「エオンナガタ」劇中で引用される母親宛、ボーマルシェ宛のシュヴァリエ・デオンの書簡全文です。
字幕では全文表示されませんので、ご了承ください。
なお、会場入口で書簡全文の翻訳をお配りいたします。
母親への書簡
ロンドン、1765年12月30日
親愛なる母上、あなたがわざわざ私にお書きくださった嘆かわしく痛ましい手紙を全て受け取りました。聖書に書いてあるように、ほとんど信仰のない女性であるあなたが、なぜ涙を流すのでしょう?トネールでのあなたの問題と、ロンドンにおける私の政治的な問題に、いったいどんな共通点があるというのでしょう。
どうか、静かにキャベツを植え、あなたの菜園の果物を食べ、あなたの牛から絞った牛乳や、あなたのブドウ畑のワインを飲んで、パリやヴェルサイユで話されているつまらない話のことは、ほっておいておいてください。彼らには、私の気が狂っていると言わせておけばよいのです。私を慰めるどころか、かえって悲嘆にくれさせるあなたの涙を拭ってください。私は少しも悲しくなどないですし、私の心はバイオリンやバス・ヴィオールさえも奏でていますから、慰めは不要なのです。と言うのも、私が自分の務めを果たしている一方で、自分達のことを、貴族だ、マルミオンの子爵だと名乗る私の敵どもは、彼らの義務を果たしていないのですから。彼らは、全体の正義や、国王と祖国にとっての最大の利益のためにでは決してない、個人的な関心から、気ままに全てを成し遂げようとしているのです。彼らは、自分達のしたいようにするでしょうが、私は、物事を聞いた通りに行うでしょうし、聞くことは上手なのです。私は、彼らのような取るに足りないユピテルの怒りを、全く恐れてはいません。
私は、以下のことをあなたにお伝えし、この手紙を終えたいと思います。もし、あなたができるだけ良いことをしたいと願うなら、トネールのうっとりするようなご自身の孤独の中に静かに留まり、男性にせよ女性にせよ、誰かがあなたを褒めても、あるいは非難しても、あなたは、より優れてもいないし、より悪くもないのだと考えるようにしてください。善きものの栄光は、善きもの自体の意識の中にあり、人の口に語られるものではないのです。
愛情を込めて、あなたに口づけを送ります。未来を期待していてください。私が自分の存在を恥じていないのだということが、分かるときが来るでしょう。小さな嵐はやり過ごしてください。今吹いている激しい風は、単なる轟音にすぎないのです...。私は、とても体調が良く、私の敵どもを皆、生きていようと、死んでいようと、葬り去るつもりでいるほどなのです!
さようなら。
ボーマルシェへの書簡
ロンドン、1775年10月5日
カロン・ド・ボーマルシェ殿
私は、今晩、嫌悪と軽蔑の念を持って、そなたが大汗をかきながら、労を惜しまずに考え、作成し、書き写し、まさに今日私に届けようとしたこの契約を読みました。このような恐喝、このようにおぞましい物々交換を厚かましくも行うことのできる卑怯者は、そなた一人しかいません!王国の道徳が、男性として生きる女性を容認できないという口実のもとに、私がフランスに戻るためには、生涯、女性の衣装を纏わなければならないですと?そなたの裏切りは、その卑怯さに匹敵して相当のものですし、もしそなたに勇気と誠実さが欠けていないのだとしたら、その裏切りに対して、償いが求められるでしょう。
はっきりとお答えしましょう。消え失せてしまえ! しっぽがあろうとなかろうと、それがいったいなんだという?男性だろうが、女性だろうが、私は、常にセビリヤの全理髪師に勝るのだということを、よく知っておくがいい!
