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1月26日(木)に行われた<バルバラ・フリットリ ソプラノ・リサイタル>の新着公演映像です。
歌劇『運命の力』 より レオノーラのアリア "神よ、平和をあたえたまえ"をダイジェストでお聴きください。





歌劇『運命の力』 より レオノーラのアリア "神よ、平和をあたえたまえ"

指揮:カルロ・テナン
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団


●バルバラ・フリットリ ソプラノ・リサイタル >>>
 <Bプロ>2月1日(水)19時開演/会場:東京オペラシティ コンサートホール

ウィーン国立歌劇場2012年日本公演公式サイトの"来日予定ダンサー"ページを公開しました。
芸術監督のマニュエル・ルグリ、プリンシパル・ダンサー7名、ソリスト6名のバイオとともに、ウィーン国立バレエ団から届いたオルガ・エシナ、イリーナ・ツィンバル、ロマン・ラツィク、デニス・チェリェヴィチコ、エノ・ペシ、ミハイル・ソスノフスキーのプロモーション・ビデオも掲載しております。
プロモーション映像は、それぞれ1分程度の長さですが、舞台映像やリハーサル風景もたっぷり盛り込まれており、見ごたえ十分です!
ぜひ、下記リンクよりご覧ください。

●ウィーン国立バレエ団公式サイト"来日予定ダンサー" >>>


ウィーン国立バレエ団「こうもり」のハイライト映像が到着しました!
この作品は、ヨハン・シュトラウスII世の名曲の数々にのせた、オペレッタの名作「こうもり」を、ローラン・プティがその音楽と題名を使って振付け、フランスのエスプリと洗練を加えたバレエ。
"ウィーンのダンサーがもっとも力を発揮する演目"とルグリが語る、ウィーン国立バレエ団ならではの演目です。






●ウィーン国立バレエ団公式サイト>>>

☆1/11(水)10時より、ウィーン国立歌劇場 NBS WEBチケット先行抽選予約受付開始!


2012年も明け、モナコ公国 モンテカルロ・バレエ団日本公演まで3か月となりました。
Bプロ「シンデレラ」に続いて、Aプロで上演される「アルトロ・カント1」のダイジェスト映像をお届けします。
男性を表すパンツ姿と女性を表すスカート姿の男女が入り混じり、男性同士、女性同士デュオ、トリオ、アンサンブルと形を変えながら、しなやかな動きを紡いでいくダンサーたち。
両性具有をテーマに据えながらも、音楽と溶け合いながら、美しく印象的な腕の造形やムーヴメントがつぎつぎに繰り広げられるマイヨーの傑作です。
カール・ラガーフェルドがデザインしたジェンダーレスな衣裳も見どころのひとつ。
鋭い美意識に貫かれた、緻密なダンスをご堪能ください!





12月7日にスカラ座のシーズンオープニングの演目『ドン・ジョヴァンニ』にドンナ・エルヴィーラ役で出演され大成功を収められたばかりのバルバラ・フリットリさんに、来日コンサートに関してお話をうかがいました。


11-12.16.jpg――今回のプログラムにおいて興味深いのはR・シュトラウスの「四つの最後の歌」とマルトゥッチの「追憶の歌」という両プログラムの歌曲です。すでにリサイタルでは何度か歌われているそうですが、日本のフリットリ・ファンにとっては異色のレパートリーと感じます。今回プログラムされた理由は? フリットリさんにとって何か特別な意味を持つものなのでしょうか?

フリットリ:日本では前回オペラのレパートリーを中心にしたコンサートをさせていただきました。今回は前回の繰り返しにならないように、そしてオペラ以外の曲も日本の皆さんに聴いていただきたいと思ってシュトラウスとマルトゥッチの歌曲を選びました。 
「四つの最後の歌」は何とも美しい曲で私の大好きな作品ですし、マエストロ・メータやマエストロ・ノセダなどの偉大な指揮者との共演で歌っています。 
「追憶の歌」はマエストロ・ムーティから勧められて勉強しました。シュトラウスもマルトゥッチもプッチーニと同時代の作曲家でちょうど1900年代初めの新しい音楽のスタイル溢れる素晴らしい作品を残しています。私自身はオペラ歌手としてキャリアを積んできましたが、オペラはオペラの舞台で衣裳を着けて役柄を演じるものと思っていますのでコンサートの場合はできるだけ歌曲をプログラムに入れるようにしたいと思っています。


――ドイツ歌曲とイタリア歌曲では表現や歌唱において異なると感じられることはありますか? 特にマルトゥッチはイタリア人作曲家でありながらオペラは書かず、器楽作品においてはドイツ・ロマン派の香りを持つと言われています。なかでも「追憶の歌」はワーグナー風のライトモティーフが重要な要素となっている曲です。歌曲にはどのように取り組んでいらっしゃるのでしょうか?

