ローマ歌劇場2014年日本公演

聴きどころ




 海の凪を表すとされる穏やかなメロディの導入のあと、すぐに幕が開く。ジェノヴァの広場、夜の暗闇のなかで、パオロとピエトロが密かに話し合っている。平民派の首領パオロとピエトロは翌日の新しい総督選挙に、シモン・ボッカネグラを推し、この機会に富と権力と名誉を貴族たちから市民に奪取しようと考えているのだ。ピエトロと入れ替わりで現れたシモンは、パオロに説得されて選挙への立候補を承諾する。シモンが去った後、ピエトロが連れて来た水夫や町の職人たちに、パオロはフィエスコの宮殿を指差し〈あの陰気な屋敷を見るがいい〉と、幽閉された美しい娘の話を聞かせて皆の同情を誘い、選挙ではシモンに投票するよう呼びかける。
 人々が去り、静けさを取り戻した広場にヤーコポ・フィエスコが宮殿から出て来て、来る選挙で地位を失うことになるだろうこと(モノローグ〈誇り高き宮殿よ〉)、それに加えて自分の娘のマリアが、平民のシモン・ボッカネグラに恋したことを嘆き、〈あわれな父親の苦悩する心は〉と歌う。死にゆく娘を悼む悲痛な想いが切々と表されるこのアリアに重なるようにマリアの死を悼む合唱が聴こえてくる。
 再び広場にやって来たシモンはフィエスコの姿をみつけ、マリアとの結婚の許しを得ようとする。フィエスコはマリアの死を隠したまま、シモンを許そうともしないが、「二人の間に生まれた子供を自分に渡せば、和解の可能性はある」と言う。これにシモンは、〈そのかわいい娘は、海辺の見知らぬ人の間で〉で、娘が行方不明になったことを語る。フィエスコは怒って立ち去る。  一人残ったシモンは、フィエスコの宮殿の扉が開いたままになっているのをいぶかしく思いながら中に入っていき、マリアの死を知る。驚き、狂乱と涙に暮れるシモンに、遠くから「シモンを総督に!」と叫ぶ人々の声が近づいてくる。人々のなかにパオロとピエトロの姿を見つけたシモンは、はっきり候補に立つことを決心し、それを物陰から見ているフィエスコは「シモンが総督に選ばれるのか」と驚きながら姿を消す。人々が「シモン万歳!」と盛り上がるなか幕となる。






第1場 ジェノヴァ郊外のグリマルディ家の庭

 プロローグから25年後。シモンは総督として治世を過ごしている。遠くにジェノヴァの海を臨む庭園で、アメーリアが美しいメロディにのせて、寂しい孤児の身の上と、愛する人を得た喜びを歌う(〈暁に星と海はほほえみ〉)。このアメーリアは、プロローグでシモンが語った行方不明になったシモンの娘。海辺を彷徨っているところをグリマルディ伯爵に拾われ、実の子として育てられた。グリマルディ伯爵夫妻が亡くなったことから、アンドレアと呼ぶ老人と二人で暮らしているが、このアンドレアこそ、フィエスコその人。互いに祖父と孫娘の関係であることは知らずにいる。
 美しいアメーリアの歌が終わると、遠くからガブリエーレの歌うセレナード〈星のない空〉が聴こえる。ガブリエーレ・アドルノは、貴族派の有力な闘将で、アメーリアと相愛の恋人。やって来たガブリエーレに、アメリアは「最近何か企んでいるのでは?」といぶかる。恋人を危険な企みから遠ざけたいと願うアメーリアは、ジェノヴァの敵に勝とうと思わず愛のことだけを考えて、と願い、ガブリエーレも甘い旋律で応える(〈星のない空〉)。そこに総督が狩からの帰路にアメーリアのもとを訪れることが知らされる。アメーリアは、総督がやって来るのは、彼女と部下と結婚させようとしているからなので、ガブリエーレに急いで二人だけで結婚式をあげようと言い、支度を整えに行く。
 アンドレアが現れ、ガブリエーレにアメーリアが実は孤児であったことを語る。「愛に変わりはない」と言うガブリエーレをアンドレアが祝福する(〈二重唱〈わたしのところに来なさい〉)。
 トランペットの響きが聴こえ、シモンがやって来る。静かに語りかけるシモンに、アメーリアは自分の身の上を話し始める。やがて二人は、亡きマリアの肖像を照らし合わせ、父娘であることが判明する。思わず手を取り合って熱い涙にくれる感動の場面にふさわしい天国的な美しさの二重唱〈娘よ、その名を呼ぶだけで胸が踊る〉。ここはこの作品の見どころのひとつ。
 アメーリアが去った後、パオロがアメーリアとの結婚の首尾を尋ねに来るが、シモンはきっぱりと拒絶する。一人残されたパオロは、ピエトロを仲間に引き入れ、こうなったらアメーリアをさらうしかない、と企む。


