ジュゼッぺ・ヴェルディ

「リゴレット」

photo: Ellie Kurttz / ROH

音楽監督のパッパーノが最後の日本公演で日本の観客に披露したいと固執したのが、この『リゴレット』。パッパーノの絶対の自信作ですから、感動の記憶として生涯残るはずです。
 ヴェルディが16 作目の題材に取り上げたのはヴィクトル・ユゴーの戯曲〈王はお愉しみ〉。人間的苦悩と父性愛の悲劇に惹かれたヴェルディは、自身が目指す「ドラマと音楽の合一」のために新しい表現方法に踏み出し、成功させました。リゴレット、その娘ジルダ、マントヴァ公爵といった登場人物は、それぞれが複雑な心情の持ち主。善悪含めたその心の動きが、ドラマのなかで否応なく迫ってくるのはヴェルディの音楽の力というべきものです。
 コロナ禍による18カ月の劇場閉鎖の後、2021/22シーズン・オープニングにロイヤル・オペラを満員にしたのは、この『リゴレット』でした。パッパーノによる音楽づくりは「官能的で恐ろしいほどの美しさ!」「並はずれた才能を発揮したその音楽はスリリング」と大絶賛され、マントヴァ公爵が“美術と女性の蒐集家”であったことをドラマの根底に織り込んだオリヴァー・ミアーズによる新演出は、奇を衒うことなく、長く人々を魅了する絵画や彫刻と同じような「流行に終わることのない芸術的な作品」と評価されました。
 日本公演には、パッパーノ指揮はもちろん、タイトル・ロールにはその才能とテクニックにパッパーノが太鼓判を押すエティエンヌ・デュピュイ、ジルダ役にはこの役で世界的に活躍しているネイディーン・シエラが登場。マントヴァ公爵役がイタリア・デビューだった“驚異のテノール”ハビエル・カマレナによる「女心の歌」もけっして聴き逃せません。

※オリヴァー・ミアーズ演出の「リゴレット」には一部、暴力的および性的と受け止められる表現が含まれます。本国ロンドンでは12歳以上との制限が課せられておりますので、該当する年少者と一緒にご鑑賞を検討されている方はご注意ください。

マントヴァ公爵

ハヴィエル・カマレナ

1976年メキシコのパラマ生まれ。グアナファト大学卒業を前にベラクルスナ大学で音楽の勉強を始めた。2004年にメキシコのカルロ・モレッリ声楽コンクールで優勝、メキシコシティのベラス・アルテスで『連隊の娘』のトニオを歌いデビューを果たした。その後すぐにチューリッヒに移り、2006年から2014年までチューリッヒ歌劇場のメンバーとして活躍。この間の2011年にメトロポリタン歌劇場に『セビリャの理髪師』のアルマヴィーヴァ伯爵でデビュー。メトロポリタン歌劇場では、2014年4月の『チェネレントラ』で、過去70年間で上演中にアンコールを歌った3人目の歌手となった。これはパヴァロッティ、フローレスについでのことだったが、さらに2016年『ドン・パスクアーレ』、2019年『連隊の娘』でもアンコールを演奏。原則としてアンコールが禁止されているメトロポリタン歌劇場における偉業にほかならない。
カマレナの豊かで安定感をもった美しい声は、英国ロイヤル・オペラ、ザルツブルク音楽祭、ベルリン・ドイツ・オペラ、パリ・オペラ座、バイエルン国立歌劇場、バルセロナのリセウ劇場、ウィーン国立歌劇場ほか、世界中の歌劇場で聴衆の熱狂を巻き起こしている。