エオンナガタの最近のブログ記事
「エオンナガタ」の上演時間をお知らせします。
途中休憩がございませんので、開演に遅れますとお席にお着きいただけません。ご注意くださいませ。
●11/17(木)、18(金) : 19:00~20:40 (休憩なし)
●11/19(土)、20(日) : 15:00~16:40 (休憩なし)
▽2011/10/21 シルヴィ・ギエム記者会見レポート(1)>>>
現在、<HOPE JAPAN TOUR>で全国を巡演しているシルヴィ・ギエム。このツアーの東京公演を前に開催した記者会見では、11月17日に開幕する「エオンナガタ」についての質問にも、じっくり答えてくれました。

●「エオンナガタ」は日本から影響を受けていると聞いています。具体的にその要素を教えていただけますでしょうか。
短く説明するのは大変難しい質問ですが・・・。
「エオンナガタ」は、男性なのか女性なのかわからない、ミステリーに包まれた生涯を送ったエオンの騎士(シュヴァリエ・デオン)の人生を描いた作品です。このテーマはロベール・ルパージュが提案したのですが、彼は長い間、エオンの騎士をテーマにした作品を創りたいという想いがあり、今回ようやく実現しました。
ルパージュの創作手法は、数週間かけてワークショップを行い、みんなで何か探しながら、遊び感覚でそこから生まれてくるものを見つけていくというプロセスを踏んでいきます。このワークショップを通して、お互い何が好きなのか、どんなことに興味があるのか、ということが次第にわかっていく中で、ルパージュも私も本当に日本が好きで、二人とも歌舞伎が大好きだと言う共通点が見つかりました。
また、ルパージュは、私と(ラッセル・)マリファントを見ていて、男性的な部分、女性的な部分が2人の中で強く際だっているところを発見し、やはりこのテーマ(エオンの騎士)が、3人の作品には合うのではないか思ったようです。
振付作業が進んでいくなかで、せっかくであれば私たちが好きな、(歌舞伎の)女形という様式がある日本を通して、 "性"とか"変装"というテーマを持つエオンの騎士の物語を構築できたらと思ったのです。
●日本には「エオンの騎士」を主人公にしたアニメーションもありますが、ご存知でしょうか。
エオンの騎士をテーマにしようと決めたときから、インターネットを通じて彼のことをいろいろと調べていくうち、You Tubeで日本にはエオンの騎士を題材にしたアニメーションがあることを知りました。
エオンは大変魅力的な人物です。当時として、とても進んでいた人ですし、外交官であり、戦地に赴いた時期は少ないのですが、軍人でもあり、スパイであり、一見女性のようなそんな一面もあって。
また、彼はフランスに住んでいた時代もあり、イギリスに行っていた時代もあるとことから、私はフランス人、マリファントはイギリス人であり、3人の中で(エオンとの)共通点があったんですね。
ルパージュはテーマを決めて作品を創っていくときに、表面的に人物を見つめていくのではなく、その人物を深く探求していき、パズルを組み立てていくような手法で創作していきます。最後にはパズルが出来上がって、その人物が深く浮かびあがるような作品が出来あがっていくのです。
●エオンという人物はフランスでは、よく知られているでしょうか。
エオンの騎士は、確かにフランスでは知られていますけれども、それは名前だけです。どういう人物かということまでは、残念ながら知らないのではないかと思います。何故彼が知られているかというと、クロスワードパズルに彼の名前がよく登場するのです。「ルイ15世のスパイ、3文字で」とか、「半分男性で半分女性の3文字の人物は」という問いの答え(「EON」)として。
私もこの作品を踊ることになり、はじめて彼のことを勉強し、彼のことを深く知るようになりました。とても複雑な人生を生きた、とても興味深い、面白い人物です。
●「エオンナガタ」の衣裳を担当した、故アレキサンダー・マックイーンについて、お話いただけますでしょうか。
彼は大変才能があり、詩情豊かな素晴らしいデザイナーです。
(「エオンナガタ」の衣裳を依頼する際に)会いに行ったときにも、すぐに役のことを理解してくれました。そして、彼の創作した衣裳は、シンプルでありながら、(この作品で)必要とされているものが、しっかり表現されていました。
彼は、ファッション業界で苦労しながら多くの衣裳をデザインしてきましたが、彼のデザインは、単なるファッションではなく、すばらしい想像力をもって生みだされたものです。才能に恵まれ、クリエイティブで、詩情があって、知的で、繊細で、彼のような人物はなかなかいいません。亡くなられたことを悔しく、残念に思います。
◆「エオンナガタ」の公式サイト>>>
▽チケットのご購入はこちらから!
