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モンテカルロ・バレエ団で凛とした美しさと存在感を見せ、人気を集める日本人プリンシパル、小池ミモザ。来日公演では『シェエラザード』『シンデレラ』などの主役をこなし、公演最終日には、東日本大震災の特別セレモニーで自身の新作ソロを発表する。震災時、モナコは朝の 6時 46 分。ジャン=クリストフ・マイヨーとベルニス・コピエテルスから連絡を受けた彼女は、テレビをつけて震災の映像を目の当たりにし、大きな衝撃を受けたという。離れた地から故国を思い続けた彼女に、バレエ団の現在から踊りへの思いまでを語ってもらった。

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----先週まで、ミモザさんにとって初めて、バレエ団でも久しぶりのアメリカ公演だったんですよね。いかがでしたか?

『シンデレラ』を上演したカリフォルニアのコスタメサでは、継母が首を絞められる場面で歓声が上がり、びっくりしました(笑)。『アルトロ・カント1』『OPUS 40』を上演したNYでは、ジャン=クリストフの独特の世界がどう受け止められるだろうかと気になっていたのですが、非常に好感触でしたね。嬉しかったのは、『バレエ団内の仲の良さがわかる』という感想をもらったこと。うちは実際、踊りだけでなく人柄も見てダンサーを採用しているのかと思うくらい、雰囲気が良いんです。


----確かに客席から観ても、作品世界と相まって、暖かい気持ちになることが多いです。

ジャン=クリストフは観客に向けて踊るよりもまず、キャスト同士のコミュニケーションを重視します。それを、映画のように観客に観てほしいという考えなんです。昨年12月に行われた、ボリショイ・バレエとモンテカルロ・バレエ団の『白鳥の湖』合同公演では、ボリショイの人と舞台上で目線が合わず、不思議な感じでした。でも、私が気持ちを込めて見つめたら、相手もとてもドラマティックになったんですよ。みんな驚いていました。そうした踊り方や印象というのは、劇場の大きさによっても変わるのかもしれないですけれども。

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『アルトロ・カント1』

----一昨年、プリンシパルになられました。予期していましたか?

全く(笑)。ただ、私がプリンシパルになる前のことですが、ベルニスがこう言ったんです、『自分はクラスレッスンを最後までやらなくなっているけれど、ミモザはレッスンでもバレエ団を引っ張っていくようにならないといけない』と。それ以来、クラスでセンターに行った時も、本番のような気持ちで踊っていました。


----次の世代へ、たすきを渡すようなお気持ちだったのでしょうね。

かもしれないなと。そういう先輩がいて嬉しいし、まだまだ学ぶことは尽きないですね。


----今回はプリンシパルになってから初めての来日公演となります。出演演目について教えてください。まず『アルトロ・カント1』について、うかがいたいのですが......。

自分の理解では、一人の人間の中に誰もがもつ男性性/女性性を扱った作品です。私は女性の中の男性部分、もう一人の女性は女性の中の女性部分......と、役割が分かれていて、衣裳も、私は女性的なコルセットを着つつ下はパンツ、他のダンサーは男っぽいタンクトップだけどスカートといった具合に、その世界観を表しているんです。


----衣裳を手がけたのはファッションデザイナーのカール・ラガーフェルドですが、クリエイション時、印象に残ったことは?

こういうパンツがほしいとなったら、その場ですぐディオールに電話してオーダーし、はいOK、じゃあ次......と、ものすごいスピードで進めていくんです。ファッションの世界では、ああいう速さも重要なんだろうなあと感じましたね。

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『シェエラザード』

----『シェエラザード』ではタイトルロールを踊られます

ジャン=クリストフから、ゾベイダは男性を吸い寄せるように踊らなければいけないと言われました。彼はお父さんが絵描きだからか、動きの線がきっちりした作風だと思いますが、この作品では、柔らかな動きがベースになっているのも特徴的です。


----『シンデレラ』では主役の仙女役。実はシンデレラの亡き母であるという設定です。

シンデレラを舞踏会に連れて行く際のいたずらっ子みたいな雰囲気から、お父さんと踊る切ないデュエットまで、様々な表現ができて面白いです。本当に素敵で大好きな世界です。

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『シンデレラ』

----公演最終日の3月11日には東日本大震災の追悼セレモニーがあります。特別に、ミモザさんのソロが上演されるそうですね。

5月にはモンテカルロで、震災と日本をテーマにした作品を振りつけるんです。今回は『シンデレラ』の前ですから短いものになりますが、私の思いをかたちにできたらと。震災で改めて感じたのは、人間は一人ではなく、みんなで生きているのだということ。悲しい出来事だったけれども、何よりもそれを乗り越えて"生きる"との意味を込めて、『La Vie』というタイトルを考えました。プリンシパルのガエタン・モルロッティによる、チベットの楽器の生演奏に合わせて、春の芽吹きを思わせる、弱いようで強いものを表現し、皆さんに"希望"を感じていただけたらと思います。



取材・文=高橋彩子(舞踊・演劇ライター)

photos of Marie-Laure Briane.


モンテカルロ・バレエ団2012年日本公演公式サイト>>>



  2010年にマニュエル・ルグリを芸術監督として迎えて以来、ウィーン国立バレエ団は彼の指導のもとで劇的な進化を遂げている。ファン待望の2012年日本公演に向けて、ルグリに、彼のウィーンでの活躍ぶりやカンパニーの様子について話を聞いた。


11-12.16_01.jpg---芸術監督に着任される以前から、ルグリさんにとってバレエ団は馴染みのあるカンパニーだったのではないでしょうか。

 ルドルフ・ヌレエフがパリ・オペラ座にいた頃、またその後も、ウィーンでは何度も踊りました。芸術監督に着任し、実際に現在のカンパニーを見て、ダンサーのレベルの高さには非常に驚きました。ウィーンはヌレエフにゆかりの深い場所です。それもあって僕はウィーンを選んだのです。

---ルグリさんが芸術監督に着任されてから、バレエ団が非常に良い方向へ向かっていると伺いました。どんな改革をされたのですか?

