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2015/06/03 2015:06:03:22:09:31

シルヴィ・ギエム〈ライフ・イン・プログレス〉ロンドン公演レポート

 シルヴィ・ギエムの最後のツアー、〈ライフ・イン・プログレス〉。サドラーズ・ウェルズ劇場でのロンドン公演は即日完売、筆者が訪れた5月27日も会場中が異様なほどの熱気に包まれていた。


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「テクネ」


  『テクネ(Techne)』は、ギエム自身の環境問題への関心をインスピレーションにアクラム・カーンが振り付けた、示唆に富んだ新作。一本の木の周りでカーン独自の素早い動きを繰り返し、床を転がるギエムは、虫のようでもあり、人間のようでもあり、生気のない木に何かを伝えようとするその必死さと無力さに、静かな悲哀を感じずにはいられない。ギエムの長い指が、そこだけ何か別の意思を持った生き物のように動くさまに、これまでに観たことのないギエムの一面を観た気がする。

 ラッセル・マリファントによる新作『ヒア・アンド・アフター(Here and After)』は、ギエム自身初となる女性同士のデュエット。切子細工のように繊細な模様を描く照明の中、2人の女性が、絡みあった2本の糸のように流動的で、動く彫刻のように詩的な動きを見せる。後半からはダイナミックなパ・ド・ドゥへと展開、舞台を照らす照明の動きに合わせて2人が舞台後方へと向かっていくエンディングに、会場は清々しい感動に包まれた。

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「ヒア・アンド・アフター」

 マッツ・エックによる『バイ(Bye)』は、ギエムのダンサー人生を集約したかのような一人の女の物語。外から部屋の中を覗き込み、好奇心のまま部屋の中に入ったギエムは、少女のような純真さや、成熟した人間の機知、孤独といった様々な側面を見せながら、50歳となった今も衰えを見せない驚くべき身体を存分に活かし、ひとしきり戯れるように踊る。新しい世界を求めて部屋の外へと旅立っていく感動的な最後の場面に、ギエム自身の新たな人生への出発を重ねずに観ることは難しい。

 自らの意思で選択する自由を何より重んじ、独立独歩で歩んで来たギエムのダンス人生。最後まで新しいことに挑戦し、自らの姿勢を貫いて舞台を去っていくその潔さに、多くの人々が女性ダンサーの新しい引退のあり方を見、惜しみない祝福の拍手を贈った。


實川絢子(ライター・翻訳家)


photo:Bill Cooper