●読売新聞 11月4日(金)朝刊
シルヴィ・ギエムのインタビューが掲載されました。
●シアターガイド 12月号(モーニングデスク/11月2日発売)
シルヴィ・ギエム、ロベール・ルパージュ、ラッセル・マリファントのインタビューが掲載されました。
●週刊文春 11月10日号(文藝春秋/11月2日発売)
「Close Up」にシルヴィ・ギエムのインタビューが掲載されました。
" 新作は歌舞伎のもつ美意識・性の神秘性に触発されました"
●25ans 12月号(ハースト婦人画報社/10月28日発売)
特集"美が凝縮したパワースポット"劇場"へ行こう!"で、シルヴィ・ギエムのインタビューを交えて「エオンナガタ」が紹介されています。

シルヴィ・ギエムとの出会いは、「オーストラリアのシドニー・フェスティバルで」とロベール・ルパージュは言う。
「僕が『アンデルセン・プロジェクト』、彼女とラッセル・マリファントが『PUSH』で参加していた時で、最初は僕に何か演出してほしいんだと思ったよ。どっちにしても、シルヴィ・ギエムからのオファーは断ったりできないけどね(笑)。で、3、4回会ったら、実は僕にも踊ってもらいたがっているだということがわかった。しかもその時はもう断れない状況だった(笑)。レストランでワインを飲みながら食事をしていて、当時僕は50歳。この年齢で踊るのかとびっくりしたけど、またそれもいいかな、と逆に思ったんだ」
ルパージュのこの大胆な決断の背中を押したのも、もちろんギエムだ。
「シルヴィってね、キャリアというものをそんなに意識していないんだよ。プロセスが大切であり、限界というものもない。年齢のせいでできない動きがあれば、それをしなければいいだけのことで。『エオンナガタ』では、僕たち3人が各々自分たちを危うい立場に置いてみた、ということがかなりのチャレンジだったけど、とにかく興味深い体験だった。いくつになっても自分をギリギリのところに追い込むのは大切だからね」

ルパージュがギエムに対して持っていたイメージの変化も面白い。
「クラシック・バレエのダンサーとしてのイメージしかなったんだ(笑)。彼女自身、クラシックの演目を踊るなら完璧に踊らなければならないし、求められていることにはきちっと応えなくてはいけない、と言っていたし。おそらくかなり頭が固くて視野の狭い人間なんじゃないか、と内心思っていた。でも、本当は、伝統を大切にしてバレエに対してはきちっとこなす反面、それ以外ではとても好奇心旺盛で強いパーソナリティを持っている。なぜシルヴィ・ギエムがバレエ界においてそんなに素晴らしいかがわかったよ。伝統を守りながらも、その中でまた新しいものを創造していこうという姿のすごさが」
『エオンナガタ』のアイディアの素はルパージュから出ている。
「エオンという人物には前々から興味を持っていたんだ。僕の生まれ育ったカナダのフランス語圏では、クロスワード・パズルの問題として、ルイ15世の特別のスパイは?というのがあった。答は"EON"。僕は特別のスパイというところに引っかかってね。で、ある時テレビを観ていたら"エオンはもしかしたら女性だったかもしれないし、男性だったかもしれない"と言うんだよ。シルヴィやラッセルと話し合ううちに、フランス人、英国人、カナダ人の我々が一緒に何かやるのにピッタリだと感じたんだよ。性別だけでなく、国境も自由に超えていたところが」
筆者自身感じていたことをルパージュも感じていたという偶然に驚いた。それは「ギエムは話すテーマによっては母国語であるフランス語よりも英語の方が能弁かつ自由そうだ」ということ。
「ある時、パリで行った公演では、観客に話かけるのにわざわざ英語を使っていたよ。フランス語の字幕まで付けてね。その舞台は『エオンナガタ』ではなかったが、シルヴィいわく"あの内容を話すには英語の方が自然だから"と。あくまでも作品のことを大事に考えているんだ。
『エオンナガタ』にしても、エオンは女性なのか、男性なのか、そして母国語であるフランス語と長く過ごしたイギリスの言葉、英語のどっちが自分の心を表すのにふさわしかったか。こうしたアイデンティティの問題って、なかなか奥が深くて面白いよね。僕自身こうして今英語で喋っているけど、母国語はあくまでもフランス語だしね」
エオンこと、シュヴァリエ・デオンは、日本のアニメや漫画『リボンの騎士』『ベルサイユのばら』などの主人公のモデルになっているという。