 一番大切なのはバレエ団のダンサーを積極的に登用したことです。以前カンパニーにはプリンシパルという階級がなく、ダンサーはいつも第3キャストや群舞のような役を踊るだけでした。それではやる気が出ません。着任してまず、プリンシパルという階級を設けました。また1年で2人の客演しか呼びませんでした。だから彼らは1シーズンを自分たちだけで踊り終え、自信を持つことができたのです。

---レパートリーに新しい作品も加えられました。

 新任の芸術監督として大切なのは、ダンサーをよく知り、彼らの近くにいることです。だから僕が彼らに教えられるような、僕自身が良く知っている作品を選びました。ジェローム・ロビンズの作品やヌレエフ版『ドン・キホーテ』のような演目です。特に斬新な内容ではありませんが、ウィーンでは新しい作品でした。問題はダンサーがそれをこなせるかでしたが、彼らは本当によくやりました。

---レパートリーには、クラシックとモダンバレエの作品両方を選択されました。

 僕の根底にはいつもクラシック・バレエがあります。だから僕はクラシック寄りの芸術監督だと言えるでしょう。しかし僕はいつも新しい振付家に心を開いて来ましたし、新しい経験をしたいと思っています。これがバレエを生かすのです。
 同時に、観客のことを気にかけなければいけない、という意識も選択に関係しているのかもしれません。ウィーンの観客はとても保守的です。だからモダン作品をあまり上演できないのです。僕の信念は観客に何かを押しつけないことです。しかし「これが好きなら、こんな作品もあるんですよ」と紹介することは出来ます。ある時点で、好みの変化は訪れるものです。

---ウィーンの観客に変化があったとお考えですか?

 そうだと思います。「変わった」と言うには尚早ですが。しかし希望はありますね。

---芸術監督として素晴らしいスタートを切られたわけですね。

 本当にたくさんのことを成し遂げました。ダンサーも幸せそうだし、お客様も劇場に来てくださいます。試練の時ではありましたが、成功に終わったと思います。

---もともとダンサーの水準は高かったということですが、ルグリさんはそれ以上の要素をバレエ団にもたらしているように見えます。

 このバレエ団には、僕より技術的に優れたダンサーがたくさんいます。彼らは僕に出来ないような技を次々と決めてみせます。しかし僕にはピルエットとステップの間にあるものを与える事が出来ます。それこそがバレエの魔法を作るのです。バレエの世界で、一体何が違いを生むのでしょう?それはいかに観客とコミュニケーションを取るか、どうやって物語を伝えるか、いかに舞台上で芸術家として存在するかなのです。僕にとって大切なのは「君の技術で色々なことが出来るのなら、どうやってそれを見せるかを考えなさい。何を観客に与えられるか考えなさい」と伝えることです。それがスター、更にはスーパースターを生むのです。

---日本公演に「こうもり」を選ばれました。

 まずヨハン・シュトラウス2世の作品で、ウィーン的な演目であること。そして振付家がローラン・プティで、フランス人である僕に関わりのある作品であることが理由です。カンパニーにとって得意な演目でもあります。また〈ウィンナ・ガラ〉では、バレエ団の主要なダンサーをお目にかけることが出来ると思います。


 バレエ団のメンバーと話すと、ダンサーに多くの機会を与え、芸術性に重きを置くルグリの方針が歓迎されていることが分かる。2011年7月の日本公演に参加した木本全優は、ルグリが着任して以来、カンパニーに「みんなで競い合って、やろう」という雰囲気が生まれたと話す。ルグリと共演したニーナ・ポラコワは「彼はスタイルを重視するし、それが好き」だと語った。またデニス・チェリェヴィチコは、ルグリは「歩き方、視線、雰囲気」まで彼に教えるのだという。持ち前の卓越した技術と、ルグリのもたらす優れた芸術性。ルグリを得たウィーン国立バレエ団は、無敵のカンパニーに生まれ変わろうとしているのではないか?

インタビュー・文/尾崎瑠衣

NBSニュースvol.299より転載



photo:Wiener Staatsballett-Michael Poehn




●ウィーン国立バレエ団 公式サイト>>>

☆ウィーン国立バレエ団2012年日本公演チケットは明日(1/28)10時より一斉前売開始!


12月7日にスカラ座のシーズンオープニングの演目『ドン・ジョヴァンニ』にドンナ・エルヴィーラ役で出演され大成功を収められたばかりのバルバラ・フリットリさんに、来日コンサートに関してお話をうかがいました。


11-12.16.jpg――今回のプログラムにおいて興味深いのはR・シュトラウスの「四つの最後の歌」とマルトゥッチの「追憶の歌」という両プログラムの歌曲です。すでにリサイタルでは何度か歌われているそうですが、日本のフリットリ・ファンにとっては異色のレパートリーと感じます。今回プログラムされた理由は? フリットリさんにとって何か特別な意味を持つものなのでしょうか?

フリットリ:日本では前回オペラのレパートリーを中心にしたコンサートをさせていただきました。今回は前回の繰り返しにならないように、そしてオペラ以外の曲も日本の皆さんに聴いていただきたいと思ってシュトラウスとマルトゥッチの歌曲を選びました。 
「四つの最後の歌」は何とも美しい曲で私の大好きな作品ですし、マエストロ・メータやマエストロ・ノセダなどの偉大な指揮者との共演で歌っています。 
「追憶の歌」はマエストロ・ムーティから勧められて勉強しました。シュトラウスもマルトゥッチもプッチーニと同時代の作曲家でちょうど1900年代初めの新しい音楽のスタイル溢れる素晴らしい作品を残しています。私自身はオペラ歌手としてキャリアを積んできましたが、オペラはオペラの舞台で衣裳を着けて役柄を演じるものと思っていますのでコンサートの場合はできるだけ歌曲をプログラムに入れるようにしたいと思っています。


――ドイツ歌曲とイタリア歌曲では表現や歌唱において異なると感じられることはありますか? 特にマルトゥッチはイタリア人作曲家でありながらオペラは書かず、器楽作品においてはドイツ・ロマン派の香りを持つと言われています。なかでも「追憶の歌」はワーグナー風のライトモティーフが重要な要素となっている曲です。歌曲にはどのように取り組んでいらっしゃるのでしょうか?