フリットリ:歌を習い始めてまず勉強したのはイタリア古典歌曲でしたから、イタリア歌曲は声楽の基本というように捉えています。ドイツ語とイタリア語は発音が根本的に違うし、歌曲の様式も違いますが、表現や歌唱法を特に意識して変えることはしていません。
大切なことは言葉を大事にすることで、表面的な意味ばかりでなくその裏にある意味も読み取ることが出来れば自然に適切な表現が出来ると思います。
今回のプログラムのシュトラウスの曲はドイツ歌曲でありながらイタリアの声が求められていると思います。 マルトゥッチの曲は旋律的で聞きやすいと思いますが、豊かな音楽性と歌唱技巧が要求されています。


――シュトラウスについては歌曲だけでなくオペラでも今後のレパートリーとして考えていらっしゃいますか?

フリットリ:私はオペラを勉強する時は、自分のパートだけでなく全曲を勉強します。 誰がどこで何を言っているのかすべて知ることによってより深く自分の役に入り込めるからです。そのためには言葉が分からなければなりません。私はフランス語と英語は話すことが出来ますが、ドイツ語は苦手です。リートの場合は言葉の意味を調べることが容易ですが、オペラ全曲となるとなかなか簡単にはいきません。イタリア語を全く話せない外国人の歌手がイタリアオペラを歌っているのを聞いて、言葉が分かっていないと感じることがあります。ドイツ語を話せない私がドイツオペラを歌って、同じような印象を与えてしまうのではないかと思います。シュトラウスのオペラにお誘いいただいたことはありますが、今のところ新しいレパートリーとして考えてはおりません。


――フリットリさんはその卓越した表現力で高い評価を得ていらっしゃいます。今回プログラムされたアリアは、オペラ全編の中では最もドラマのピークとなるアリアだけにとても楽しみです。コンサートの場合、オペラの舞台で演じるのとは異なる表現の仕方や『秘訣』はありますか?

フリットリ:オペラの舞台では物語が進行していく過程でアリアを歌うので心理的にはすっかり準備が出来た状態で歌うことが出来ます。聴いている観客の皆さんも同じように物語の進行を追って、アリアを聞くので自然に内容に入り込むことができると思います。ところが、コンサートでオペラのアリアを歌う場合は舞台装置も衣裳もなくて、しかもいきなりアリアだけを歌うのですから、正直なところ精神的に大きな負担を感じます。 
オペラの舞台では演技で効果的な表現をするようにしていますが、コンサートでは声の技巧をいかに発揮できるかということに重きを置いて演奏することが多いです。日本の観客の皆さんはオペラアリアでのコンサートを楽しみにしていらっしゃるのでアリアも歌いますが、普段リサイタルでは歌曲中心のプログラムを組んでいます。歌い慣れた役のアリアでもコンサートで歌うのはより難しく感じます。


――近年新たに取り組まれたレパートリー、あるいはこれから取り組みたいレパートリーについて教えてください。

フリットリ:2011年は『トスカ』を初めて歌いました。これからはトスカもレパートリーとして歌っていくつもりです。2012年はバルセロナで『アドリアーナ・ルクヴルール』に初挑戦します。2013年には『運命の力』、2014年には『アイーダ』と、これからレパートリーを広げていく予定です。私は今まで本当に慎重にレパートリーを選んできました。
マクベス夫人を歌うのも夢ですが、歌いたい役だからといって何でもかんでも受けていたら1年で声がなくなってしまうでしょう。もちろん、マクベス夫人を歌うことは絶対にありえないと思いますが...。これから取り組む役は今までのレパートリーより重い声の役になりますが、今後も自分の声に合った役だけを選んでいきます。


――日本のファンは昨年6月にMETで来日された際、その素晴らしい歌唱ばかりでなく、暖かい人柄にも大いに感動しました。二度目となる日本でのリサイタルに当たって、フリットリさんがこのリサイタルに込める想い、日本のファンへのメッセージをお聞かせいただけますか?

