇抜な演出が多く、正直観るのに嫌気がさしていました。ですが、今日の舞台は大胆な演出を試みながら、歌手が音楽そのものに最も集中出来るよう配慮がされていて、第二幕後半の難しいアンサンブルの完成度も素晴らしかった。来てよかったと心から思います」とにっこり。
 公演がはじまり、満場の客席にペトレンコが登場すると演奏前からブラボーの声、2幕がはじまる前にはさらに多くのブラボー、3幕の開始前には嵐のような拍手と歓声がマエストロに贈られました。さらに、通常の公演では1回しかないというカーテンコールがなんと6回も! 拍手と観客が踏み鳴らす足音(ヨーロッパでは感動的な演奏をした芸術家に対し足を踏み鳴らして称える風習があります)は、いつはてるともなく続くのでした。












『タンホイザー』初演に沸く!  ミュンヘン現地潜入レポート ~前編~

インタビュー・レポート 2017年6月 6日 17:00




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9月の日本公演に先駆け、5月に幕をあけたバイエルン国立歌劇場『タンホイザー』。

その3回目の上演となる528日の公演にNBSスタッフが潜入!

現地で話題騒然となっている公演の舞台裏や客席の様子をご紹介します! 






                                                                               


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 バイエルン国立歌劇場は南ドイツ最大の都市、ミュンヘンの街の中央に位置する劇場。劇場の歴史は古く、1818年の創立以来ヨーロッパのオペラシーンを牽引し、カルロス・クライバーをはじめ、伝説的な指揮者が伝統を受け継いできました。


 「バイエルンでは"HOUSE GOD"と呼ばれている3名の作曲家がいます。モーツァルト、R・シュトラウス、そしてワーグナーです」そう語るのはバイエルン国立歌劇場に勤続28年という三浦真澄さん(舞台背景画家)。


 「私たちの劇場の歴史を語るうえでこの3名の作曲家は欠かせません。特にオーケストラ、合唱はこの作曲家のオペラを大事にしてきました。200年近く続いてきた伝統の"音色"があります。けっして他の団体には出せない音です」と、クリストフ・コッホさん(広報部部長)も熱く語ります。



 そんな歴史ある劇場は驚異の"広さ"も誇っています。「変形四面舞台とでもいうのでしょうか、メトロポリタンオペラの舞台よりも広いんですよ」と三浦さんが舞台裏に案内してくれました。

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メトより広い舞台面と、立体駐車場のような舞台そでのスペースにスタッフ驚愕!


 オペラを上演する際、"四面舞台"(客席から見えない舞台袖の中の上手(かみて)(右側)、下手(しもて)(左側)、奥舞台にも舞台と同じ広さが確保されていること)を備えている劇場が理想だといわれています。

 ところが、バイエルン国立歌劇場ではなんと舞台の約2倍ものスペースが上手、下手それぞれにあり、そのうえ複数の演目のパネルや背景幕がストックできるだけの広さをそなえた収納スペースまであるのです。丸めた背景幕は演目ごとに分けて収納され、その様子はまるで立体駐車場のようです。


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>>> レポート後半はコチラから!! 



新演出『タンホイザー』プロモーション動画

インタビュー・レポート 2017年5月26日 23:19


 世界中のオペラ・ファンが注目するなか、5月21日、名門バイエルン国立歌劇場でキリル・ペトレンコ指揮、クラウス・フロリアン・フォークト主演による『タンホイザー』のプレミエが行われました。その衝撃の舞台を鮮やかに映したプロモーション動画が届きました!
 
 


 
 初演に立ち会ったNBSのスタッフによると、オーケストラと合唱を極限まで緻密に作りこんできたペトレンコ采配の演奏は、神がかり的な美しさ。その中でフォークトが、あの美声を駆使して、見事に"タンホイザー"役のデビューを飾りました。

 また、鬼才ロメオ・カステルッチによる演出は、このサイトでも紹介した、カステルッチ独自のコンセプトに基づく「金の円盤、弓矢、肉、崩壊」といった象徴がつぎつぎと現れ、この上なく刺激的。プロモーション動画でもその面白さをぞんぶんに感じ取っていただけると思います。

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初演のカーテンコールより。前列左から2番目より、パンクラトヴァ、ペトレンコ、カステルッチ、フォークト。


 初日の客席を埋め尽くし、息を詰めて舞台に聴き入り見守っていた観客たちは、カーテンコールになるとペトレンコや歌手たちに最大級のブラボーを贈りました。いっぽう演出のカステルッチが登場すると、盛大なブーイングとブラボーとが入り乱れて場内は騒然。さまざまな視点を提示する新演出はコントラヴァーシャルな反応を引き起こしたものの、客席は大興奮だったとのことです。9月、日本で話題の舞台をぜひお確かめください!


※このプロモーション動画はミュンヘンで初演前に作成されたもので、実際の舞台とは演出が異なる部分があります。

photo:Wilfried Hoesl
 

 

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