フリットリ:歌を習い始めてまず勉強したのはイタリア古典歌曲でしたから、イタリア歌曲は声楽の基本というように捉えています。ドイツ語とイタリア語は発音が根本的に違うし、歌曲の様式も違いますが、表現や歌唱法を特に意識して変えることはしていません。
大切なことは言葉を大事にすることで、表面的な意味ばかりでなくその裏にある意味も読み取ることが出来れば自然に適切な表現が出来ると思います。
今回のプログラムのシュトラウスの曲はドイツ歌曲でありながらイタリアの声が求められていると思います。 マルトゥッチの曲は旋律的で聞きやすいと思いますが、豊かな音楽性と歌唱技巧が要求されています。


――シュトラウスについては歌曲だけでなくオペラでも今後のレパートリーとして考えていらっしゃいますか?

フリットリ:私はオペラを勉強する時は、自分のパートだけでなく全曲を勉強します。 誰がどこで何を言っているのかすべて知ることによってより深く自分の役に入り込めるからです。そのためには言葉が分からなければなりません。私はフランス語と英語は話すことが出来ますが、ドイツ語は苦手です。リートの場合は言葉の意味を調べることが容易ですが、オペラ全曲となるとなかなか簡単にはいきません。イタリア語を全く話せない外国人の歌手がイタリアオペラを歌っているのを聞いて、言葉が分かっていないと感じることがあります。ドイツ語を話せない私がドイツオペラを歌って、同じような印象を与えてしまうのではないかと思います。シュトラウスのオペラにお誘いいただいたことはありますが、今のところ新しいレパートリーとして考えてはおりません。


――フリットリさんはその卓越した表現力で高い評価を得ていらっしゃいます。今回プログラムされたアリアは、オペラ全編の中では最もドラマのピークとなるアリアだけにとても楽しみです。コンサートの場合、オペラの舞台で演じるのとは異なる表現の仕方や『秘訣』はありますか?

フリットリ:オペラの舞台では物語が進行していく過程でアリアを歌うので心理的にはすっかり準備が出来た状態で歌うことが出来ます。聴いている観客の皆さんも同じように物語の進行を追って、アリアを聞くので自然に内容に入り込むことができると思います。ところが、コンサートでオペラのアリアを歌う場合は舞台装置も衣裳もなくて、しかもいきなりアリアだけを歌うのですから、正直なところ精神的に大きな負担を感じます。 
オペラの舞台では演技で効果的な表現をするようにしていますが、コンサートでは声の技巧をいかに発揮できるかということに重きを置いて演奏することが多いです。日本の観客の皆さんはオペラアリアでのコンサートを楽しみにしていらっしゃるのでアリアも歌いますが、普段リサイタルでは歌曲中心のプログラムを組んでいます。歌い慣れた役のアリアでもコンサートで歌うのはより難しく感じます。


――近年新たに取り組まれたレパートリー、あるいはこれから取り組みたいレパートリーについて教えてください。

フリットリ:2011年は『トスカ』を初めて歌いました。これからはトスカもレパートリーとして歌っていくつもりです。2012年はバルセロナで『アドリアーナ・ルクヴルール』に初挑戦します。2013年には『運命の力』、2014年には『アイーダ』と、これからレパートリーを広げていく予定です。私は今まで本当に慎重にレパートリーを選んできました。
マクベス夫人を歌うのも夢ですが、歌いたい役だからといって何でもかんでも受けていたら1年で声がなくなってしまうでしょう。もちろん、マクベス夫人を歌うことは絶対にありえないと思いますが...。これから取り組む役は今までのレパートリーより重い声の役になりますが、今後も自分の声に合った役だけを選んでいきます。


――日本のファンは昨年6月にMETで来日された際、その素晴らしい歌唱ばかりでなく、暖かい人柄にも大いに感動しました。二度目となる日本でのリサイタルに当たって、フリットリさんがこのリサイタルに込める想い、日本のファンへのメッセージをお聞かせいただけますか?

フリットリ:私は今でもあの地震と津波の様子をニュースで見たときのショックを忘れることが出来ません。この悲劇の出来事で突然家族を失った方々や今も不自由な生活を余儀なくされていらっしゃる方々のことを思うと胸が痛くなります。私は以前から日本が大好きでしたが、この恐ろしい被災に、取り乱すことなく威厳を持って立ち向かう国民性に心から尊敬の意を表わしたいと思います。音楽を通して少しでも皆さんに安らぎを感じでいただけるように心を込めて歌いたいと思います。

――お疲れのところ有り難うございました。


[2011年12月8日 電話インタビュー:田口 道子]

photo:Kiyonori Hasegawa




●2009年<バルバラ・フリットリ ソプラノ・リサイタル>より
歌劇『アドリアーナ・ルクヴルール』より "私は創造の神の卑しい僕"


 来年1月、ウラジーミル・マラーホフが、バレエ・リュスの名作「ペトルーシュカ」、「牧神の午後」、「レ・シルフィード」を踊る<ニジンスキー・ガラが東京で開催される(「薔薇の精」はディヌ・タマズラカルが主演)。もともと2007年に企画された公演だったが、彼自身の怪我によって延期となり、4年半ぶりに満を持しての実現となった。特に日本の観客にとっては、マラーホフが悲しげなあやつり人形としてペトルーシュカを踊るのを見る初めての機会となる。ペトルーシュカを「夢の役」と語るマラーホフに、本公演の魅力を電話インタビューした。


―――マラーホフさんはロシアのご出身で、ロシアでバレエを学ばれました。今回のバレエ・リュスの演目に何か思い入れはありますか?

素晴らしいロシアのスタイルを身に付けることができたのは幸運でした。バレエ・リュスの演目は全てロシア的なので、ぼくには親しみがあります。ぼくの魂、ぼくの心に近いのです。だから役の解釈も無理なくできるのです。


―――ニジンスキーに対しては、どんな印象をお持ちですか?

