モンテカルロ・バレエ団で凛とした美しさと存在感を見せ、人気を集める日本人プリンシパル、小池ミモザ。来日公演では『シェエラザード』『シンデレラ』などの主役をこなし、公演最終日には、東日本大震災の特別セレモニーで自身の新作ソロを発表する。震災時、モナコは朝の 6時 46 分。ジャン=クリストフ・マイヨーとベルニス・コピエテルスから連絡を受けた彼女は、テレビをつけて震災の映像を目の当たりにし、大きな衝撃を受けたという。離れた地から故国を思い続けた彼女に、バレエ団の現在から踊りへの思いまでを語ってもらった。

----先週まで、ミモザさんにとって初めて、バレエ団でも久しぶりのアメリカ公演だったんですよね。いかがでしたか?
『シンデレラ』を上演したカリフォルニアのコスタメサでは、継母が首を絞められる場面で歓声が上がり、びっくりしました(笑)。『アルトロ・カント1』『OPUS 40』を上演したNYでは、ジャン=クリストフの独特の世界がどう受け止められるだろうかと気になっていたのですが、非常に好感触でしたね。嬉しかったのは、『バレエ団内の仲の良さがわかる』という感想をもらったこと。うちは実際、踊りだけでなく人柄も見てダンサーを採用しているのかと思うくらい、雰囲気が良いんです。
----確かに客席から観ても、作品世界と相まって、暖かい気持ちになることが多いです。
ジャン=クリストフは観客に向けて踊るよりもまず、キャスト同士のコミュニケーションを重視します。それを、映画のように観客に観てほしいという考えなんです。昨年12月に行われた、ボリショイ・バレエとモンテカルロ・バレエ団の『白鳥の湖』合同公演では、ボリショイの人と舞台上で目線が合わず、不思議な感じでした。でも、私が気持ちを込めて見つめたら、相手もとてもドラマティックになったんですよ。みんな驚いていました。そうした踊り方や印象というのは、劇場の大きさによっても変わるのかもしれないですけれども。

----一昨年、プリンシパルになられました。予期していましたか?
全く(笑)。ただ、私がプリンシパルになる前のことですが、ベルニスがこう言ったんです、『自分はクラスレッスンを最後までやらなくなっているけれど、ミモザはレッスンでもバレエ団を引っ張っていくようにならないといけない』と。それ以来、クラスでセンターに行った時も、本番のような気持ちで踊っていました。
----次の世代へ、たすきを渡すようなお気持ちだったのでしょうね。
かもしれないなと。そういう先輩がいて嬉しいし、まだまだ学ぶことは尽きないですね。
----今回はプリンシパルになってから初めての来日公演となります。出演演目について教えてください。まず『アルトロ・カント1』について、うかがいたいのですが......。
自分の理解では、一人の人間の中に誰もがもつ男性性/女性性を扱った作品です。私は女性の中の男性部分、もう一人の女性は女性の中の女性部分......と、役割が分かれていて、衣裳も、私は女性的なコルセットを着つつ下はパンツ、他のダンサーは男っぽいタンクトップだけどスカートといった具合に、その世界観を表しているんです。
----衣裳を手がけたのはファッションデザイナーのカール・ラガーフェルドですが、クリエイション時、印象に残ったことは?
こういうパンツがほしいとなったら、その場ですぐディオールに電話してオーダーし、はいOK、じゃあ次......と、ものすごいスピードで進めていくんです。ファッションの世界では、ああいう速さも重要なんだろうなあと感じましたね。

----『シェエラザード』ではタイトルロールを踊られます。
ジャン=クリストフから、ゾベイダは男性を吸い寄せるように踊らなければいけないと言われました。彼はお父さんが絵描きだからか、動きの線がきっちりした作風だと思いますが、この作品では、柔らかな動きがベースになっているのも特徴的です。
----『シンデレラ』では主役の仙女役。実はシンデレラの亡き母であるという設定です。
シンデレラを舞踏会に連れて行く際のいたずらっ子みたいな雰囲気から、お父さんと踊る切ないデュエットまで、様々な表現ができて面白いです。本当に素敵で大好きな世界です。

----公演最終日の3月11日には東日本大震災の追悼セレモニーがあります。特別に、ミモザさんのソロが上演されるそうですね。
5月にはモンテカルロで、震災と日本をテーマにした作品を振りつけるんです。今回は『シンデレラ』の前ですから短いものになりますが、私の思いをかたちにできたらと。震災で改めて感じたのは、人間は一人ではなく、みんなで生きているのだということ。悲しい出来事だったけれども、何よりもそれを乗り越えて"生きる"との意味を込めて、『La Vie』というタイトルを考えました。プリンシパルのガエタン・モルロッティによる、チベットの楽器の生演奏に合わせて、春の芽吹きを思わせる、弱いようで強いものを表現し、皆さんに"希望"を感じていただけたらと思います。
photos of Marie-Laure Briane.
▽モンテカルロ・バレエ団2012年日本公演公式サイト>>>

---芸術監督に着任される以前から、ルグリさんにとってバレエ団は馴染みのあるカンパニーだったのではないでしょうか。

―――「牧神の午後」はいかがですか?
―――マラーホフさんにとって「レ・シルフィード」はどんな作品ですか?




いいえ、全く!私は最初に電話で彼に「何でも好きに創って」と頼んだだけ。数週間後に彼が一人で全部創り上げたものを、スタジオで一緒に調整・変更しました。私からの提案はなし。マッツといるとダンサーは謙虚に学ぶのです。作品から彼のヴィジョンを知るのは、とても幸せ。彼が伝えたい思いが、ごまかしや余計なものを一切省きシンプルに表現されているので、踊っていると真実に近づく印象を受けます。純粋で人間的な感情やイメージを放つダンスで、インパクトは強烈です。
そうです。02年にグレアム・マーフィー版『白鳥の湖』のオデット役をサードキャストで務めてから、BRBに移籍しました。移籍の理由は完全に個人的なこと。ただ外の世界を見てみたくなっただけです。オーストラリア・バレエ団にはまったく不満はありませんでした。むしろグレアムの『白鳥〜』で、私ははじめて「演技」のおもしろさを発見したぐらいなので、このうえなく感謝しています。でも、バーミンガムに来てみたら、あまりにもこのカンパニーの居心地が良くて、しかもデヴィッドとの共同作業もとても充実していたので、いまにいたるまで8年も居続けることになってしまいました。自分でもこんなに故郷を離れるなんて思いもしませんでした。
僕は英国ロイヤル・バレエ学校在籍時にデヴィッド・ビントリーに直接スカウトされてBRBに入団したんです。ですから、ダンサーとしては学生時代からずっとロイヤル系列の組織のなかで踊ってきたわけです。そんななか自分のキャリアが9年目を迎えたとき、少し外の世界が見たくなった。別にBRBでのキャリアに不満があったわけではありません。ただ自分が尊敬するダンサーのひとりであるアンヘルに声を掛けてもらったとき、ちょっと冒険してみたくなったんです。結果的にスペインで2年間、新しいダンサーと新しいレパートリーに挑戦できたことは僕の大きな財産となりました。ただ正直2年経つころには、BRBの創作環境が恋しくなってもいました。ビントリーという現役振付家のもと、毎年のように新作バレエの創造に立ちあえる。またピーター・ライト、フレデリック・アシュトンといったイギリスの誇る財産演目も踊れる。これは予算の限られたプライベート・カンパニーでは、決して叶わない贅沢です。