フリットリ:私は今でもあの地震と津波の様子をニュースで見たときのショックを忘れることが出来ません。この悲劇の出来事で突然家族を失った方々や今も不自由な生活を余儀なくされていらっしゃる方々のことを思うと胸が痛くなります。私は以前から日本が大好きでしたが、この恐ろしい被災に、取り乱すことなく威厳を持って立ち向かう国民性に心から尊敬の意を表わしたいと思います。音楽を通して少しでも皆さんに安らぎを感じでいただけるように心を込めて歌いたいと思います。

――お疲れのところ有り難うございました。


[2011年12月8日 電話インタビュー:田口 道子]

photo:Kiyonori Hasegawa




●2009年<バルバラ・フリットリ ソプラノ・リサイタル>より
歌劇『アドリアーナ・ルクヴルール』より "私は創造の神の卑しい僕"


明後日、12月17日(土)10時より、モンテカルロ・バレエ団2012年日本公演の一斉前売開始となります。

Bプロで上演されるのは、おなじみのプロコフィエフの音楽でお届けする「シンデレラ」。
ジャン=クリストフ・マイヨー版「シンデレラ」は、単なるおとぎ話のシンデレラ物語ではなく、シンデレラと王子の愛が、父親と亡くなった母親(仙女)の美しい愛の思い出と交錯しながら、新鮮で心温まる語り口で描かれています。
美しいダイジェスト映像とともに、ひと味違った「シンデレラ」のStoryを味わってください。







Story-作品構成−

プロローグ
父と母の思い出(パ・ド・ドゥ)─母の死─シンデレラ(ソロ)─シンデレラと父(パ・ド・ドゥ)

11-12.15_01.jpg深い孤独の中にいるシンデレラは、父と母の思い出、失われた幸せな家庭と愛に思いを馳せていた。そんな夢を見ながら、残された子どもと父は悲しみに打ちひしがれていた。

【音楽】第3幕45場(シンデレラの目覚め)、第1幕1場(序曲)


<第1幕> 

第1場 シンデレラの家(1)
継母─父─シンデレラ─義理の姉たち─儀典長たちの登場─義理の姉たちの喧嘩─仙女の登場:舞踏会への招待

シンデレラは、母が最後の舞踏会で着ていたドレスを手に、憂いに沈んでいた。新たな家族を得て、父は変わってしまった。彼は、シンデレラを守りたい気持ちと、新しい妻に従順であろうとする気持ちのはざまで苦しんでいる。シンデレラは、継母と義理の姉たちの暴力、拒絶、悪意、暴虐な態度に悩まされる。
見知らぬ使いがやってきて、義理の姉たちの喧嘩を終わらせる。彼らは、王子からの舞踏会の招待状を持ってきたのだ。儀典長たちが衣裳の準備を始める。

【音楽】第1幕第2場(ショールの踊り)、第3場(シンデレラ)、第4場(父親)、第5場(仙女)


第2場 シンデレラの家(2)
身支度:継母─父─シンデレラ─義理の姉たち─儀典長たち─4人のマネキン

おかしな儀典長たちは祝いの催しごとの責任者。持って来た舞踏会のドレスを、半分人間、半分ロボットで仮面姿の4人のマネキンに着せ、ファッションショーをやってみせる。義理の姉たちと継母は、お化粧に余念がない。短気で欲張りな彼女たちは、我先にとドレスをまとい、歪んだ巨大な鏡に見入っている。シンデレラが舞踏会への招待のことを知っても、新しい家族たちは彼女をからかい、レンズ豆の大きな器のほうへと追いやった。義理の姉たちと継母は、満足げな様子で舞踏会に出かける。

【音楽】第1幕第6場(義理の姉たちの新しいドレス)、第7場(ダンスのレッスン)、第8場(継母と義理の姉たちの舞踏会への出発)


第3場 憧れの王子の登場
王子と4人の友人─儀典長たち

若くて魅力的な王子が、友人たちを伴って登場。富に恵まれてはいるが、求めているものを探せずに失望している、未熟な青年。ささやかな気晴らしに人生の意味を見出そうとするけれど、満たされるたびに失望してしまう。儀典長たちは準備に奔走する。

【音楽】第2幕第31場(プロムナード)、第34場(客人たちの祝宴)、第35場(オレンジを持った義理の姉たちの踊り)、第9場(舞踏会を夢見るシンデレラ)