彼は伝説的な人物です。ぼくらは彼が実際にどのように踊ったのか知りません。彼は空中で静止したかのような大きな跳躍が出来たと言われています。彼のように偉大なダンサーの踊った役を踊ることができるのは、本当に嬉しいです。どんなダンサーも彼に近づきたいと思っているのです。ぼくももしかしたら、0.00001%ぐらいは彼に近づけたかなあ(笑)


―――「ペトルーシュカ」は日本では初めて踊られますね。
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この役は一度だけ、2000年にマリインスキーで踊りました。ずいぶんと前のことです。ペトルーシュカはぼくの血に流れているような役柄ですから、自然に演じることができます。きちんと準備して、さらに発展させることができれば、ニジンスキーの物まねでなく自分なりの役の解釈ができると思います。観客の皆さんにも、ぼくがどう感じているか伝わりやすくなるでしょう。ダンサーはみんなこの役を踊りたいと夢見ているのです。でも全員にチャンスが訪れるわけではありません。


―――ペトルーシュカの悲哀を、どのように感じられますか?

全てひとりでに沸き上がって来るものです。この振付の中には、悲しみ、喜び、愛、そして涙があります。芸術家ならば、容易に感じることの出来るものです。ぼくがひとりの人間として感じるもの、それこそが感情です。ストラヴィンスキーの音楽にも、喜びや悲しみといった、全ての想いが込められています。


11-11.10news03.jpg―――「牧神の午後」はいかがですか?

テンポの速いペトルーシュカと比べて、「牧神の午後」はゆったりとした作品です。また、ペトルーシュカはシャイな性格ですが、牧神はそうではありません。以前「マラーホフの贈り物」でこの役を踊りました。しばらく踊っておらず、ぼく自身も年齢を重ねて成熟したので、また新しいニュアンスや細部を発見できると思います。


―――「牧神の午後」にはドビュッシーの曲が使われています。

この音楽からは、そのときの気分によって、たくさんの異なる感情を感じます。いつも新鮮な発見があります。時には、とても官能的に聞こえます。この音楽には伸ばす音が多いのですが、ニジンスキーの振付にも伸びをするような動作があります。


11-11.10news02.jpg―――マラーホフさんにとって「レ・シルフィード」はどんな作品ですか?

よく知っている作品です。何度もいろいろな場所で、様々なバレリーナと踊りました。吉岡美佳さんとは今までもたくさんの公演を一緒にしてきたので、今回も彼女と踊るのをとても楽しみにしています。音楽はショパンです。ポーランド出身の、ぼくの大好きな作曲家です。ニジンスキーにもポーランドの血が流れていました。バレエの世界は狭いですから、全ては互いに繋がっているのです。


―――「薔薇の精」を踊るディヌ・タマズラカル(ベルリン国立バレエ・ソリスト)について教えてください。

ぼくがオーストリアの学校から採用したダンサーです。まだとても若く、輝かしい未来の控えたダンサーだと思います。だから彼には様々な役を与えようと思っているのです。「薔薇の精」に関しては、ぼくが自分の師であるアレックス・ウスリャクから習ったことを、彼にも伝えたいと思っています。


―――タマズラカルにとって「薔薇の精」は今回が初役と聞いています。どんなアドバイスをされますか?

作品の心を伝えたいです。この役柄は現実には存在しません。まるで風のように、夢のように、目に見えずに訪れるのです。目を閉じているとき誰かがあなたに触れ、しかし目を開けたら誰もいなかったかのような、そんな雰囲気が必要です。


―――最後に、日本の観客の皆さんへメッセージをお願いします。

来日は本当に嬉しいですし、日本が一番大変だった時期に行くことが出来なくて申し訳なく思っています。この公演より、もっともっと早く行きたかったのですが、スケジュールが全て決まってしまっていたのです。でもこの公演は、実現することができました。日本の観客の皆さんとファンの方々に「ぼくは皆さんのために、ここにいる」と示すことがやっと出来ます。ぼくは、自分の芸術で皆さんを少しでも支えるために日本へ行きます。喜びをプレゼントし、素晴らしい演技をお見せするために行くのです。


インタビュー・文:尾崎瑠衣

photo:Nina Alovert(「ペトルーシュカ」「レ・シルフィード」)、Kiyonori Hasegawa(「牧神の午後」)


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 シルヴィ・ギエムとの出会いは、「オーストラリアのシドニー・フェスティバルで」とロベール・ルパージュは言う。

「僕が『アンデルセン・プロジェクト』、彼女とラッセル・マリファントが『PUSH』で参加していた時で、最初は僕に何か演出してほしいんだと思ったよ。どっちにしても、シルヴィ・ギエムからのオファーは断ったりできないけどね(笑)。で、3、4回会ったら、実は僕にも踊ってもらいたがっているだということがわかった。しかもその時はもう断れない状況だった(笑)。レストランでワインを飲みながら食事をしていて、当時僕は50歳。この年齢で踊るのかとびっくりしたけど、またそれもいいかな、と逆に思ったんだ」


 ルパージュのこの大胆な決断の背中を押したのも、もちろんギエムだ。

「シルヴィってね、キャリアというものをそんなに意識していないんだよ。プロセスが大切であり、限界というものもない。年齢のせいでできない動きがあれば、それをしなければいいだけのことで。『エオンナガタ』では、僕たち3人が各々自分たちを危うい立場に置いてみた、ということがかなりのチャレンジだったけど、とにかく興味深い体験だった。いくつになっても自分をギリギリのところに追い込むのは大切だからね」


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 ルパージュがギエムに対して持っていたイメージの変化も面白い。

「クラシック・バレエのダンサーとしてのイメージしかなったんだ(笑)。彼女自身、クラシックの演目を踊るなら完璧に踊らなければならないし、求められていることにはきちっと応えなくてはいけない、と言っていたし。おそらくかなり頭が固くて視野の狭い人間なんじゃないか、と内心思っていた。でも、本当は、伝統を大切にしてバレエに対してはきちっとこなす反面、それ以外ではとても好奇心旺盛で強いパーソナリティを持っている。なぜシルヴィ・ギエムがバレエ界においてそんなに素晴らしいかがわかったよ。伝統を守りながらも、その中でまた新しいものを創造していこうという姿のすごさが」