リゴレット

エティエンヌ・デュピュイ

1979年モントリオール生まれ。ジャズピアノを学ぶことから始め、やがて声楽に専念した。マギル大学で学び、2002年からモントリオール・オペラのアトリエに在籍、2005年と2006年に同劇場の『カルメン』のエスカミーリョとダンカイロ、『ヘンゼルとグレーテル』のピーターでデビュー。モントリオールでの活躍を経て、2008年にベルリンとミュンヘンで歌った『セビリャの理髪師』のフィガロ役が国際的なキャリアのスタートとなった。以来、ベルリン・ドイツ・オペラ、グラインドボーン音楽祭、パリ・オペラ座、チューリッヒ歌劇場、ウィーン国立歌劇場、サンフランシスコ・オペラ、メトロポリタン歌劇場など、著名な歌劇場でヴェルディのバリトン役を中心に、チャイコフスキー『エフゲニー・オネーギン』のタイトルロール、『ボエーム』のマルチェッロ、ロッシーニ『セビリャの理髪師』のフィガロなどで活躍。ニューヨーク・タイムズで「穏やかで共感力のあるバリトン」「洗練されたカリスマ性のある舞台での存在感」と称賛されている。英国ロイヤル・オペラには2018年にマルチェッロ役でデビュー、2023年9月には『運命の力』のドン・カルロで成功を博した。

ジルダ

ネイディーン・シエラ

1988年アメリカ、フロリダ州フォートローダーデール生まれ。マネス音楽大学とミュージック・アカデミー・オブ・ザ・ウエストでマリリン・ホーンのもとで学び、マリリン・ホーン財団声楽コンクールで史上最年少優勝を果たした。16歳でパームビーチ・オペラ『ヘンゼルとグレーテル』の眠りの精でオペラ・デビュー。2011年にサンフランシスコ・オペラのアドラー・フェローとなった。2017年リチャード・タッカー音楽財団賞受賞、2018年にはビバリー・シルズ・アーティスト賞受賞ほか、数々の受賞歴は、彼女のもつ声の美しさと確かなテクニック、そして豊かな音楽性を示しているにほかならない。すでにメトロポリタン歌劇場、ミラノ・スカラ座、パリ・オペラ座、ベルリン国立歌劇場、サンフランシスコ・オペラ、フェニーチェ歌劇場など、欧米の著名な歌劇場で活躍。なかでも、『リゴレット』のジルダと『ランメルモールのルチア』のルチアの両役においては、現在最高の歌い手の一人と認められている。英国ロイヤル・オペラへのデビューとなった2023年9月『愛の妙薬』のアディーナ役は、シエラの登場を待ち望んでいた聴衆から空前の拍手喝采が贈られる大成功だった。

第1幕

第1場

マントヴァ公爵の夜会が開かれている。色好みの公爵は教会で見かけた若い女性のことが気に なっているものの、集まった女性たちを目で追い、「あれか、これか」と品定め。今夜の獲物に定めたチェプラーノ伯爵夫人を別室へと連れて行く。夫人の不在に気づいて嫉妬するチェプラーノ伯爵は道化のリゴレットに笑いものにされる。戻って来た公爵はリゴレットに邪魔なチェプラーノ伯爵をどうしたものかと邪悪な相談をする。一方、公爵の廷臣たちは、リゴレットに愛人がいる!と噂話で盛り上がる。伯爵と廷臣たち、そしてその場にいる者たちはみな、道化とはいえ皮肉屋のリゴレットになんとかひと泡ふかせたいと思っているのだった。そこに、怒り狂ったモンテローネ伯爵が現れ、公爵に娘を弄ばれたと訴える。リゴレットはまたも容赦無く嘲笑し、公爵はモンテローネの逮捕を命じる。モンテローネは公爵とリゴレットに呪いの言葉を浴びせる。