第4場 劇中劇
仙女─シンデレラ─儀典長たち─4人のマネキン

仙女はシンデレラに家事をやめさせ、「シンデレラ」の物語を語る。4人のマネキンと2人の儀典長は、喜んだシンデレラに滑稽でグロテスクな「シンデレラ」の物語を演じて見せる。シンデレラは、母が最後の舞踏会で着たドレスを身にまとう。変身した彼女が、レンズ豆の大きな器の中に入れた脚を出す。スパンコールでキラキラと輝く脚。魔法にかけられたような姿のシンデレラに、仙女は警告する。「飾らないあなたのままでいなくてはいけません。スパンコールはもろくてこわれやすいもの。それを忘れてしまったら、その不思議な力は失われてしまうでしょう」。

【音楽】第1幕第9場(舞踏会を夢見るシンデレラ)、第11幕(仙女の再登場)、第12場(春の精)、第13場(夏の精)、第14場(バッタとトンボ)、第15場(秋の精)、第16場(冬の精)、第17場(出発の中断)、第18場(時計)


第5場 舞踏会
仙女─儀典長たち─客人たち─シンデレラ

仙女は、シンデレラに世界に出て行く準備をさせ、進むべき地平線のヴィジョンをかいま見せる。シンデレラは、夢とも現実とも区別できない舞踏会の光景を見つめる。

【音楽】第1幕第19場(シンデレラの舞踏会への出発)


<第2幕>

第6場 舞踏会
儀典長たち─仙女の登場─義理の姉たち、継母、父の登場─王子と友人たちの登場─仙女と王子─父が仙女と出会う─父が王子と友人たち、継母と義理の姉たちと踊る─父は亡き妻を思い出し、仙女を探す─仙女─王子と儀典長たち─シンデレラの登場─王子とシンデレラが出会う─王子とシンデレラが客人、友人たちと踊る─父と仙女、シンデレラと王子(パ・ド・カトル)─舞踏会:客人たち─シンデレラと王子(パ・ド・ドゥ)

儀典長たちが舞踏会に到着。続いて仙女、継母と義理の姉たちがやってくる。王子が友人たちを伴って登場。玉座につき、客人たちを興味ない様子で眺める。彼が探し求めているものはそこにはない。今度は、継母とその娘たちが王子を誘惑しようとするが、無駄に終わる。王子に、見知らぬ客がやってきたという知らせが入る。恐れながらも王子は、そこに何らかのメッセージがこめられていると感じている。シンデレラの父もまた、不安になっている。彼は、仙女に亡き妻の面影を見出し、信じられないという様子。彼は、夢の世界から現実の世界へと、彼女の姿を追い続ける。仙女は王子に目隠しをする。シンデレラが登場。キラキラと輝く裸足の脚で、舞踏会にやってきた。目を開いた王子は、すっかり魅了されてひざまずき、愛を見つける。若い2人の踊りは、同じように愛し合う父と母の気持ちをも結びつける。救いと和解のダンスによって、ようやく安らぎを見つけた父。シンデレラと王子は踊り続ける。

【音楽】第2幕25場(宮廷の人々の踊り)、第26場(マズルカと王子の登場)、第27場(王子の4人の友人の踊り)、第20場(宮廷の人々の踊り)、第22場(王の踊り)、第24場(太った姉のヴァリエーション)、第28場(マズルカ)、第29場(シンデレラの舞踏会への到着)、第20場(グラン・ワルツ)、第36場(王子とシンデレラの踊り)


第7場 真夜中
客人たち─父─継母─義理の姉たち─王子と4人の友人─仙女─儀典長たち─シンデレラ─真夜中:立ち去るシンデレラ

シンデレラは宮廷の人たちの姿を見て、周囲の熱狂ぶりや誘惑に酔いしれる。。仙女がシンデレラを正しい道に戻す時がくる。シンデレラが階段を駆け上り、姿を消そうとしたその瞬間、彼女の裸足の脚が光の中に現れる。これが、彼女を探し出すための唯一の手がかりだ。

音楽】第2幕第37場(ワルツ・コーダ)、第38場(真夜中)


<第3幕>

第8場 王子の旅
王子と儀典長たち─4人の友人の登場─第1ギャロップ─赤と黄色の異国の美女─第2ギャロップ─黄色の異国の美女─第3ギャロップ

儀典長たちは、シンデレラを探し出すため、彼女の脚の絵を描いている。絵を手にした王子と友人たちは、あの美しい娘を探しにあてのない旅に出る。王子は異国で赤と黄色の美女たちと出会い、誘惑されるが、探し求めている脚は見つからない。そこに仙女が現れ、王子をシンデレラのもとへと導く。シンデレラを探すべき場所は、彼自身の中にある。