 『エオンナガタ』のアイディアの素はルパージュから出ている。

「エオンという人物には前々から興味を持っていたんだ。僕の生まれ育ったカナダのフランス語圏では、クロスワード・パズルの問題として、ルイ15世の特別のスパイは?というのがあった。答は"EON"。僕は特別のスパイというところに引っかかってね。で、ある時テレビを観ていたら"エオンはもしかしたら女性だったかもしれないし、男性だったかもしれない"と言うんだよ。シルヴィやラッセルと話し合ううちに、フランス人、英国人、カナダ人の我々が一緒に何かやるのにピッタリだと感じたんだよ。性別だけでなく、国境も自由に超えていたところが」


 筆者自身感じていたことをルパージュも感じていたという偶然に驚いた。それは「ギエムは話すテーマによっては母国語であるフランス語よりも英語の方が能弁かつ自由そうだ」ということ。

「ある時、パリで行った公演では、観客に話かけるのにわざわざ英語を使っていたよ。フランス語の字幕まで付けてね。その舞台は『エオンナガタ』ではなかったが、シルヴィいわく"あの内容を話すには英語の方が自然だから"と。あくまでも作品のことを大事に考えているんだ。
 『エオンナガタ』にしても、エオンは女性なのか、男性なのか、そして母国語であるフランス語と長く過ごしたイギリスの言葉、英語のどっちが自分の心を表すのにふさわしかったか。こうしたアイデンティティの問題って、なかなか奥が深くて面白いよね。僕自身こうして今英語で喋っているけど、母国語はあくまでもフランス語だしね」


 エオンこと、シュヴァリエ・デオンは、日本のアニメや漫画『リボンの騎士』『ベルサイユのばら』などの主人公のモデルになっているという。

「だからこそ、僕たちもエオンをやるんだったら日本文化の要素を取り入れようと直感的に思ったのかもしれないな。日本文化の中には、男性、女性というものに対しての独特の識別があるし。歌舞伎における女形の存在にしても、何かを超越しているだろう」 

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 超多忙なルパージュ本人が舞台に出演することも驚きだが、実際に踊ってみての感想はどうだったのか。

 「そりゃあもちろん、最初のうちは身体のあちこちが痛かったよ(笑)。でも肉体の鍛錬の大変さ以上に、ボキャブラリーの問題が大きかったな。ダンスでストーリーを語ろうとするのは大変だった。ジェスチャーはできるんだよ。でもそれが単なるパントマイムではなく、言葉以上の感情があって、物語を押し進めていかなければならないんだからね。でもそのおかげで今はダンサーに対して、これまで以上の敬意を持つようになったよ。
 "演じる"時には演じるための状況に自分を持っていくんだが、"踊る"時にはムーブメントをする状況に自分を持って行く。もっとエネルギーや感情が大切になってくるんだ。だからこそ、このプロジェクトの中でもシルヴィの存在が光るんだけどね」


 ルパージいわく、「シルヴィは僕とラッセルの橋渡し役だった」とか。

「僕は演劇出身だから、キャラクターには必ずストーリー、状況、前後関係、大道具といった要素がつきまとう。一方、コンテンポラリー・ダンス出身のラッセル・マリファントは、まず抽象化、印象、本能ということが要素で、そこにはキャラクター作りといった知的アプローチはない。ところがバレエ出身のシルヴィはその両方を知っているんだ。
 もちろん『ロミオとジュリエット』や『白鳥の湖』といったクラシック・バレエの演目は、まず役の人物の心、精神が根底にあって、それを肉体とバレエのスキルを用いて表現にまで高めていく。でも、そこでパントマイムの何たるかを知っているか否かは大違いでね。シルヴィはちゃんと演劇性のあるパントマイムを知っているんだよ。単なる人の動きのまねではなくて」


 演劇好きのシルヴィにとっては、2人の橋渡し役は喜びでもあったろう。

「だからこそ彼女は、僕とラッセル2人と各々にとってわかりやすいように考えていることを伝える役割を果たしてくれた。ラッセルにとってはコスチュームをつけて台詞を言うこと、歌うことはとにかく勇気が必要だったろうと思うし(笑)。シルヴィはそうした橋渡しとしての役目を果たすことがどんなに重要かわかっていたんだ。ルイ15世のスパイだったかもしれないけど、エオンがフランスと英国をつないだように」


取材・文/佐藤友紀(フリーライター)

Photo:若山和子(ルパージュ)、ErickLabbé(「エオンナガタ」)

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 18世紀前半のフランスで、女の子よりも女らしく美しく生まれついた1人の男の子。彼の辿った数奇な人生をシルヴィ・ギエム、ロベール・ルパージュ、ラッセル・マリファントが演じ切ったのが『エオンナガタ』だ。

「このタイトルは、もちろん彼シュヴァリエ・デオンの名前"エオン"をもじっているんだけど、私もロベールもラッセルも、歌舞伎を始めとする日本文化には前々から強く惹かれていたし、それゆえに女形という表現形態にも魅了され続けてきたから、そのオマージュもこめて選んだのよ」

 ギエムがこう語るように、舞台上には女形を象徴する日本の着物や扇が効果的に登場する。着物は空中に浮かんだかと思うと誰かがその内側にいるかのようにねじれ、幽霊のような不思議な形と生気を見せるし、あまりにも美しい扇は優秀なスパイだったというシュヴァリエ・デオンの商売道具のように妖艶に動く。

「そうね。アレキサンダー・マックイーンがデザインしてくれた衣裳が中性的な印象だから、かえって、そういう小道具が生きるんだと思う。それに日本的なものばかり表面的に追っていったら、どこか陳腐に見えてしまうかもしれないけど、私たちが喋るテキスト(台詞)でも触れているように、"太陽である男、大地である女、そしてそのどちらも持つエオン"という考え方はギリシャに代表される西洋の古代文明にも通じるし。とてもスケールの大きさを感じるわ」

