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2011/07/15 2011:07:15:15:21:40

テクニックと演技力を兼ね備えた若きロシアの王子、セミョーン・チュージン ~吉田裕(舞踊評論家)


いよいよ明日7月16日(土)10時より、東京バレエ団「ジゼル」の一斉前売開始となります。
この公演にアルブレヒト役でゲスト出演するセミョーン・チュージンは、前モスクワ音楽劇場バレエ芸術監督で、現在現ボリショイ・バレエで芸術監督を務めるセルゲイ・フィーリンの推薦によりモスクワ音楽劇場バレエからボリショイ・バレエにプリンシパルとして移籍することが決定。
舞踊評論家の吉田裕さんに、今後の活躍がますます期待される若きロシアの王子チュージンの魅力をご執筆いただきました。



テクニックと演技力を兼ね備えた若きロシアの王子


11-07.15_01.JPG 優美な脚のラインに、颯爽とした立ち姿。煌めくブロンドをなびかせて長身の彼が登場するや、舞台の空気は一変してしまう。この、若きプリンシパルはボリショイ・バレエ芸術監督のセルゲイ・フィーリン(前モスクワ音楽劇場バレエ)が目を掛けてきた逸材であり、かつマニュエル・ルグリも高く評価する異才である。実際、チュージンはルグリが芸術監督を務めるウィーン国立バレエのゲスト・プリンシパルでもある。バレエ界の大物二人を唸らせている資質は、多くのバレエファンが知るとおり、昨年4月にはすでに日本デビューを飾っている。
 スタニスラフスキー&ネミロヴィチ=ダンチェンコ記念国立モスクワ音楽劇場バレエの来日公演。本邦初演の『エスメラルダ』全三幕に主演したときのチュージンは忘れがたい。十五世紀のパリで繰り広げられる重厚な運命劇において、彼はヒロイン・エスメラルダと恋に落ちるフェビュス役を好演した。細かい脚さばきもダイナミックなジャンプも、ともに一陣の涼風が吹き抜けるかのよう。加えて、サポート技術もじつに危なげない。誰の目にも明らかなスター性だけではなく、爽やかで切れ味鋭いテクニックをも、鮮やかに証明してみせたのだ。
 この役は古典にありがちな、いわゆるロマンティックな王子役とはまるで異なる。物語のラストでは、かつて熱く心を通わせ合ったヒロインに対し、冷酷な仕打ちを見せる人物像である。純愛を貫く若者像とは違い、観客の共感は概して得られにくい。その意味では、純真な村娘を欺く『ジゼル』のアルブレヒト役と、一脈通じる難しさがあろう。にもかかわらず、チュージンは登場した一瞬で観客の心を掴み、かつ説得力ある造形でドラマ全体の厚みを際立たせたのである。さすがは演劇性を誇るカンパニーの中軸、と、見る者が思わず納得したのも自然なことである。
 その演技派ぶりは、バレエ団の最大の財産であるウラジーミル・ブルメイステル版『白鳥の湖』でも、遺憾なく発揮された。こちらは一転、青年期のメランコリーと詩情性とを完璧に体現しており、第三幕でロットバルトたちの策謀に嵌まる悲劇性を、彼ならではの無垢な持ち味と解釈力で、いやがうえにも劇的に盛り上げていた。このように、対照的な二つの役柄をそれぞれ見事に演じきり、表現力の幅も申し分がないことを示したのである。
 さて、今回はまた、日本で初めて見せる『ジゼル』全幕。これほどの役者であるからには、期待にたがわぬステージを見せてくれることは請け合いだ。新世代のプリンスが放つ馥郁たる魅惑を、ぜひとも心ゆくまで堪能したいものである。


吉田裕(舞踊評論家)

photo:Hidemi Seto