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2011/09/09 2011:09:09:17:48:29

「エオンナガタ」特集〜ロベール・ルパージュ インタビュー

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 シルヴィ・ギエムとの出会いは、「オーストラリアのシドニー・フェスティバルで」とロベール・ルパージュは言う。

「僕が『アンデルセン・プロジェクト』、彼女とラッセル・マリファントが『PUSH』で参加していた時で、最初は僕に何か演出してほしいんだと思ったよ。どっちにしても、シルヴィ・ギエムからのオファーは断ったりできないけどね(笑)。で、3、4回会ったら、実は僕にも踊ってもらいたがっているだということがわかった。しかもその時はもう断れない状況だった(笑)。レストランでワインを飲みながら食事をしていて、当時僕は50歳。この年齢で踊るのかとびっくりしたけど、またそれもいいかな、と逆に思ったんだ」


 ルパージュのこの大胆な決断の背中を押したのも、もちろんギエムだ。

「シルヴィってね、キャリアというものをそんなに意識していないんだよ。プロセスが大切であり、限界というものもない。年齢のせいでできない動きがあれば、それをしなければいいだけのことで。『エオンナガタ』では、僕たち3人が各々自分たちを危うい立場に置いてみた、ということがかなりのチャレンジだったけど、とにかく興味深い体験だった。いくつになっても自分をギリギリのところに追い込むのは大切だからね」


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 ルパージュがギエムに対して持っていたイメージの変化も面白い。

「クラシック・バレエのダンサーとしてのイメージしかなったんだ(笑)。彼女自身、クラシックの演目を踊るなら完璧に踊らなければならないし、求められていることにはきちっと応えなくてはいけない、と言っていたし。おそらくかなり頭が固くて視野の狭い人間なんじゃないか、と内心思っていた。でも、本当は、伝統を大切にしてバレエに対してはきちっとこなす反面、それ以外ではとても好奇心旺盛で強いパーソナリティを持っている。なぜシルヴィ・ギエムがバレエ界においてそんなに素晴らしいかがわかったよ。伝統を守りながらも、その中でまた新しいものを創造していこうという姿のすごさが」


 『エオンナガタ』のアイディアの素はルパージュから出ている。

「エオンという人物には前々から興味を持っていたんだ。僕の生まれ育ったカナダのフランス語圏では、クロスワード・パズルの問題として、ルイ15世の特別のスパイは?というのがあった。答は"EON"。僕は特別のスパイというところに引っかかってね。で、ある時テレビを観ていたら"エオンはもしかしたら女性だったかもしれないし、男性だったかもしれない"と言うんだよ。シルヴィやラッセルと話し合ううちに、フランス人、英国人、カナダ人の我々が一緒に何かやるのにピッタリだと感じたんだよ。性別だけでなく、国境も自由に超えていたところが」


 筆者自身感じていたことをルパージュも感じていたという偶然に驚いた。それは「ギエムは話すテーマによっては母国語であるフランス語よりも英語の方が能弁かつ自由そうだ」ということ。

「ある時、パリで行った公演では、観客に話かけるのにわざわざ英語を使っていたよ。フランス語の字幕まで付けてね。その舞台は『エオンナガタ』ではなかったが、シルヴィいわく"あの内容を話すには英語の方が自然だから"と。あくまでも作品のことを大事に考えているんだ。
 『エオンナガタ』にしても、エオンは女性なのか、男性なのか、そして母国語であるフランス語と長く過ごしたイギリスの言葉、英語のどっちが自分の心を表すのにふさわしかったか。こうしたアイデンティティの問題って、なかなか奥が深くて面白いよね。僕自身こうして今英語で喋っているけど、母国語はあくまでもフランス語だしね」


 エオンこと、シュヴァリエ・デオンは、日本のアニメや漫画『リボンの騎士』『ベルサイユのばら』などの主人公のモデルになっているという。

「だからこそ、僕たちもエオンをやるんだったら日本文化の要素を取り入れようと直感的に思ったのかもしれないな。日本文化の中には、男性、女性というものに対しての独特の識別があるし。歌舞伎における女形の存在にしても、何かを超越しているだろう」 

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 超多忙なルパージュ本人が舞台に出演することも驚きだが、実際に踊ってみての感想はどうだったのか。

 「そりゃあもちろん、最初のうちは身体のあちこちが痛かったよ(笑)。でも肉体の鍛錬の大変さ以上に、ボキャブラリーの問題が大きかったな。ダンスでストーリーを語ろうとするのは大変だった。ジェスチャーはできるんだよ。でもそれが単なるパントマイムではなく、言葉以上の感情があって、物語を押し進めていかなければならないんだからね。でもそのおかげで今はダンサーに対して、これまで以上の敬意を持つようになったよ。
 "演じる"時には演じるための状況に自分を持っていくんだが、"踊る"時にはムーブメントをする状況に自分を持って行く。もっとエネルギーや感情が大切になってくるんだ。だからこそ、このプロジェクトの中でもシルヴィの存在が光るんだけどね」


 ルパージいわく、「シルヴィは僕とラッセルの橋渡し役だった」とか。

「僕は演劇出身だから、キャラクターには必ずストーリー、状況、前後関係、大道具といった要素がつきまとう。一方、コンテンポラリー・ダンス出身のラッセル・マリファントは、まず抽象化、印象、本能ということが要素で、そこにはキャラクター作りといった知的アプローチはない。ところがバレエ出身のシルヴィはその両方を知っているんだ。
 もちろん『ロミオとジュリエット』や『白鳥の湖』といったクラシック・バレエの演目は、まず役の人物の心、精神が根底にあって、それを肉体とバレエのスキルを用いて表現にまで高めていく。でも、そこでパントマイムの何たるかを知っているか否かは大違いでね。シルヴィはちゃんと演劇性のあるパントマイムを知っているんだよ。単なる人の動きのまねではなくて」


 演劇好きのシルヴィにとっては、2人の橋渡し役は喜びでもあったろう。

「だからこそ彼女は、僕とラッセル2人と各々にとってわかりやすいように考えていることを伝える役割を果たしてくれた。ラッセルにとってはコスチュームをつけて台詞を言うこと、歌うことはとにかく勇気が必要だったろうと思うし(笑)。シルヴィはそうした橋渡しとしての役目を果たすことがどんなに重要かわかっていたんだ。ルイ15世のスパイだったかもしれないけど、エオンがフランスと英国をつないだように」


取材・文/佐藤友紀(フリーライター)

Photo:若山和子(ルパージュ)、ErickLabbé(「エオンナガタ」)