What's NewNews List

2010/04/05 2010:04:05:11:17:44

東京バレエ団「オネーギン」稽古場レポート2

 3月26日。ジェーン・ボーンの3週間にわたる指導も最終日を迎えた。この日は3キャストのうち、まだ全員で合わせていない顔ぶれを中心に、場面毎に交替しての通し稽古。前日に初日キャストの吉岡美佳&高岸直樹、2日目キャストの斎藤友佳理&木村和夫がある程度通し終えたため、3日目キャストの田中結子&後藤晴雄の出番が多くなった。

*  *  *  *  *

《第1幕第1場》田中演じるタチヤーナと佐伯知香扮するオリガの暮らすラーリナ夫人邸を、近隣の人々が訪れる。オリガの婚約者レンスキー役のノーブルなたたずまいの長瀬直義と、愛らしく溌剌とした雰囲気の佐伯オリガが、スピード感あふれる踊りを披露。息を弾ませながらも終始、笑顔を見せた。続いてタチヤーナとオネーギンの散歩の場面へ。ピンと背筋を伸ばした田中タチヤーナはいかにも育ちのいいお嬢さん。後藤オネーギンは一見すると爽やかな好青年だが、ふとした瞬間に苦悩や憂いの表情を滲ませる。

《第2場》オネーギンへの恋文をしたためる田中タチヤーナの仕草に「インクを忘れないで」とボーン。インク壺を使わなければ字が書けないはずだからだ。書くうちに彼女はまどろみ、夢の世界へ。鏡の向こうのタチヤーナは別のバレリーナが演じる。田中が鏡に見る"自分"は吉岡。そこに後藤オネーギンが現れ、夢の中での2人のパ・ド・ドゥがスタートする。長身同士だけに、足を蹴り上げてのリフトなどダイナミック。稽古初期に苦労していた技も8割方、成功していた。

IMG_0474.JPG  IMG_0394.JPG  IMG_0478.JPG3組のオリガとレンスキー
左から、小出領子・長瀬直義、高村順子・井上良太、佐伯知香・長瀬直義


《第2幕第1場》タチヤーナのパーティ。恋文を送った田中タチヤーナと冷淡な態度の後藤オネーギンの間に、パーティの出席者らの目まぐるしい踊りが割り込む。「もっと2人を邪魔して!」とボーンが指示を出す。その合間を縫ってタチヤーナの手紙を本人の前で破くオネーギン。タチヤーナの衝撃と悲しみが、賑やかな踊りとの対比によって際立つさまを、見て取ることができる。

《第2場》オネーギンとレンスキーの決闘シーンは、2日目キャスト→初日キャストの順番で2回行われた。まず2日目キャスト。木村オネーギンは深い悔恨の念にさいなまれている様子。井上良太演じるレンスキーのソロは繊細で、死を予感しているふうだ。彼を中心に、斎藤友佳理のタチヤーナおよび高村順子のオリガが交互にバットマンとジュテを繰り返し、悲劇を食い止めようとする。斎藤のタチヤーナからは、どちらの勝敗も彼女にとってつらい事態であることがひしひしと伝わってくる。恐怖におののくタチヤーナ。そしてオネーギンの勝利。レンスキーの死骸に駆け寄り、高村オリガが嘆く。悲しみを込めてオネーギンを見つめる斎藤タチヤーナ。
 次に初日キャスト。高岸オネーギンは、呆然とした面持ちで長瀬レンスキーを眺めている。長瀬は瑞々しい鳥のよう。その翼が間もなく折られるのかと、たまらない気持ちになる。吉岡タチヤーナは心配で落ち着かないといった風情。決闘が始まると、祈るような面持ちに。やがて勝敗が決まり、悲嘆に暮れる小出領子のオルガの横で、吉岡タチヤーナはオネーギンに、責めるというより深い悲しみのまなざしを向けた。

IMG_8660.JPG  IMG_8632.JPG  IMG_8662.JPG3組のタチヤーナとグレーミン
左から、吉岡美佳・柄本武尊、斎藤友佳理・平野玲、田中結子・森川茉央


《第3幕第1場》第3幕は初日キャスト→3日目キャストの順。第1場は舞踏会の場面だ。
 初日キャスト。高岸オネーギンとタチヤーナの夫グレーミン役の柄本武尊、ついで吉岡タチヤーナが、歩幅も大きく落ち着いた様子で姿を現す。人妻として美しく成熟した彼女にオネーギンが目を見張るのも納得だ。舞踏会の人々の中に高岸オネーギンは、少女時代のタチヤーナおよびオリガとレンスキーの幻覚を見る。その幻は3日目キャストの田中、佐伯、長瀬が務めた。
 次に3日目キャスト。森川茉央扮するグレーミンが田中タチヤーナをエスコートする。田中は家庭を守る幸せな若妻然としている。驚き、悔やむ後藤オネーギン。こちらの幻覚では、初日キャストの吉岡、高村、井上が姿を見せた。

《第3幕第2場》初日キャストから。吉岡タチヤーナのもとにオネーギンから手紙が届いている。夫を部屋に引き留められず、彼女は悲しそう。ほどなく高岸オネーギンが来訪する。切なく激しいパ・ド・ドゥ。最後、タチヤーナはオネーギンを抱きしめそうになりながらも彼を拒絶する。立ち去るオネーギンを、泣きそうな顔で見送る吉岡タチヤーナ。
IMG_8883.JPG 続いて3日目キャスト。傍にいて くれと夫に懇願する愛らしい田中タチヤーナは、夫には寂しがって甘える幼い妻にしか見えなかったに違いない。後藤オネーギンが登場。田中の不安げな指先に困惑がともり、オネーギンを直視できず目をそらす。渾身のデュエットの果てにタチヤーナは手紙を必死でつかんで破り、オネーギンが去る中、悲しみを押し殺して立ちつくすのだった。

タチヤーナ:田中結子、オネーギン:後藤晴雄

*  *  *  *  *

 ところどころ止めて指導を加えながら、ほとんどぶっ続けで行われた通し稽古。ハードでドラマティックな踊りを終えた団員たちの表情には疲労と充足の両方がうかがえた。「短い期間でよくここまでできましたね」とねぎらうボーン。1ヶ月後、ボーンとリード・アンダーソンが来日して仕上げの稽古を行う。写真撮影では、全員が笑顔。だが、ドラマが真に深く掘り下げられ、練り上げられて、完成形となる日はまだ先だ。本番をより晴れやかな笑顔で終わろうと、出演者たちはみな、心に誓ったことだろう。

IMG_8920.JPG  IMG_8912.JPG
左)タチヤーナ:吉岡美佳、オネーギン:高岸直樹/右)タチヤーナ:斎藤友佳理、オネーギン:木村和夫

取材・文:高橋彩子(舞踊・演劇ライター)


photo:Kiyonori Hasegawa