What's NewNews List

2009/10/30 2009:10:30:21:02:41

[聖なる怪物たち]舞台装置家:針生康~「聖なる怪物たち」舞台美術が誕生するまで(1)

シルヴィ・ギエム&アクラム・カーン・カンパニー「聖なる怪物たち」には、スタッフとして二人の日本人が参加しています。衣装を担当した伊藤景さん、そしてもう一人が舞台美術を担当した針生康(はりゅうしずか)さんです。

日本公演を前に、針生康さんに、アクラム・カーンとの出会い、そしてどのようにして「聖なる怪物たち」の装置を創りあげていったのか・・・作品の誕生の段階から携わってきた針生さんの目から見た「聖なる怪物たち」を寄稿していただきましたので、2回に分けてお届けします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


●アクラム・カーンとの出会い


 はじめて、アクラム・カーンのダンスを観たのは、ブリュッセルのモネ劇場。 『MA』という作品を踊るアクラムさんの、地面に吸い付いていくような素早い動きと、伝統的なカタックをベースにした腕のしなやかなフォームに一瞬にして魅了されてしまいました。そして、いつかアクラムさんと仕事がしたいという強い想いを抱くようになったのです。
 アクラムさんの振付には、西洋と東洋の境がなく、二つの世界が見事に共存し、またカタックとコンテンポラリーダンスのアイデアと技術が見事に調和していると感じました。当時私は、文化庁の在外芸術家派遣制度やポーラ美術財団の在外研修助成により、英国で博士課程の研究――「コンテンポラリーダンスのための舞台美術の研究と実験」――をはじめていました。同時に英国とコンテンポラリーダンスの造詣が深いベルギーで、フリーランスとしてダンスのための舞台美術の製作も手がけていました。欧州と日本では表現のアプローチにいかに相違があるのかを実感していた時でしたので、アクラムさんの作品がより強く私の心を突き動かしたのかもしれません。


●アクラム・カーン・カンパニーへのアプローチ

 英国に移住して3年目、舞台美術アシスタントの後、中規模なダンス作品などで試行錯誤中だった私は、駄目で元々という心持ちで、アクラム・カーン・カンパニーに自分の作品集や経歴書等を送ったのです。驚いたことに、当時マネージメント・ディレクターをされていたシャーリンさんから連絡があり,プロデューサーのファルークさんにロンドンでお目にかかることになりました。
 ファルークさんは、初めて会った私に、構想中の新作(Sacred Monsters『聖なる怪物たち』)について説明し、その作品の舞台美術のアイデアをアクラムさんにプレゼンテーションしてみてはどうかと提案してくださいました。まだ、本格的な創作に入る前でしたので、このプレゼンが『聖なる怪物たち』に舞台美術家として参加できるかどうかの試験だったのです。

 ファルークさんからは、『聖なる怪物たち』に出演するもう一人のダンサーはシルヴィ・ギエムさんであることも伝えられました。そのとき脳裏に浮かんだのは、高校生の時に図書館で見つけた本に載っていた、シルヴィさんの完璧なまでに美しい「白鳥の湖」の写真とウィリアム・フォーサイスの作品をシャープに踊るスタイリッシュなシルヴィさんのイメージです。
 実は私は舞台美術と建築を勉強する前、10年ほどモダンとクラッシック・バレエを習っていました。しかしシルヴィさんの踊りを観て、プロのダンサーになるのは無理だと諦め、新たな道に進んだのです。彼女はクラシックバレエと現代バレエの双方を悠々と表現されており、その実力を尊敬していました。アクラムさんだけでなく、私にとっての憧れのスターダンサー、シルヴィさんとも仕事をするチャンスをいただいたことに深く感謝しながら、ベルギーの自宅に戻った日のことを昨日のように思い出します。
 それからの数日間は、興奮のあまり、誰ともしゃべらず、夢中になってプレゼンテーションの準備に取り掛かりました。あまりにも熱中しすぎて、準備が終わったときには高熱を出してしまったほどです。

Hryu1.jpg
製作期間前の舞台美術のスタディ



●アクラムへの舞台美術プレゼンテーション

 そして、いよいよアクラムさんへの『聖なる怪物たち』の舞台美術プレゼンテーションの日が訪れました。会場は、英国最大のダンス劇場と知られているサドラーズウエールズ劇場です。私は幾何学的伝統的なパターンを使ったデザインと桃をモチーフにした官能的な古典と現代性をイメージした森のようなものを提案しました。彼はゆっくりと穏やかに話を聞き、「まだ制作に取り掛かる前なので、あまり舞台美術が文学的に語らない方が好きだ」というコメントをいただきました。そして面接の最後に、このプロダクションに正式に参加することが許されたのです。
 嬉しくてたまりませんでした。アクラムさん、シルヴィさんを始め、実力のある演奏者の方々、素晴らしい振付家の林懐民さん(クラウド・ゲイト・カンパニー)とガウリさん(カタックの振付家)、英国を代表する作曲家フィリップさん、『MA』で賞を受賞した照明家のミッキーさん、アクラムの代表作『ゼロ度』で素晴らしい脚本を手がけたギーさん、そして大先輩の衣装デザイナー伊藤景さん、敏腕テクニカルダイレクターのファビアナさんといった豪華メンバーに、ポツンとヒヨッコの私が参加することになったのです。初めての顔合わせでようやく私がいかにラッキーだったかと気づいたのでした。


針生 康 Shizuka HARIU

ダンスを愛するデザイナー。 Scenography and Architecture
東京理科大学院修士課程建築学専攻後、針生承一建築研究所勤務。渡英。ディビッドアドジェイの元で建築アシスタント。2002年より文化庁在外芸術家派遣制度やポーラ美術財団の助成により、ロンドン芸術大学セントラルセントマーチン校にて博士課程前期課程修了。『コンテンポラリーダンスのための舞台美術の研究と実践』その後、ベルギーのローザスダンスカンパニーや、オペラの舞台美術アシスタントを経て、2003年よりフリーランスの舞台美術家として活動。様々なコンテンポラリーダンス作品の舞台美術と照明デザインを手がけている。また、主にベルギーと日本にて建築家Shin Bogdan Hagiwara とコラボレーションにて建築のプロジェクトを開始。現在リーズメトロポリタン大学院(英国)にて博士課程後期修了のための展覧会、ディスレキシアのためのユネスコ パリ本部での展覧会デザイン等準備中。