「だからこそ、僕たちもエオンをやるんだったら日本文化の要素を取り入れようと直感的に思ったのかもしれないな。日本文化の中には、男性、女性というものに対しての独特の識別があるし。歌舞伎における女形の存在にしても、何かを超越しているだろう」

超多忙なルパージュ本人が舞台に出演することも驚きだが、実際に踊ってみての感想はどうだったのか。
「そりゃあもちろん、最初のうちは身体のあちこちが痛かったよ(笑)。でも肉体の鍛錬の大変さ以上に、ボキャブラリーの問題が大きかったな。ダンスでストーリーを語ろうとするのは大変だった。ジェスチャーはできるんだよ。でもそれが単なるパントマイムではなく、言葉以上の感情があって、物語を押し進めていかなければならないんだからね。でもそのおかげで今はダンサーに対して、これまで以上の敬意を持つようになったよ。
"演じる"時には演じるための状況に自分を持っていくんだが、"踊る"時にはムーブメントをする状況に自分を持って行く。もっとエネルギーや感情が大切になってくるんだ。だからこそ、このプロジェクトの中でもシルヴィの存在が光るんだけどね」
ルパージいわく、「シルヴィは僕とラッセルの橋渡し役だった」とか。
「僕は演劇出身だから、キャラクターには必ずストーリー、状況、前後関係、大道具といった要素がつきまとう。一方、コンテンポラリー・ダンス出身のラッセル・マリファントは、まず抽象化、印象、本能ということが要素で、そこにはキャラクター作りといった知的アプローチはない。ところがバレエ出身のシルヴィはその両方を知っているんだ。
もちろん『ロミオとジュリエット』や『白鳥の湖』といったクラシック・バレエの演目は、まず役の人物の心、精神が根底にあって、それを肉体とバレエのスキルを用いて表現にまで高めていく。でも、そこでパントマイムの何たるかを知っているか否かは大違いでね。シルヴィはちゃんと演劇性のあるパントマイムを知っているんだよ。単なる人の動きのまねではなくて」
演劇好きのシルヴィにとっては、2人の橋渡し役は喜びでもあったろう。
「だからこそ彼女は、僕とラッセル2人と各々にとってわかりやすいように考えていることを伝える役割を果たしてくれた。ラッセルにとってはコスチュームをつけて台詞を言うこと、歌うことはとにかく勇気が必要だったろうと思うし(笑)。シルヴィはそうした橋渡しとしての役目を果たすことがどんなに重要かわかっていたんだ。ルイ15世のスパイだったかもしれないけど、エオンがフランスと英国をつないだように」
Photo:若山和子(ルパージュ)、ErickLabbé(「エオンナガタ」)

●シュヴァリエ・デオンを知るキーワード(2)
*ボーマルシェ
「フィガロの結婚」「セビリアの理髪師」で知られる劇作家ボーマルシェ。彼はルイ15世亡き後、「王の機密院」を廃止したルイ16世の命を受けてエオンに接触し、機密書類を握るデオンと交渉を行う。当時デオンは身を守るため「本当は女性」であること公言しており、ボーマルシェはそんなデオンに恋心を抱いていたとも言われる。
交渉では、エオンが自分の正しい性"女性"として生きること、機密書類を渡すことを条件に、フランスへの帰国を認め、年金を与えることで「妥協和解」が結ばれた。
エオンにとっても、フランス政府にとっても、多くの機密をにぎるエオンが"女性"であることは好都合だったと思われる。
しかし、「妥協和解」が履行されることはなかった。
「エオンナガタ」では、エオン(ギエム)とボーマルシェ(ルパージュ)の丁々発止のやり取りが台詞で演じられる。
*ルイ16世
ルイ15世亡き後、フランス国王の座についたルイ16世は、フランスに帰国したエオンに、生涯を女性として、女性の姿で暮らすように命じる。デオンは人生の後半生33年を女性として生きることになる。そのときデオンは49歳だった。
*マリー・アントワネット
日本でもよく知られるフランスの女王、マリー・アントワネット。彼女は夫ルイ16世から女性として生きることを命じられた"哀れな女騎士"に同情し、お抱えの衣裳係ローズ・ベルタンにエオンのドレス一式を誂えさせた。
*見世物試合
老いて生活に困窮した彼は、その剣の腕を活かし、女装で果し合いに挑み、そこで得た金を生活の糧としていた。一時は見世物として剣の果し合いを見せる一座を率いていたという。