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 アクラム・カーンとのコラボレーション作品『聖なる怪物たち』でも、ダンスだけでなく、舞台上で自分の声を使うことを体験しているギエム。

「でもあれは、あくまでも自分のことを語るだけだったから(笑)。それに比べて今回は、ちゃんと決められたテキストがあるし、ロベール扮するボーマルシェとは激論を闘わせなければならないのよ。もちろん台詞劇ではないから、そういったシーンの私たちのムーブメントにも要注目だけど(笑)」

 台詞とムーブメント、と言えば、ルパージュが面白いことを教えてくれた。ギエムが台詞を覚える時、バレエを自由な振り付けで踊りながら頭に入れていくという。

「頭だけでなくて、身体にもね(笑)。あのやり方が私にとっては一番自然なのよ。シュヴァリエ・デオンの気持ちもスーッと入っていったし。それにしても、こんなに面白い人物がフランスでもあまり知られていないなんて!日本では漫画やアニメーションにもなり、エオンをモデルにした有名な漫画もあるんでしょう? 日本の人の好奇心の旺盛さには常々驚かされているけど、今回もそれ知って、3人で"やっぱりね"と納得してしまったわ」

 エオンをモデルにした有名作品とは、手塚治虫の『リボンの騎士』のサファイア姫、そして池田理代子の『ベルサイユのばら』のオスカルと、確かに日本人にとっては不滅のキャラクターだ。

「男でもあり、女としても振る舞えるというのは、あの時代、行動範囲がもの凄く広くなるってことでもあった。外国など、なかなか行けなかったでしょうからね。でも、と同時にエオンは"自分は何物か?"と生涯葛藤することになる。男なのか、女なのか、フランス人なのか、イギリスに帰化したいのかという風に」

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 エオンの苦悩は、雄々しさとフェミニンな部分が合体した踊りはもちろん、光と影を多用した舞台照明からも明確に感じられる。そして、モノトーンに見える陰影の中、時折強烈なオーラを放つ赤のインパクト!

「クラシックだけでなくコンテポラリーの振付家と多く仕事をするようになって、彼らのフラットじゃない色や光の使い方にはいろんなインスピレーションをもらっているわ。今回だって、エオンの身体が赤いリボンと繋がるシーン。ロベールは女性の生理を表していると言うの。これでまた、彼が男だか女だかわからなくなるでしょ(笑)」 

 大きなテーブルが滑り台になったり、他の何かにイメージを変えたりする中でのスピーディな動きは、とても男っぽく、剣でのファイトも含め、ギエムならではの見せ場。そう言えば、女性ながらボブ・ディランやリチャード2世など男を演じたことがある女優ケイト・ブランシェットは「男を演じると、とても自由になれる」と語っていたが。

「私も『聖セバスチャンの殉教』で男を演じたことがあるけど。元々子ども時代から男の子っぽかったから全然違和感はないわ。ロベールやラッセルとは、上演の度に新しい発見をして、少しずつ細部を変えたりしているの。そういう意味では、エオンの人生はまだ続きがあるのよ」


取材・文/佐藤友紀(フリーライター)

Photo:ErickLabbé

今秋、東日本大震災の復興を願い「HOPE JAPAN TOUR」と銘打った全国ツアーを行うシルヴィ・ギエム。
先日、このツアーに込めた想い、東京公演で踊る作品について電話インタビューでたっぷり語ってくれました。

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「愛する日本のために行動したい、心からそう思ったのです」


11-06.24_01.JPG-----東日本大震災後、4月6日にパリでいち早くチャリティ・ガラ「HOPE JAPAN」公演が開催され、ギエムさんはその発起人の一人だったと伺っています。開催のいきさつ、この公演に込めた思いを教えてください。

 フォーサイスとの新作準備中に震災を知りました。最初はショックで呆然としていたのですが、被害の甚大さを知るにつれ何かしなければと思いました。シャンゼリゼ劇場が中止された日本人アーティストの公演日を提供してくれ、私はアクラム(・カーン)とニコラ(ル・リッシュ)を誘いました。フォーサイスは彼のカンパニーの島地保武さんを推薦してくれました。
 私は日本のいろいろな場所で踊り、たくさん旅もしました。私は日本に愛と恩義を感じているので、心から日本のために行動したい。このような状況だからこそ、私は日本に行きたいのです。


-----Aプロでは、アシュトン「田園の出来事」とマクミラン「マノン」という両極端とも言える作品を踊られますね。

 「田園...」はとても知的で演劇的。ノスタルジックな雰囲気のなか、視線や手、吐息などのディテール、緻密な振付からさまざまな感情や思いが溢れ出ます。「マノン」は壮絶で悲愴な非日常の次元に感情を運ぶ作品。振付も幅広く非常にフィジカル。スタイルは全く違っても、共に考え抜かれ、強く胸を打ちます。


-----Bプロ2作品は日本初演です。マッツ・エックの「アジュー」はあなたのソロと映像を巧みに組み合わせた独創的な作品です。どのように制作は進行しましたか?最初に二人で方向性を相談したのでしょうか?

11-06.24_02.jpg いいえ、全く!私は最初に電話で彼に「何でも好きに創って」と頼んだだけ。数週間後に彼が一人で全部創り上げたものを、スタジオで一緒に調整・変更しました。私からの提案はなし。マッツといるとダンサーは謙虚に学ぶのです。作品から彼のヴィジョンを知るのは、とても幸せ。彼が伝えたい思いが、ごまかしや余計なものを一切省きシンプルに表現されているので、踊っていると真実に近づく印象を受けます。純粋で人間的な感情やイメージを放つダンスで、インパクトは強烈です。


-----7月にロンドンで初演されるフォーサイスの新作について伺います。24年前のパリ・オペラ座「イン・ザ・ミドル・サムワット・エレヴェイテッド」以来の顔合せですが、違いはありましたか?24年ぶりのコラボレーションの様子、どんな作品になるのかを教えてください。

