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2012/01/27 2012:01:27:15:27:42

寄稿:"信頼感に支えられた至福の一夜" 加藤浩子(音楽評論家)

昨夜、東京オペラシティコンサートホールえ開催された、バルバラ・フリットリの3年ぶりとなる東京でのリサイタルは、怒涛のブラヴォーに包まれ、初日を終えました。
音楽評論家の加藤浩子さんが寄稿してくださった昨夜のリサイタルの模様を、舞台写真とともにお届けいたします。




信頼感に支えられた至福の一夜〜バルバラ・フリットリ、リサイタルを聴いて

加藤浩子(音楽評論家)

 幸せな夜。
12-01.27_01.jpg コンサートを聴いてそう思える夜は、とても少ない。
 そのまれな幸せに、今年はじめて出会えた夜だった。
 バルバラ・フリットリ。イタリア・オペラなら何をおいてもまず彼女で聴きたい、そう思わせる、当代きっての、純イタリアのソプラノだ。美しく品格のある声と、完璧な技術との同居。若いころは清らかさも魅力だったが、今はより成熟し、格調の高さを豊麗なオーラが包みこむようになった。以前が白百合なら、今はカサブランカかカトレアといったところだろうか。このような美しい成長を見せてくれる歌手と同じ時代に生きていることは、大きな歓びだ。
 フリットリが一流である証は、ステージに出た以上は聴き手を必ず満足させてくれることにもあらわれている。当たり前なように思えるけれど、このハードルをクリアしている歌手はきわめて少ない。慎重にレパートリーを選び、声に合わないものは退けてきた、歌手としての知性の賜物だ。前半を歌曲、後半をオペラアリアで固め、しかも2回の公演のそれぞれに確固とした色がある今回の東京公演のプログラムも、フリットリの知性と自信を物語っている。
 その1夜目は、リヒャルト・シュトラウスとヴェルディという潔いプログラム。
 酔った。期待以上だった。音楽の美しさに涙するのは至福の体験だが、それを2度も味わえた。前半の《4つの最後の歌》と、プログラムの最後に置かれた《運命の力》のアリア〈神よ、平和を与えたまえ〉。フリットリとシュトラウスは意外な組み合わせだったけれど、そしてもちろんドイツ的ではなかったけれど、オーケストラと一体となり、音楽のなめらかな美しさを汲み上げた、馥郁とした香気に満ちた演奏は、一期一会のものだった。
 後半のヴェルディ・アリアは、フリットリの独壇場。彼女の美質であるやわらかで湿り気のある声、長いフレーズの艶やかさ、ふくよかさはいっそう味わいを増し、アリア1曲で全曲の輪郭を浮かび上がらせる表現力は卓越の極み。恋人を待つ夜の庭園の情景が目に浮かんだ《イル・トロヴァトーレ》の〈穏やかな夜〉。夜明けの海が語りかけてくるような、《シモン・ボッカネグラ》の〈暁に星と海は微笑み〉。そして、艶麗な声をたっぷりと聴かせた、《運命の力》の〈神よ、平和を与えたまえ〉。この曲の絶対的な美しさを、これほど確信できた演奏ははじめてだった。クライマックスへと上りつめ、最後の高音が宙に放たれた時、全身に戦慄が走るのを感じながら、ヴェルディがこれを聴いたらきっと満足しただろうと、なぜか確信してしまったのだった。

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 聴衆も素晴らしかった。最初から最後まで会場に漂っていた幸福感は、フリットリと聴衆のあいだに存在していた信頼感によるところが大きい。彼女は裏切らない、と日本の聴き手は知っている。演奏でも、聴衆への誠意でも。だからフリットリは愛される。そしてフリットリも、その夜の聴衆を愛していた。
 カルロ・テナンの指揮もよかった。歌心に溢れ、イタリア人らしいテンションの高さもあるけれど、決して崩れない冷静さと知性。その点、今宵のプリマと共振していた。
 アンコールで歌われた《トゥーランドット》のリューのアリア〈氷のような姫君の心も〉は、たっぷりと甘いデザートの舌触り。2月1日の第2夜では、こんなプッチーニとチレアが聴けると思うと、またわくわくしてきてしまう。 


photos:Kiyonori Hasegawa



●バルバラ・フリットリ ソプラノ・リサイタル 公演概要>>>