【音楽】第3幕第39場(王子と靴職人)、第40場(王子の第1ギャロップ)、第41場(ロマンス)、第42場(王子の第2ギャロップ)、第43場(東洋の踊り)、第44場(王子の第3ギャロップ)


第9場 シンデレラの家(3)
11-12.15_02.jpgシンデレラ─義理の姉たち─継母と儀典長たちの登場─王子の登場─王子とシンデレラの再会

義理の姉たちは王子を誘惑しようとする。しかし、彼女たちが包帯を取ると、その脚は傷つき、黒ずんでいた。シンデレラの脚は、真っ白で美しく、王子はひと目見て彼女だと気づく。

【音楽】第3幕第46場(王子の訪問)、第47場(王子の訪問)、第48場(王子とシンデレラの再会)


第10場 エピローグ
父と母/仙女─結末

2度目の妻を捨てた父は、仙女/妻とワルツを踊る。再び愛のダンスが始まり、父は、妻が息絶えるまで、死が後悔をぬぐい去るまで、彼女と寄り添う。

【音楽】第3幕第49場(ワルツ)

photos:Marie-Laure Briane




8月に東京バレエ団「ジゼル」で、タイトルロールのジゼルを演じるディアナ・ヴィシニョーワ。

2006年の世界バレエフェスティバル全幕特別プロでのヴィシニョーワの「ジゼル」ハイライト映像をお届けします。
あでやかで可憐なヴィシニョーワのジゼルをご堪能ください。






▽東京バレエ団「ジゼル」公演情報はこらら
http://www.nbs.or.jp/stages/1108_giselle/index.html



今週土曜日(2/26)より、ロベルト・ボッレがゲスト出演する東京バレエ団「白鳥の湖」(2011年6月)の一斉前売りが開始となります。
ボッレが東京バレエ団の舞台に登場するのは、なんと7年ぶり。2004年に「白鳥の湖」のジークフリート王子で東京バレエ団と共演した際のハイライト映像をお届けします。
古代ギリシャのアポロ像を思わせる完璧な肉体と美貌を兼ね備えたロベルト・ボッレの麗しいジークフリート王子の映像をご堪能ください。




▽東京バレエ団「白鳥の湖」 2月26日(土) 10:00a.m.より一斉前売開始!
http://www.nbs.or.jp/stages/1106_swanlake/index.html

東京バレエ団「ダンス・イン・ザ・ミラー」リハーサルレポート

取材・文:高橋森彦(舞踊評論家)


 現代バレエに革命をもたらしたモーリス・ベジャールが世を去って早3年。巨匠の厚い信頼を勝ち得てきた東京バレエ団が、新たなベジャール・レパートリーに挑む――。珠玉の名作群をベジャール作品の申し子、ジル・ロマンが編み直した「ダンス・イン・ザ・ミラー」の開幕が迫るなか、東京バレエ団スタジオで公開リハーサルが行われた。
 披露されたのは、冒頭に上演される『現在のためのミサ』ソロ&アンサンブル、"ラ・ダンス"と名付けられた場面だ。1967年に20世紀バレエ団が初演したもので、宗教儀式・祈りを主題とする。サイケデリックな興奮に満ちたピエール・アンリの音楽にのせたこの作品を皮切りに、"東京バレエ団が、モーリスの歩んだ道程を改めて知る旅"(ロマンによるプログラムノート)へと誘われる。
 ダンサーたちの、白のスニーカーにジーンズ姿という格好は、上着こそ違うとのことだが、本番同様という。芸術監督の飯田宗孝、バレエミストレスの友田弘子が見守るなか振付指導の那須野圭右(モーリス・ベジャール・バレエ団)が厳しくチェックを行い、緊張感の漂うリハーサルとなった。
 まずは女性群舞の確認から。寝転びつつ手を挙げ起き上がったり、腰を落としたりといった動きを経て、鳥が翼を羽ばたかせるように両手を上下させていったりする。手をはばたかせる振付の際、すかさず那須野の注意が入る。「手や肘でなく胸を起点として大きく回すように」。すると、見違えるように生気を増した動きへと変わってくる。
 続いて男性陣。上半身を大きく肉感的に用いた"ベジャール振り"を小気味よくこなすさまは壮観だ。その後出演者総出の通しへ。男女のパ・ド・ドゥで埋め尽くしたユニゾンは迫力満点で、小走りする、ひざまずいて祈るといった振付等や高岸直樹のソロも印象に残る。ダイナミックな動きのなかに深い精神性を湛えた秘儀空間が立ちあがった。