59歳のときには、当時イギリスで随一の剣士と言われていたサン=ジョルジュとの真剣勝負にドレス姿で挑み、圧勝した。サン=ジョルジュとの試合の様子は絵画にも残されている。

*悲しい晩年
フランス革命によって、ルイ16世から約束されていた年金もなくなり、女友達と2人赤貧を洗う生活を送っていたエオン。勲章やルイ15世から下賜された王の肖像画入り嗅ぎ煙草入れまでも質入れするほどであった。
「エオンナガタ」では当時のイギリス国王ジョージ3世へ窮状を訴えるエオンの手紙が朗読される。
エオンは悲惨な窮乏生活のなか、1810年5月21日、82歳でその数奇な生涯を終えた。
*本当の性別
死後、エオンの遺体は解剖され、彼が正真正銘"男性"であったことが証明された。しかし、彼の身体はまるみを帯びており、髭もなかったという。
【参考資料】
窪田般彌『女装の剣士 シュヴァリエ・デオンの生涯』(白水社 1995年刊)
池田理代子『フランス革命の女たち』(新潮社 1985年刊)
冲方丁/文芸アシスタント『シュヴァリエ』(日経BP 2006年刊)

18世紀前半のフランスで、女の子よりも女らしく美しく生まれついた1人の男の子。彼の辿った数奇な人生をシルヴィ・ギエム、ロベール・ルパージュ、ラッセル・マリファントが演じ切ったのが『エオンナガタ』だ。
「このタイトルは、もちろん彼シュヴァリエ・デオンの名前"エオン"をもじっているんだけど、私もロベールもラッセルも、歌舞伎を始めとする日本文化には前々から強く惹かれていたし、それゆえに女形という表現形態にも魅了され続けてきたから、そのオマージュもこめて選んだのよ」
ギエムがこう語るように、舞台上には女形を象徴する日本の着物や扇が効果的に登場する。着物は空中に浮かんだかと思うと誰かがその内側にいるかのようにねじれ、幽霊のような不思議な形と生気を見せるし、あまりにも美しい扇は優秀なスパイだったというシュヴァリエ・デオンの商売道具のように妖艶に動く。
「そうね。アレキサンダー・マックイーンがデザインしてくれた衣裳が中性的な印象だから、かえって、そういう小道具が生きるんだと思う。それに日本的なものばかり表面的に追っていったら、どこか陳腐に見えてしまうかもしれないけど、私たちが喋るテキスト(台詞)でも触れているように、"太陽である男、大地である女、そしてそのどちらも持つエオン"という考え方はギリシャに代表される西洋の古代文明にも通じるし。とてもスケールの大きさを感じるわ」

アクラム・カーンとのコラボレーション作品『聖なる怪物たち』でも、ダンスだけでなく、舞台上で自分の声を使うことを体験しているギエム。
「でもあれは、あくまでも自分のことを語るだけだったから(笑)。それに比べて今回は、ちゃんと決められたテキストがあるし、ロベール扮するボーマルシェとは激論を闘わせなければならないのよ。もちろん台詞劇ではないから、そういったシーンの私たちのムーブメントにも要注目だけど(笑)」
台詞とムーブメント、と言えば、ルパージュが面白いことを教えてくれた。ギエムが台詞を覚える時、バレエを自由な振り付けで踊りながら頭に入れていくという。
「頭だけでなくて、身体にもね(笑)。あのやり方が私にとっては一番自然なのよ。シュヴァリエ・デオンの気持ちもスーッと入っていったし。それにしても、こんなに面白い人物がフランスでもあまり知られていないなんて!日本では漫画やアニメーションにもなり、エオンをモデルにした有名な漫画もあるんでしょう? 日本の人の好奇心の旺盛さには常々驚かされているけど、今回もそれ知って、3人で"やっぱりね"と納得してしまったわ」
エオンをモデルにした有名作品とは、手塚治虫の『リボンの騎士』のサファイア姫、そして池田理代子の『ベルサイユのばら』のオスカルと、確かに日本人にとっては不滅のキャラクターだ。
「男でもあり、女としても振る舞えるというのは、あの時代、行動範囲がもの凄く広くなるってことでもあった。外国など、なかなか行けなかったでしょうからね。でも、と同時にエオンは"自分は何物か?"と生涯葛藤することになる。男なのか、女なのか、フランス人なのか、イギリスに帰化したいのかという風に」

エオンの苦悩は、雄々しさとフェミニンな部分が合体した踊りはもちろん、光と影を多用した舞台照明からも明確に感じられる。そして、モノトーンに見える陰影の中、時折強烈なオーラを放つ赤のインパクト!