第2場

モンテローネからの呪いの言葉を気にしながら帰路についたリゴレットの前に、殺し屋のスパラフチーレが現れ、商売をもちかけるがリゴレットは取り合わない。しかし一人になったリゴレットは殺し屋との類似点を考え「あいつは剣で、俺は舌で人を殺す」と自己嫌悪を抱く。家で温かく迎える愛娘のジルダだけがリゴレットの心をなごませる。しかしリゴレットは亡くなった母親について訪ねる娘に何も答えず、自分の名前も教えない。彼女が教会以外に外出することも許さない。娘には世間の醜さを見せたくないからだった。しかし、ジルダは唯一の外出先である教会で出会った人物に想いを寄せていた。リゴレットが外出するのと入れ替わりに、その人物が現れる。自分は貧しい学生だと名乗るこの男はマントヴァ公爵なのだが、ジルダは知るよしもない。彼の愛の告白にはじめは驚くジルダだが、ほどなく二人は愛をたしかめ合う。一人になり、生まれて初めての恋愛に陶然とするジルダを、リゴレットの愛人だと勘違いした廷臣たちが狙っている。リゴレットも現れるが、廷臣たちはチェプラーノ伯爵夫人を誘拐すると告げ、リゴレットには目隠しをさせて梯子を持っているよう仕向ける。ジルダが拐われ、自分が騙されたことに気づいたとき、リゴレットはモンテローネの呪いを思い出す。

第2幕

ジルダが何者かに誘拐されたと知った公爵は、珍しく彼女の身を案じる。そこに廷臣たちがリゴレットの愛人を拐って来たと告げる。話を聞いた公爵は、その娘がジルダであるとわかり、大喜びで彼女のもとへ。そこに心配顔のリゴレットがやって来る。廷臣たちの素振りからジルダが公爵の手にかかったことを嗅ぎつけたリゴレットは“俺の娘だ!”と叫び廷臣たちを驚かせる。リゴレットは廷臣たちに「悪魔め、鬼め」と憤怒と悲痛な思いを訴える。苦悩するリゴレットのもとにジルダが走り出て来る。彼女は事情を語り、それでも彼への愛情は変わらないと訴える。それを聞いたリゴレットは、娘を慰めながら、公爵への復讐を決意する。

第3幕

1カ月が経ち、リゴレットは公爵を殺害するためにスパラフチーレを雇うことにする。リゴレットは公爵への想いを捨てられないジルダに、スパラフチーレの妹マッダレーナと公爵の情事を見せることで諦めさせようと、スパラフチーレの居酒屋の外に連れて来る。外では苦悩するジルダとあらためて娘のために復讐を誓うリゴレット、中ではマッダレーナを口説く公爵と誘惑するマッダレーナ、それぞれの心情が表されるこの場面の四重唱は傑作中の傑作といわれている。
 リゴレットは娘に、男装してヴェローナへ行けと命じる。スパラフチーレには公爵の殺害と死体を自分に渡すことを依頼する。公爵の身元を訪ねるスパラフチーレに、リゴレットは「彼は罪、私は罰」と告げる。
公爵がスパラフチーレの居酒屋の2階で寝込んでしまうと、彼に惚れ込んだマッダレーナは彼の命を助けてほしいと兄に懇願する。スパラフチーレは不承不承従うことに。真夜中の鐘が鳴るまでに訪れた者を身代わりにしようと決める兄妹の会話を聞いたジルダは、自分が身代わりになることを決意する。嵐が激しくなるなか、ジルダはスパラフチーレの居酒屋の扉を叩く。
嵐が静まり、リゴレットはスパラフチーレから死体の入った袋を受け取る。しかし、静寂のなかに公爵の歌声が聞こえる。慌てて袋を開けると、中には瀕死のジルダがいる。父の言いつけに背いたことを詫び、許しを請いながら息絶えるジルダの傍らで、リゴレットは「あの呪い!」と悲痛な叫びを上げる。

ヴェルディの衝撃の傑作『リゴレット』
『そ、そんな』を納得させるのは音楽だ!