 彼は永遠の少年。仕事やダンスへの姿勢や情熱は、24年前と全く同じでした。まず彼が出すテーマ―5秒間の3つのパなどの動き―から非常に数学的な操作、具体的なパの実験、インプロヴィゼーションを行い、ダンサー側の提案やインプロを彼が選択し、対話を通して磨き上げます。彼は過去のダンスの動きから全く新しい思考や身体を生み出す振付家。過去と未来、多様なものの"ターニングポイント"にある、フィジカルでグラフィックで、幾何学的な驚くべき作品になります。

インタビュー・文:岡見さえ(舞踊評論家)

photo:Kiyonori Hasegawa(田園の出来事)、Lesley Leslie Spinks(アジュー)



◆シルヴィ・ギエム オン・ステージ2001 公演情報ページ>>>

 身体能力の高い抜群のテクニシャンとして評価されて、地元オーストラリアでキャリアをスタートさせたエリシャ・ウィリス。英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団(BRB)移籍後は、その技術力に演技力が乗るように。特に近年は、彼女の素朴な田園風景のような美しさに似合う『リーズの結婚』といったアシュトン作品や、ビントリー振付による『シラノ』や『シンデレラ』といった物語バレエで注目を集めている。キャリアの成熟期を迎えるエリシャに、現在のダンサーとしての心境を素直に語ってもらった。


---- エリシャさんは昨シーズン踊られたデヴィッド・ビントリー版『シンデレラ』でとても高い評価を得られました。ただの美しいお伽の国のお姫様ではない、地に足のついた人物造形が評判でした。

私はいつでも「自分だったら、その状況下でどうするか?」と自問自答して役柄を作っていくんです。たとえそれが誰もがイメージを持っているシンデレラであっても。いったん外部の情報は捨てて、デヴィッドの振付意図を聞いたうえで、自分だけのイメージを追っていく。その結果、ただのか弱いお姫様ではないシンデレラができあがったわけです。あと私自身の性格として、わりと地に足のついた庶民的な女の子に親近感をもつ傾向があるんです。ですからシンデレラでも「普通の女の子」としての側面が、おのずと強調されたのだと思います。
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---- なるほど。普通の女の子としての役柄に親近感を持つからこそ『リーズの結婚』などの作品でのあなたの評価も高いわけですね。

『リーズ~』は大好きな作品のひとつです。あとは『コッペリア』や『ジゼル』など、古典バレエのお姫様の役柄よりも、私は農家の女の子を踊るほうがずっと好きです。それは私がメルボルンというとても素朴で庶民的な町で育った影響もあるかもしれないですけど (笑)。庶民の女の子のほうが、より楽しんで踊ることができるんです。


---- そうでした、あなたはオーストラリアご出身でしたね。オーストラリア・バレエ団でソリストとして活躍なさったあと、03年にBRBに移籍されました。

11-05.07_01.jpgそうです。02年にグレアム・マーフィー版『白鳥の湖』のオデット役をサードキャストで務めてから、BRBに移籍しました。移籍の理由は完全に個人的なこと。ただ外の世界を見てみたくなっただけです。オーストラリア・バレエ団にはまったく不満はありませんでした。むしろグレアムの『白鳥〜』で、私ははじめて「演技」のおもしろさを発見したぐらいなので、このうえなく感謝しています。でも、バーミンガムに来てみたら、あまりにもこのカンパニーの居心地が良くて、しかもデヴィッドとの共同作業もとても充実していたので、いまにいたるまで8年も居続けることになってしまいました。自分でもこんなに故郷を離れるなんて思いもしませんでした。


---- 移籍をされて、デヴィッド・ビントリーやフレデリック・アシュトンといったそれまでオーストラリアでは踊られていなかった振付家の作品を多くこなされるようになります。踊り方のスタイルに適応するのに戸惑われたことはありませんでしたか?

いえ、それはありませんでした。幸運なことにデヴィッドはダンサー個々にあわせて創作をしていく寛容さのある振付家ですし、アシュトンに関してはなぜか最初からとても自分の体にしっくりくる感覚があったんです。今度、日本でもアシュトンの『ダフニスとクロエ』を踊ることになったので、とても楽しみにしています。


---- 日本で踊られる『ダフニスとクロエ』の魅力について教えてください。

私にとってアシュトンは「ムーヴメント」を見せる振付家。つまり、ひとつずつのステップの連なりから生まれる流れを重視する振付です。 逆に日本で上演するもうひとつの演目である『眠れる森の美女』では、古典演目らしく美しい「ポーズ」が重視される。このスタイルの対比を日本のお客様に見てもらえるのは、とても良いことではないかと思っています。私自身は東京では『ダフニス~』だけの主演になりますが、クロエというドラマティックで愛らしくて繊細で、非常に演じがいのある役柄をまた踊れることを楽しみにしています。

取材・文/岩城京子(演劇・舞踊ライター)

写真:【上】「シンデレラ」(シンデレラ)、【下】「ダフニスとクロエ」(クロエ) (c)Bill Cooper


色香のある男性的体躯をいかした雄々しくも優雅な身のこなしで、英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団(BRB)を代表する男性プリンシパルのひとりとして活躍してきたイアン・マッケイ。スコットランド人らしいシャイながらも気さくな人柄で、近年のコレーラ・カンパニーでの経験やBRBの魅力などを誠実に語ってくれた。


---- イアンさんは10年来、カンパニーを代表するダンサーのひとりとしてバレエ団を牽引して来られました。ただ一時的に08年の日本公演後、スペインのコレーラ・カンパニー(アンヘル・コレーラが芸術監督を務めるバレエ団)に移籍されていました。なぜ移籍を決意されたのか、またなぜBRBに戻って来ることにしたのか、簡単に教えてください。