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 リハーサル終了後、那須野と「進行役」として多くの場面に登場するという木村に話を聞くことができた。
 那須野は、ロマンが公演前に来日して最後の仕上げを行うまでの指導を一任された。ベジャール作品を踊るに際し重要なのは「エナジー」と断言する。「(ベジャール作品は)形ではなく精神を伝えなければ意味がない」。バレエ学校時代から数えて10年にわたって晩年の巨匠の謦咳に接してきた自負は、熱心な指導ぶりからも伝わってきた。
 木村は、今回『火の鳥』のタイトル・ロールを踊る。自身何回踊ったか覚えていないと語るくらい踊り込んでいるが、踊ったあと目の前が真っ暗になるほど精魂を使い果たすという。那須野の助言も受けて心機一転挑むという『火の鳥』の演技、物語の進行者としての存在感に注目したい。
 "亡き偉大なベジャールへの祈りと、未来への希望"という構想に基づく「ダンス・イン・ザ・ミラー」は、"生きよ、踊り続けよ"というベジャール不変のメッセージを改めて実感させる舞台となりそうだ。

photo:Kiyonori Hasgeawa



●「ダンス・イン・ザ・ミラー」リハーサル映像



三者三様、熱風を巻き起こす「ボレロ」

吉田 裕(舞踊評論)


上野水香──  しなやかに謳う肢体が魅せる「決定版」メロディー

11-01.19-bolero01.jpg いま現在、本家のベジャール・バレエ以外では、彼女こそが「決定版」として人々の脳裏に焼き付いているのではないか。実際、国の内外を問わず、上野のしなやかに謳う肢体の神秘性に、客席は沸きに沸いた。その所作が訴えかけるベジャールの本意が声を発するとき、会場全体が圧倒的な高揚感に包み込まれてきたのである。
 だが、上野の凄みはそこにとどまらない。というのも、彼女のステージにはつねに驚きがあるからだ。同じ振付を二度とは同じ解釈では踊らない、という驚きが。たとえば、あるときは静かな闘志を燃やす挑戦者、あるときは獲物を狙う俊敏な豹、またあるときは天高く舞い上がる鷹 ──。豊かに膨らむイメージを喚起しつつ、舞台が生ものであるという実感を、上野ほど如実に呼び起こすメロディーはほかにはいない。
 次はどのような存在が目の前に立ち現われるのか。その謎が明かされる瞬間は近い。


高岸直樹──  元祖メロディーから円熟のメロディーへ

11-01.19-bolero03.JPG この名作がカンパニーのレパートリーとなったその日から、彼はいわば日本におけるメロディーの一番手、すなわち元祖だった。それまでのほかの誰とも似ていない、正真正銘の「アジアの雄」、そんな栄えある像を確立したパイオニアである。
 その本質を一言でいえば、トップ・アスリートのストイシズム、そして太陽神とでも評すべき大らかな男性性。いうなれば、はがねのような身体と、それを支える精神の高潔さ。これが、高岸が繰り出す『ボレロ』の興奮の源だ。赤い円卓の中心に在って揺るぎないリーダーシップを示しつつ、リズムたちの信頼を一身に集め、彼らに投げかける眼差しの一つひとつにも、大海原のように豊かな慈愛が満ちている。まさに高岸の舞踊人生を象徴しているかのようだ。彼のキャリアの深化に合わせ、このメロディーがさらに重厚化し、かつ完成の域に至っていることへの興味は尽きない。


後藤晴雄──  進化し続ける幻惑のメロディー

11-01.19-bolero02.jpg 2009年2月、彼はここ東京で初めてこの役を披露した。そのときの残像は、いま
だ記憶のすみずみまでをも覆っている。それまでの後藤のイメージを一新するかのような、謎めいた衝撃が走ったからにほかならない。
 客席に微笑みかけるように、柔らかな空気で始まった彼のメロディー。燃えるような激しさとも、また憑かれたような情熱とも一見距離があるものの、音楽とともに、いつの間にやら巻き込まれ、気がついてみるとすっかり幻惑し尽くされていた。が、これがなぜか無類に心地よい。全編をとおし、得体の知れぬマイルドな野生が彼を内面から衝き動かしていた。こんな『ボレロ』は見たことがなかったのである。
 「後藤のメロディーには、まだまだ先がある!」、と多くの観客に確信させたことだけは疑いがない。今後の進化を永く見続けたいとの思いを、皆が強烈に抱いている。

photo:Kiyonori Hasegawa



●東京バレエ団が誇る3人の「ボレロ」ダンサー。映像でもご覧ください!




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