オペラの物語はほとんどが現実離れしていますが、なかでも『リゴレット』は次々とあらわれる「そ、そんな!!」がドラマを推し進めます。どれほど理不尽なことが起こっても、観ている者がその場面に引き込まれていくのはヴェルディが挑んだドラマと音楽の緊密性によるものなのです。

『リゴレット』は、自分が仕える公爵に愛する娘ジルダを陵辱されたリゴレットが、憎き公爵を殺し屋を雇って殺そうとするけれど、なんと娘が身代わりに殺されてしまうという悲劇。なんとも救いのない物語ですが、ヴェルディがつくったのは単に暗く悲しいだけの音楽ではありません。かされた娘が実はその犯人を愛しているとか、不実な男と知っても身代わりに死を決意するとか、殺し屋が殺す相手を変えてしまうとか、殺されるはずだったのに能天気に歌っているとか...「そ、そんな 」という場面を納得させるのは、ヴェルディが好色なマントヴァ公爵、不幸なリゴレット、純真な娘ジルダという登場人物のキャラクターを音楽によって完璧に描き出しているから。さらに、聴きどころとなるのはアリアだけではなく、合唱や管弦楽がドラマの情景そのものをあらわすような絶妙さで次々と迫ってくるのです。

今回上演されるオリヴァー・ミアーズの演出は、ヴェルディが書いたこの一分の隙もない音楽そのものが描くドラマをより深く伝えることに成功しています。ドラマのもつ真の魅力をしっかりとあらわす、これぞ“演劇の国”の『リゴレット』に、ロンドン の観客の大喝采が贈られているのです。

「女心の歌」のヒットをヴェルディは予見していた


『リゴレット』のなかで、というより数あるオペラのなかでも有名なアリアの一つがマントヴァ公爵が歌う「女心の歌」。オペラの原作となったヴィクトル・ユゴーの戯曲の詩「女はよく気が変わる、風に踊る羽のようなもの」が用いられました。ヴェルディはこの曲が人気を得ることを確信していて、「初演まで知られないように」してい たのですが、初演の日にはヴェネツィアの街中ではこの歌が聞こえていたとのこと。日本でも浅草オペラ全盛のころには出前持ちも歌った大ヒット曲だったといわれます。たしかに、一度聞いたら忘れられないメロディーです。

訴えてやる!から一転、ヴェルディ・ファンになったヴィクトル・ユゴー


オペラ『リゴレット』はヴィクトル・ユゴーの戯曲「王はお愉しみ」を原作としてつくられ、1851年にヴェネツィアのフェニーチェ座での初演以来、翌52年ウィーンとブダペスト、53年にはミラノやロンドンなど50都市での初演が行われまた。そんななか、フランス初演は1857年と大きく遅れました。これは、原作者のユゴーがパリで訴訟を起こしたから。結果はユゴーの敗訴となりました。パリでの初演に招かれ、しぶしぶ出かけたユゴーは、「ヴェルディの音楽は自分の戯曲が表現し得ないことを伝えている」と驚嘆し、熱心なヴェルディ・ファンになったとか。ユゴーが驚いたのはリゴレットがジルダにマントヴァの所業をわからせ、あきらめさせようとする場面。「父娘とマッダレーナとマントヴァ公爵の4人それぞれの心境を同時に歌わせて、個々の意味を観客に理解させるのは芝居では不可能だ」と。この四重唱はあまたある重唱の中でも最高傑作と呼ばれるもの。ユゴーの鑑識眼もさすがです。

マントヴァ公爵って・・・


好色で放蕩三昧な領主として登場するマントヴァ公爵。ヴィクトル・ユゴーの原作ではフランス王でしたが、差し障りがあるということでオペラではイタリアの公爵に。オリヴァー・ミアーズ演出の舞台美術にティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」や「エウロペの略奪」といった絵画が取り入れられているのは、マントヴァ公爵が女性と美術品のコレクターであることをあらわしているようです。“女性の収集”とはけしからんことですが、もともとユゴーの原作にあった宮廷批判の要素を現代社会で受け取らせるための演出といえるでしょう。

photos: Helen Murray, Ellie Kurttz / ROH

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03-3791-8888

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