英国ロイヤル・オペラ 2015年日本公演「マクベス」あらすじと聴きどころ

ジュゼッペ・ヴェルディ「マクベス」
舞台はスコットランドと、スコットランドと英国の国境
第1幕
第1場
荒れ狂う雷雨のなか魔女たちが現れ、自分たちの悪行を話しあっている(合唱「何をしてるんだい?」)。そこに、ダンカン王の二人の戦士マクベスとバンクォーがやって来る。魔女たちはマクベスに“グラーミスの領主”“コーダの領主”“いずれスコットランドの王になるお方”、バンクォーには“将来の王の父となるお方”と予言めいた祝辞で挨拶する。すると王の使いが到着し、“マクベスがコーダの領主に命じられた”と告げる。バンクォーとマクベスは驚く(二重唱「二つの予言がもう実現した」)。彼らが去って行くと、魔女たちがマクベスとの再会を楽しみに待つ(合唱「みんな行ってしまった」)。
[ききどころ&みどころ]
*冒頭、そしてマクベスとバンクォーに予言を告げる魔女たちの合唱は不思議さ、奇妙さ、さらには彼女たちがこのドラマの鍵を握っていることを暗示するようでもある。この演出では特に、魔女たちの動作や衣裳も印象的。
*バンクォーとマクベスの二重唱は、一瞬の沈黙の後に、まずマクベスが歌い出し、その後にバンクォーが加わるが、終始それぞれの独白で対位法的に展開する。マクベスが歌うのは3つ目の予言ゆえの野心と不安、バンクォーは嫉妬の感情といったところ。
第2場
マクベス夫人がマクベスからの手紙を読んでいる。そこには、戦いに勝利したこと、そして魔女たちの予言のことが書かれている。彼女はこれを読み、野望を実現するべく、闘志を燃やす(「さあ、急いでいらっしゃい!」)。さらに、王の来城を知り、国王暗殺の好機到来と興奮する(「地獄の使者よ、目覚めなさい」)。国王ダンカンより一足早く到着したマクベスは、夫人からの叱咤激励により、国王殺害に同意する。
(国王の来訪は舞台裏からの舞曲による黙劇。楽譜には「行進曲」となっている)
城が静まるのを待つ間、マクベスは短剣と国王殺害の幻影に錯乱しモノローグ「私の前に見えるのは短剣か?」と歌う。国王殺害を遂げたマクベスは妻にすべてが終わったと告げるが、同時に恐怖と動揺に震える。夫人は弱気なマクベスを叱咤する(二重唱「すべてが終わった~宿命の女よ、囁きが」)。そして、マクベスが持ってきてしまった短剣を取り上げ、眠り込んでいる王の護衛の仕業に見せかける。
夜明け近く、マクダフとバンクォーが城にやって来る。マクダフが国王を起こしに行っている間に、バンクォーはあの嵐の夜のことを思い出す。マクダフが王の殺害を発見し、人々が集まる。マクベスと夫人も何食わぬ顔で加わり、一同は復讐を誓う(六重唱「神よ、すべての心をお見通しください」)。
[ききどころ&みどころ]
*マクベス夫人の、手紙を読む台詞の直後のドラマティックなレチタティーヴォの第一声は強烈な印象を与える。続くアリアでも強い性格が露わになるが、さらに国王来訪の報せを受け“好機到来”の興奮を悪魔的に歌いあげる。[Photo]
*国王暗殺を前にしたマクベスが「妄想だ」と自分に言い聞かせ奮い立たせるモノローグは、彼の心の揺れと緊張感に満ちている。
*国王を殺害し呆然自失、恐怖と動揺からすでに悔悟の言葉まで口にする夫に、夫人は「ばかなことを!」と叱咤する二重唱では、マクベスのレガートと夫人のスタッカートが対比する。キーンリサイドの恐怖や動揺の秀逸な表現に対し、忌々しさを露わにしながら、なだめたりすかしたりするモナスティルスカの演技も絶品の場面。[Photo]
*国王が殺されたことが発覚し、一堂が復讐を誓うフィナーレの六重唱は弱音のアカペラから始まり、やがてオーケストラが加わる壮大なアンサンブルとなる。マクベスに王冠が与えられるが、この演出では魔女の手からマクベスに渡るのも暗示的。[Photo]
第2幕
第1場
ダンカン王の息子マルコムはイングランドへ逃げ、マクベスは念願かなってスコットランドの王となった。しかし、魔女たちが言った“バンクォーは王の父になる”という言葉を恐れるマクベスと夫人は、さらにバンクォーと息子の殺害を決意する。夫人は罪を重ねる覚悟を「日の光が薄らいで」で歌う。
[ききどころ&みどころ]
*「日の光が薄らいで」は、一見、強烈な意志の表れだが、マクベス夫人自身が恐怖と不安を振り払うために必要な去勢、あるいは狂気の入り口に立っていることを予感させる。聴きどころであるとともに、王冠を前に常軌を逸した夫人を演じるモナスティルスカの抜群の表現力が見どころに。[Photo]
第2場
マクベスに差し向けられた刺客たちが、暗がりでバンクォーを待っている(合唱「日が落ちた、夜が明くと流血を支配する」)。バンクォーと息子フリーアンスがやって来る。バンクォーは不吉な予感を感じて「息子よ、足下に気をつけろ」と歌う。バンクォーは殺されるが、フリーアンスは逃げる。
[ききどころ&みどころ]
*バンクォーのアリアは、このオペラのなかで彼の唯一の聴かせどころ。この演出では、バンクォーが刺される瞬間に魔女が現れ息子を逃がす。ここにも、ドラマの鍵を握るのが魔女であることが暗示されている。