11-04.26_01.jpg僕は英国ロイヤル・バレエ学校在籍時にデヴィッド・ビントリーに直接スカウトされてBRBに入団したんです。ですから、ダンサーとしては学生時代からずっとロイヤル系列の組織のなかで踊ってきたわけです。そんななか自分のキャリアが9年目を迎えたとき、少し外の世界が見たくなった。別にBRBでのキャリアに不満があったわけではありません。ただ自分が尊敬するダンサーのひとりであるアンヘルに声を掛けてもらったとき、ちょっと冒険してみたくなったんです。結果的にスペインで2年間、新しいダンサーと新しいレパートリーに挑戦できたことは僕の大きな財産となりました。ただ正直2年経つころには、BRBの創作環境が恋しくなってもいました。ビントリーという現役振付家のもと、毎年のように新作バレエの創造に立ちあえる。またピーター・ライト、フレデリック・アシュトンといったイギリスの誇る財産演目も踊れる。これは予算の限られたプライベート・カンパニーでは、決して叶わない贅沢です。




---- それでBRBに戻る決意をされたわけですね。

無計画な僕はBRBと「いついつに戻ります」という契約を結んでスペインに去ったわけではなかったので、一度、行き場がなくなってしまったんです。それでとりあえず欧州の主要カンパニーのオーディションを受け始めた。そうしたら運良くデヴィッドに「なんでオーディションなんか受けてるんだ、是非戻ってきてくれ」と声をかけていただきまして、現在にいたるわけです。こうしてBRBに戻ってこられて、僕はとても幸せものです(笑)。


---- 3年前の日本公演で踊られた『美女と野獣』をはじめ、あなたはいままでも『カルミナ・ブラーナ』『エドワード2世』『シンデレラ』『シェイクスピア・スイート』などビントリー作品の多くで主演なさってきました。自身のキャリアの突破口になったと思える、特に印象深いビントリー作品があれば教えてください。

00年にデヴィッドが『アーサー 第一部/第二部』という二つの新作バレエを作ったとき、主要プリンシパルがみな不運にも怪我に見舞われたんです。そのときデヴィッドは、まだ二十歳そこそこの若造であった僕を主役に指名してくれた。「ほかに踊れる奴はいない。だから君が踊れないと困る」といってね(笑)。その作品で実力を発揮できたことで、いまの僕のキャリアは確実に開かれたように思います。以後、ほとんどのビントリー作品で主役を踊らせてもらえるようになりましたから。なので『アーサー』は僕にとって、とても印象深い演目です。


---- あなたはキャリアの早い段階から「パートナーリングの巧さ」で高い評価を得てきました。

僕は背中や腰がダンサーにしてはまっすぐで堅いんで、体がパートナーリングに向いてるんです(笑)。まあそれは冗談ですが、確かに僕はかなり早い段階からパートナーリングを重視してきました。いつでもパ・ド・ドゥでは、相手方の女性がより美しくよりラクに見えるよう務めてきました。もちろん僕だって、英国ロイヤル・バレエ団のセルゲイ・ポルーニンやボリショイ・バレエ団のイワン・ワシーリエフのようにターンやジャンプができないかな、と願ったことはありました。でも結局、それは僕の得意分野ではないんです。その事実にここ数年気付いてからは、より一層自分の得意なことに集中していけるようになりました。


11-04.26_02.jpg---- 日本公演ではピーター・ライト振付『眠れる森の美女』と、フレデリック・アシュトン振付『ダフニスとクロエ』で主演なさいます。二演目の魅力について教えてください。

僕の思うもっとも美しい『眠れる森の美女』が、このライト版です。キャラクター・ロールとして登場するリラの精や、2幕終わりの『Awakening Pas de Deux (目覚めのパ・ド・ドゥ)』など、物語性を豊かにする工夫が随所に施されています。王子がキスをして、姫が目を覚まして、結婚する、という単純なお伽噺では見えて来ない男女の親密さが描かれているように思います。『ダフニスとクロエ』は、数年前のBRB初演時にアンソニー・ダウエルから直接指導を受けました。僕は物語バレエを踊ることが大好きなのですが、この演目ではあえてストーリーを伝えようと思わなくても、ステップを正確にこなすことで話がおのずと見えてくるんです。まさにアシュトンという天才振付家の面目躍如たる奥ゆかしくも美しい演目だと思います。


取材・文/岩城京子(演劇・舞踊ライター)

写真:【上】「眠れる森の美女」(王子)、【下】「ダフニスとクロエ」(ダフニス) (c)Bill Cooper


東京バレエ団「ラ・バヤデール」にソロル役でゲスト出演する、イーゴリ・ゼレンスキー、マシュー・ゴールディングからのコメントをお届けします。
「ラ・バヤデール」はいよいよ明日初日。ゼレンスキー、ゴールディン、東京バレエ団のスタッフとキャストが想いをひとつになってお届けする舞台にご期待ください。


イーゴリ・ゼレンスキー

 今回のお話をいただいたとき、スケジュールが詰まっていたこともあり、最初は少し悩んだのですが、結局お受けすることにしました。強いて理由をあげるとすれば、これも何かの縁なのではないかと思ったのです。(東京バレエ団総監督の)佐々木さんとは、ずっとお仕事をさせていただきたいと思っていたのですが、なかなか機会がなく、今回ようやく実現しました。
 ニキヤの小出領子さんの印象をお話しすることは、まだできません。リハーサルでは全てを出すわけではないですから。私はこれまで何度も「ラ・バヤデール」を踊ってきて作品をよく知っていますし、芸術監督という役職柄、ダンサーのこともよくわかっています。今、言えるのは、領子は非常にプロフェッショナルなダンサーであり、 "本番では全てがうまくいくだろう"ということだけです
 今回、日本に久しぶりに帰ってくることができてとても幸せです。そして日本で舞台に立てることを本当に嬉しく思っています。



マシュー・ゴールディング

 日本が今大変な状況だということはもちろんわかっていました。しかし、日本の舞台で踊れることはよいチャンスだと思いましたし、こうした状況だからこそ経験すべきだと考え、来日することを決めました。
 日本に来るのも、東京バレエ団と共演するのも今回がはじめてですが、相手役の上野水香さんはとても素晴らしいダンサーですし、オランダ国立バレエ団で「ラ・バヤデール」のソロルを踊ったときに指導してくださった、オルガ(・エヴレイノフ)さんがいらっしゃるので、とても心強く思っています。
 日本の観客の皆さんにお会いできるのを楽しみにしています。

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