第2場 総督の宮殿の会議室

 総督シモンを中央に、貴族派と平民派の評議員が集っている。シモンがヴェネツィアとの和平を提案し、議決をとろうとしたそのとき、外で暴動が起きる。群衆がガブリエーレを広場に引き立てているのだ。シモンは群衆を会議室に入れるよう命じる。引き出されたガブリエーレは「アメーリアを誘拐したかどでロエンツィーノを殺した」と言う。これを聞いた平民派の評議員や群衆は「嘘だ!」と猛反発。ガブリエーレは「彼は死ぬ前に、ある権力の地位にある者にそそのかされたと白状した」と告げ、その権力者がシモンであると思い込み、剣を抜いてシモンに駆け寄る。そのとき、二人の間に身を投げ出してとどめるのはアメーリアだ。シモンに経緯を問われた彼女は「ロレンツィーノにさらわれたが、もっと悪いやつがいる」とパオロを睨みつける。貴族派と平民派が争い始めたとき、シモンが威厳に満ちた演説で激しく平和と愛を訴える(〈平民たちよ、貴族たちよ〉)。アリアの後には、アメーリア、ガブリエーレ、ピエトロ、パオロ、アンドレアのそれぞれの心境と合唱が加わる緊張感に満ちたクライマックスとなる。すでにことの真相をわかっているシモンはガブリエーレを牢屋に入れることにし、次にパオロには犯人への呪いをかけさせる。パオロが、自分自身を呪ったことに恐れおののくなかで幕となる。





 夜、パオロは自分の身を守るためにはシモンを殺すしかないと考え、〈わしは、わし自身を呪った!〉と歌い、シモンの水差しに毒を仕込む。パオロに、シモンを眠っている間に殺せと言われたアンドレア(フィエスコ)は、それを拒絶(二重唱〈お前は残忍な顔つきをしている〉)。パオロは次に、ガブリエーレを味方につけようと「アメーリアはシモンの愛人になっている」と嘘を吹き込む。激しい怒りを抱いたガブリエーレは、シモンへの殺意を激情的なアリア〈わが心の炎が燃える〉を歌う。このアリアは、前半では今すぐシモンを殺すのだ!と急速で激しい調子だが、後半ではアメーリアに想いをはせた叙情的な旋律となる。一途で熱血漢というガブリエーレのキャラクターが示されるとともに、この作品におけるテノールの聴かせどころとなっている。
 やって来たアメーリアに、ガブリエーレは宮殿にとどまっている理由を問いただす。シモンと秘密を守る約束をしているアメーリアは、ガブリエーレの誤解を解くことができない。そのとき、シモンが現れる合図のトランペットが聞こえるので、アメーリアはガブリエーレをバルコニーに隠す。シモンが現れ、アメーリアとの対話が始まる。アメーリアが愛しているのが仇敵ガブリエーレだと知ったシモンは苦悩しながらも、ガブリエーレを許そうと考える。一人になったシモンは水差しの水を飲み、強い眠気に襲われる。短剣を手にしたガブリエーレが寝入ったシモンを刺そうとしたそのとき、アメーリアが戻り、止める。ガブリエーレは、目を覚ましたシモンから、アメーリアが実の娘であることを知らされ、三人三様の思いが美しく歌われる(三重唱〈あなたは彼女の父上! アメーリア許しておくれ〉)。そこに群衆の叫び声が聞こえる。シモンへの反逆を企てた貴族派の群衆たちだった。シモンはガブリエーレに「貴族派として参加しろ」と言うか、ガブリエーレは「既に父と知った上は」と反乱の平定を約束し、固い握手を交わす。





 「グローリア!」という歓喜の声で幕が開く。貴族派の反乱も平定され、ジェノヴァの街には平和が戻っている。逮捕され、死へと向かうパオロは護衛の士官や衛兵たちに囲まれてなお、シモンへの憎悪を口にする。「シモンには毒を飲ませたから、すでに彼の体はむしばまれている。彼は私に死刑を宣告したが、私も彼を死刑にしたのだ」と。  パオロが仕込んだ毒がまわり、すでに瀕死の状態のシモンは、苦しさを訴えながらも、ガブリエーレとアメーリアの結婚の喜びを感じ〈慰めてくれ、海のそよ風よ〉と歌う。そして、幼い頃から育てた娘が自分が離れていく寂しさを感じているアンドレア(フィエスコ)に、彼女は自分の娘であり、フィエスコにとっては孫娘であると告げる。25年ぶりの再会のこのとき、二人にはもはや憎悪は無く、貴族と平民の別を忘れて手を取り合う。ここで歌われるフィエスコとシモンの二重唱〈わしは、神のみ声に涙を流す〉は、感動的な全編のクライマックス。  そこにマリア(アメーリアは本名のマリアに戻る)が現れ、フィエスコが祖父であることを知らされる。シモンはマリアの腕の中で死にたいと願い、元老院の議員たちに、自分の死後はガブリエーレを後継者にと頼み、静かに息絶える。