第3場
国王就任を祝う祝宴で、マクベスと夫人は客たちをもてなしている。夫人が乾杯の音頭をとる(〈乾杯の歌〉)。そっと現れた刺客がマクベスにバンクォー殺害を報告する。マクベスは皆にバンクォーの不在を告げるが、そのとき、マクベスにはバンクォーの亡霊が見える。取り乱すマクベスを客たちはいぶかるが、夫人が落ち着かせ、再び乾杯をすすめる。しかし再びバンクォーの亡霊が現れ、マクベスは半狂乱に。もはや夫人にもどうすることもできず、一同はマクベスへの不信感を抱く。亡霊の復讐を恐れるマクベスは再び魔女たちのもとを訪れることを決意する。
[ききどころ&みどころ]
*華やかに宴を盛り上げるマクベス夫人の〈乾杯の歌〉に合わせ、客たちが印象的な踊りを見せる。
*第2幕のフィナーレは、亡霊に怯えるマクベス、彼を諭す夫人、悪に汚れた国を憂うマクダフ、人々の不審の感情が歌われるアンサンブル。不穏な状況が巧みな照明効果によって浮き彫りにされる。
第3幕
嵐の夜、魔女たちが奇妙な歌を歌いながら“秘薬”をつくっている(合唱「湯のなかでねこが3回鳴いた」)。そこにマクベスがやって来て、“自分の未来を教えてくれ”と言う。魔女たちは未来の幻影を見せる。最初に現れた亡霊が「マクダフに気をつけろ」と言って消えると、次は子どもの亡霊が「女から生まれた者でお前にかなうものはない」と告げる。さらに第3の亡霊は「バーナムの森が動き出さない限り、お前は敗れない」と告げるので、マクベスは自分の未来の運命を吉と解釈して喜ぶ。しかし「バンクォーの子孫が王になる」という予言が気になって仕方がない。マクベスがその意味を問うので、魔女たちは8人の王の亡霊を出現させる。バンクォーそっくりの亡霊が現れるのを見たマクベスは、恐ろしさに気絶してしまう。この演出では、気絶したマクベスが見ているであろう夢が、舞台上に展開される。目覚めたマクベスは夫人に奇妙な夢のことを語る。二人は自分たちの地位を守るために、「今や死と復讐のときだ」と、バンクォーの妻子殺害を決意する。
[ききどころ&みどころ]
*始まりの魔女の合唱は奇妙な言葉が速いテンポで歌われる。陽気さを感じさせる音楽と独特な振付による踊りが奇妙な雰囲気を盛り上げる。このプロダクションでは、パリ改訂版で加えられたバレエはカットされているが、魔女の踊りは印象大。
*マクベスの望みに応え、魔女たちが次々に亡霊を出演させる場面は〈亡霊出現の大シェーナ〉と呼ばれる。 本来は、気を失ったマクベスの周りを魔女たちが乱舞するという設定だが、この演出では魔女たちはマクベスの“悪夢”――夫人との間に次々と子どもが誕生する――を舞台上に繰り広げられる。
*“悪夢”から覚めたマクベスと夫人が「皆殺しだ!」と声を揃えるそのとき、魔女が子どもを連れて来て、無邪気に遊ぶ子どもをマクベスが殺す仕草を見せる。
第4幕
第1場
スコットランドの難民たちが集まり、虐げられた祖国とその悲しみを嘆いている(合唱「虐げられた祖国よ」)。マクダフは妻子を殺された哀しみを「ああ、父の手は」で歌う。そこにダンカン王の息子マルコムがイングランドの軍勢を率いて現れる。マクダフも加わり、「裏切られた祖国が呼んでいる」と勇ましく歌う。
[ききどころ&みどころ]
*冒頭の合唱は原作にはない。台本作家ピアーヴェ『ナブッコ』の「行け、わが思いよ、金色の翼に乗って」と同様に国家統一気運と相乗する効果を狙って創ったという説もある。
*マクダフのしっとりとしたアリアが劇的な効果をみせた直後のマルコムの勇壮な登場は雰囲気を一転させる。
第2場
マクベスの城では、夢遊病に陥ったマクベス夫人が、血に染まった手の幻覚に襲われている(「ここにまだ染みがある…」)。やがて、マクベスは夫人の死を知らされるが、もはや彼の関心は戦いへと向けられたまま。そして人生の悲哀を「慈悲、敬愛、愛」で歌う。兵士がバーナムの森が迫っていると告げる ―敵が枝を持って迫って来ているのだ―、マクベスは第3の亡霊の予言を思い出す。
[ききどころ&みどころ]
*〈夢遊病の場〉での夫人の、国王を殺害したことを告げる歌は語りに近い。モナスティルスカの迫真の表現がみどころとなる。
*マクベスは“何という人生だ!”と叫び、人生の悲哀を歌う。自身の人生を顧みた深い思いが表されるキーンリサイドの歌唱は聴きもの。
第3場
マクダフとの対決を迎えたマクベスにとっては、成し遂げられた二つの予言だけが頼り。しかし、戦いの最中に、マクダフは帝王切開で生まれたことを知る。マクベスはすべての力を失い倒れる。この演出では、ここでマクベスの辞世のモノローグ「やみくもに地獄の予言を信じたのだから」が歌われる。マクベスの死により、勝利とマルコムが王となることを讃える合唱「国王に幸あれ!」が高らかに歌われ、幕となる。
[ききどころ&みどころ]
*魔女の予言を信じ、身を滅ぼすこととなったマクベスの辞世の歌は、フィレンツェ初演版にはあったが、パリ改訂版ではカットされた。ウィーンのプロダクションでもこのモノローグを歌っているキーンリサイドは、この歌を重要な意味をもつものと考えている。深い思いが込められた最後の聴きどころとなる。