ローマ歌劇場2014年日本公演

リッカルド・ムーティ

 ギリシャ彫刻の英雄像を思わせる凛々しいムーティの指揮姿。その指揮棒が一閃、電光石火に炸裂するクレッシェンドは、天空を引き裂く稲妻のようで、聴き手を一撃にして打ちのめしてしまう。その一方、イタリアの青い空を思わせる情熱的なカンタービレは、涙腺をゆるませるほど美しく胸に迫る。

 いまや巨匠指揮者として世界に名を知られるムーティのキャリアには、ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、フィラデルフィア管、シカゴ響をはじめとする世界のトップ・オーケストラとの緊密な関係やスカラ座、ウィーン国立歌劇場、英国ロイヤル・オペラ、ザルツブルク音楽祭など、世界一流のオペラハウスでの活躍が挙げられる。しかし、ムーティはどこにあっても“イタリア人の魂”をもって世界の音楽界を牽引してきた。

 「オペラはイタリアが誇る文化」と考えるムーティが、“身を捧げてきた”というのが、ヴェルディのオペラ。ムーティのヴェルディ・オペラへの功績は、長く率いたミラノ・スカラ座での数々の名演が示すとおりだが、スカラ座の音楽監督としてデビューを飾った「ナブッコ」は、イタリア人の熱気にあふれたヴェルディ・オペラの素晴らしさを世に知らしめ、ムーティの評価を決定づけた。

 そのムーティはいま、ローマ歌劇場におけるヴェルディ・オペラに「他の劇場では失われつつあるイタリア・オペラの表現力、音色、アクセントがある」と公言し、絶対の自信を見せている。「良いキャストが揃うまで取り上げない」と、長く指揮をする機会を待っていた「シモン・ボッカネグラ」も、ようやく納得のキャストを得て、満を持しての実現となった。

 ヴェルディのオペラを“イタリアのオーケストラ”と“イタリア人の合唱”で上演する―――オペラの世界もグローバル化の波に押されてイタリア色を失いつつあることに警鐘を鳴らすムーティは、イタリアの色濃いヴェルディ・オペラこそ、ローマ歌劇場の最大の武器になると信じて、日々戦いに挑んでいるかのようだ。

 ナポリ生まれ。はじめにピアノを学び、後にミラノのジュゼッペ・ヴェルディ音楽院で作曲と指揮を学んだ。

 1967年、ミラノで開催されたグイド・カンテルリ国際指揮者コンクールで優勝。翌年にはフィレンツェ五月音楽祭の首席指揮者に迎えられ、1980年まで務めた。この間の1971年には、ヘルベルト・フォン・カラヤンの招きにより、ザルツブルク音楽祭にデビュー。以来、同音楽祭には欠かせない存在となっている。

 1972年から1982年には、オットー・クレンペラーの後継としてロンドンのフィルハーモニア管弦楽団首席指揮者を務め、1980年から1992年まではユージン・オーマンディの後任としてフィラデルフィア管弦楽団の音楽監督を務めた。

 1986年にミラノ・スカラ座音楽監督に就任。2005年までの在任期間は、スカラ座史上最長を誇るものとなった。在任中には、モーツァルトのダ・ポンテ三部作やワーグナーの《ニーベルングの指環》チクルスなど、重要なプロジェクトを実現。また、レパートリーとなっていた作品のほか、上演機会の少ない作品を取り上げることにも積極的に挑み、大きな成功を収めた。さらに、スカラ座にとっても重要な意味をもつヴェルディの作品における貢献の甚大さは、世界中から認められるものとなっている。指揮した作品としては、「エルナーニ」「ナブッコ」「シチリア島の夕べの祈り」「椿姫」「アッティラ」「ドン・カルロ」「ファルスタッフ」「リゴレット」「マクベス」「運命の力」「トロヴァトーレ」「オテロ」「アイーダ」「仮面舞踏会」「アイーダ」「仮面舞踏会」「二人のフォスカリ」「群盗」がある。

 オーケストラ指揮者として、世界中の一流オーケストラのほとんどを指揮。なかでもウィーン・フィルとは深い信頼関係を築いており、数々の記念すべき名演を残している。世界の頂点を極める活動の一方、2004年には、イタリア全土から応募した600人もの演奏会の中から国際委員会が選んだ若手演奏家で構成されるケルビーに・ユース・オーケストラを設立。同オーケストラとは、2007年より、ザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭において、18世紀のナポリ派のオペラおよび宗教音楽の再発見を目指す5年間のプロジェクト展開した。

 2010年9月、シカゴ交響楽団音楽監督に就任。同交響楽団とのライブ録音によるヴェルディ「レクイエム」は、第53回グラミー賞において、最優秀クラシック・アルバム賞および最優秀合唱パフォーマンス賞という二つの賞を獲得した。

 ローマ歌劇場には、2000年代後半より、同歌劇場のレヴェル向上に尽力。実質的な音楽監督の任にあたったことにより、オーケストラや合唱団、ひいてはオペラハウス全体に飛躍的な躍進をもたらした。音楽監督を固辞し、「音楽面においてのみ専念したい」というムーティの意向に対して、歌劇場から2011年に終身名誉指揮者の称号をもって迎えられた。ローマ歌劇場では、2011年3月、イタリア統一150周年を記念して制作された「ナブッコ」をはじめ、2012年には「アッティラ」と「シモン・ボッカネグラ」、2013年には「二人のフォスカリ」と「エルナーニ」と、ヴェルディ・オペラの新制作を展開している。