「クラシックだけでなくコンテポラリーの振付家と多く仕事をするようになって、彼らのフラットじゃない色や光の使い方にはいろんなインスピレーションをもらっているわ。今回だって、エオンの身体が赤いリボンと繋がるシーン。ロベールは女性の生理を表していると言うの。これでまた、彼が男だか女だかわからなくなるでしょ(笑)」
大きなテーブルが滑り台になったり、他の何かにイメージを変えたりする中でのスピーディな動きは、とても男っぽく、剣でのファイトも含め、ギエムならではの見せ場。そう言えば、女性ながらボブ・ディランやリチャード2世など男を演じたことがある女優ケイト・ブランシェットは「男を演じると、とても自由になれる」と語っていたが。
「私も『聖セバスチャンの殉教』で男を演じたことがあるけど。元々子ども時代から男の子っぽかったから全然違和感はないわ。ロベールやラッセルとは、上演の度に新しい発見をして、少しずつ細部を変えたりしているの。そういう意味では、エオンの人生はまだ続きがあるのよ」
Photo:ErickLabbé

『エオンナガタ』は、常に新しいフィールドに挑み続けるバレエ界の女王シルヴィ・ギエムが、鬼才演出家ロベール・ルパージュと気鋭の振付家ラッセル・マリファントとともに、2年の歳月をかけて創作した作品。2009年ロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場で世界初演されました。
この作品で描かれるのは、18世紀に活躍したシュヴァリエ・デオン(Chevalier D'Éon/本名シャルル・ド・ボーモン)の生涯です。"シュヴァリエ"とは"騎士"を意味するフランス語で、"シュヴァリエ・デオン"は"エオンの騎士"という意味になります。女装で活躍した"エオンの騎士"と歌舞伎の"女形(オンナガタ)"を組み合わせて『エオンナガタ』という、不思議な響きのタイトルが誕生しました。
前半の49年をルイ15世直轄の優秀な外交官兼スパイ、軍人として、男性の性を生き、後半の33年間を王の命令によって女性として生きた、シュヴァリエ・デオン。彼の数奇な運命を、ダンス、演劇の垣根を越え、歌舞伎の手法を取り入れながら描いた壮大なコラボレーション作品、それが『エオンナガタ』なのです。
『エオンナガタ』特集では、ギエム、ルパージュ、マリファントのインタビュー、そしてシュヴァリエ・デオンについてのキーワ―ドを通して、この作品をより深く紹介していきます。
●シュヴァリエ・デオンを知るキーワード(1)
シュヴァリエ・デオン(シャルル・ド・ボーモン)の名前を今回初めて知ったという方も多いのではないでしょうか。
『エオンナガタ』は彼の生涯について具体的に描いている作品ではありませんが、シュヴァリエ・デオンについての予備知識があると、舞台をより楽しんでいただくことができます。"女装の騎士"シュヴァリエ・デオンを知る、いくつかのキーワードをご紹介していきます。
*洗礼名
1728 年10月5日、ブルゴーニュ・ワインの生産地であるフランス・トンネールでシュヴァリエ・デオンは誕生した。洗礼名はシャルル=ジュヌヴィエーヴ=ルイ・オギュスト=アンドレ=ティモテ・デオン・ド・ボーモン。 "ジュヌヴィエーヴ"という女性名が入っていることが、エオンの未来を暗示すると言う歴史家もいたという。
*女装のスパイ
シュヴァリエ・デオンは、優れた外交官兼スパイとして華やかに歴史の舞台に登場した。ルイ15世の個人的な秘密外交機関「王の機密局」の一員となったエオンは、王命を受け、女装してロシアに潜入。
輝くブロンドの髪、髭も体毛もなく、華奢で色白の美青年エオンは、美貌の女性リア・ド・ボーモンとして、ロシアの女帝エリザヴェータに朗読係として接近し、当時絶縁状態にあったフランスとロシアの国交を回復させるという重要任務を見事に果たした。
*龍騎兵隊隊長
若い頃から剣の修行に励んだエオンは、優れた剣士としても知られる。七年戦争では龍騎兵隊隊長として活躍。数々の武勲をあげた勇敢かつ優秀な軍人でもあった。
*イギリス
七年戦争の後、ルイ15世の命を受け、大使館付き秘書官としてイギリスに渡ったエオン。時に男性として、時に女装して縦横無尽に活躍し、外交官としてスパイとして活躍を続けた。ロンドンでは彼の性別が話題となり、彼が男性なのか、女性なのかという賭けが行われていたという。
【参考資料】
窪田般彌『女装の剣士 シュヴァリエ・デオンの生涯』(白水社 1995年刊)
池田理代子『フランス革命の女たち』(新潮社 1985年刊)
冲方丁/文芸アシスタント『シュヴァリエ』(日経BP 2006年刊)

