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2023/09/12 2023:09:12:11:09:03

【レポート】ローマ歌劇場2023年日本公演開幕記者会見
 世界最高峰の歌手陣を迎えて『椿姫』(ヴェルディ)『トスカ』(プッチーニ)の上演を行うローマ歌劇場。2018年以来5年ぶりとなる引越公演は、パンデミック後に実現する大規模な海外公演として、聴衆だけでなく劇場側にとっても大きな期待を集めている。2022年から音楽監督を務めるミケーレ・マリオッティが二つの作品を指揮し、オペラ歌劇場全体が「若返り」を果たしていることも見逃せない。

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 2021年にローマ歌劇場総裁に着任したフランチェスコ・ジャンブローネ氏は、イタリア音楽界の要職を歴任し、パレルモ大学、フィレンツェ大学、ベッリーニ音楽院で教鞭をとっている。

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ローマ歌劇場総裁 フランチェスコ・ジャンブローネ

「日本の皆様が心から歓迎してくださり、大変な情熱をもって我々を受け入れてくださることに心から感謝しています。パンデミックを乗り越えて、再び大勢のオーケストラやスタッフをともなって公演が出来ることが何より嬉しいのです。今年は偉大なイタリアオペラ『椿姫』と『トスカ』を日本で上演します。『椿姫』ではヴァレンティノ・ガラヴァーニが衣裳をデザインし『トスカ』では今年生誕100年を迎えるフランコ・ゼッフィレッリが演出と装置を担当しました。ゼッフィレッリの『トスカ』は2008年以来上演されている、我々の素晴らしいプロダクションです。音楽面でもマリオッティ氏を迎え、今一番世界で活躍しておられる歌手の方々を揃えました」

 2011年のボローニャ歌劇場の来日公演以来、日本でも評価の高い指揮者ミケーレ・マリオッティは、ローマ歌劇場の音楽監督着任後から、新時代を象徴するプログラミングを行っている(2025/2026シーズンにはワーグナーの『ローエングリン』を上演予定)。来日公演ではイタリアオペラの名作を振る。

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ローマ歌劇場音楽監督 ミケーレ・マリオッティ

「『椿姫』と『トスカ』は両作品ともとても有名です。傑作というのはいつ聴いても新しく感じられ、毎回初演のような気持ちです。稽古をすればするほど新しい発見があり、2023年に新しい気持ちでこれらの楽譜を見ることには、何か意味があるのではないかと思います。これらの作品は女性に対する攻撃が題材になっているオペラなのです。『トスカ』の場合、2幕は完全に強い権力が女性を支配する物語として描かれています。トスカはそれに対抗して最終的に殺人を犯してしまいますが、本当に殺人というのは悪いことなのか? 勿論殺人は罪ですが、この場合の真実というものを深く考えさせられます。『椿姫』の場合は、ヴィオレッタは社会的な犠牲者として描かれますが、私はヴィオレッタというのは物凄く性格の強い女性だとつねづね考えているのです。なぜ彼女がジェルモンの言うことをそのまま聞いてアルフレードを諦めることにしたのか? 彼女は病に冒されていて、先の命が短いということを知っている。自分が恋人を諦めることによって彼が新しいファミリーを作り、新しい命が生まれることを選んだのではないでしょうか。それで、ジェルモンの言うとおりにしたのだと思います」

 マリオッティの『椿姫』の解釈に感動した様子で、この役を演じるリセット・オロペサが続ける。世界中の歌劇場が注目する若きソプラノは、驚異的な歌唱力と演技力の持ち主で、その実力は2022年の来日リサイタルでも実証済みだ。

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『椿姫』ヴィオレッタ役 リセット・オロペサ

「マエストロと歌劇場の皆さまと、ここに来られたことを嬉しく思います。『トスカ』と『椿姫』はとても違うように見えながら、共通項があります。はっきりと言えるのは、二人の女性が巨大な力...それが社会であれ一人の人間であれ...大きな力の犠牲者であったということです。トスカは、悪者の犠牲者です。一方ヴィオレッタは社会の犠牲になっていく女性。そして二人の女性は神に許しを求める...そんな瞬間がきます。ヴィオレッタと神との関係はとても複雑です。彼女はつねに罪人として生きている。罪を抱えていて、つぐないをしようと懸命ですが、救ってもらえない。彼女は病と社会の犠牲になり、救済はもたらされないわけです。それでも、音楽は本当に綺麗です。マエストロの解釈で歌えることを嬉しく思います」

 オロペサも絶賛するソニア・ヨンチェヴァは、現在最も理想的な『トスカ』を歌うスーパー・ディーヴァ。今シーズンもスカラ座やウィーン国立歌劇場への出演が絶賛を浴びたが、日本ではこの公演がオペラ・デビューとなる。 

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『トスカ』トスカ役 ソニア・ヨンチェヴァ

「2022年の来日コンサートでは、聴衆の皆様が本当に温かく迎えてくださって、とても素敵な思い出が出来ました。私の人生の中でもとても暖かな思い出です。今回は素晴らしい舞台装置と素晴らしい指揮で、イタリアを代表するオペラを歌えることを嬉しく思います。私自身はローマ歌劇場に参加するのは初めてなのです。トスカは何度も歌ってきましたが、歌うたびに登場人物に驚かされます。彼女はとても無邪気で情熱的な女性。この素晴らしい作品については、若い世代の人たちにもぜひ考えていただきたい。そういう作品です。注目してくださる皆様と協力して、次の世代に伝えていきたいと思っています」

 カヴァラドッシ役のグリゴーロに「グリゴーロサン」とマイクを渡すヨンチェヴァを受けて、それまでかけていたサングラスを外して、静かに英語で語り始めたグリゴーロ。

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『トスカ』カヴァラドッシ役 ヴィットリオ・グリゴーロ

「マエストロや素晴らしい音楽家の方々と同じステージに立てることを嬉しく思います。『トスカ』は私にとって宝物です。幼い頃からこのオペラの中で宝探しをしていました。1990年に初めてトスカの舞台に立ち(牧童役)、成長して、カヴァラドッシ役をここにいるソニアさんとともに演じたことを思い出しました。トスカは私にとって思い出であり、夢であり、挑戦です。そして、歌う場所、演出、マエストロが変われば、同じ舞台にはなりません。現在という時代は、人々が本当に満ち足りた気持ちになれるつながりというものが失われてしまっているのではないかと思います。現代人はメールや携帯に頼ってしまって、実際的な感触を失い、つながりを見失っているのかも知れません。ローマ歌劇場では、触れるような、香りを嗅ぐような『生きている感覚のオペラ』が体験できます。何より、それを感じていただきたいと思っています」

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 登壇者が語り終えるたびに大きな拍手が起こるという、例外的な記者会見だった。9月13日の『椿姫』でローマ歌劇場の来日公演は幕を開ける。


取材・文 小田島久恵 フリーライター
Photos:Shoko Matsuhashi