2009/11/09 2009:11:09:10:10:30[NBS最新情報]
[聖なる怪物たち]舞台装置家:針生康~「聖なる怪物たち」舞台美術が誕生するまで(2)
●プロジェクト始動
製作にあたり、最初に脚本家のギーさんからこの作品について簡単な説明がありました。私が着目したのは、このパフォーマンスの主題のひとつでもある、"名声(スターダム)と自由(フリーダム)"、"伝統と現代"、"西洋と東洋"、"強健と柔軟性"といった「相反するものの調和」です。アクラムさんとシルヴィさんは"伝統と現代"を結ぶ貴重なダンサーであり、目まぐるしく変化する時代を駆け抜けている世界観と、舞台を降りた時の平静さの双方を空間に表現できないかと考えはじめました。
また、個人的には、 "Sacred Monsters"(『聖なる怪物たち』)タイトルから、氷河期の素晴らしい恐竜たちが消えてしまったときの危機感のようなものを暗喩的に想像していました。そのため、"いつの時代"、"どこの国"とも言えないような世界を想定しました。
●リハーサルから見つけた舞台装置のイメージ
製作期間は3ヶ月。最初アクラムさんとシルヴィさんの練習を見学し、カメラとスケッチブックを手に、できるだけたくさんの彼らのムーヴメントを読み取ろうと努力しました。
アクラムさんのスピーディーな動きは、重力に逆らわずに地球の中心に吸い付けられているように安定しています。一方、シルヴィさんのしなやかで優雅な動きは、重力があたかも存在しないように宙を描く軌跡として記憶に残ります。
その二人が一緒に踊る場面で「ウェーブ・ムーヴメント」と私が呼んでいる振付けがあります。体つきも動きも全く特徴の異なる二人が、二人の間にさまよう重力が解け合うがごとく、波のように連鎖する様々な動作を取り入れている振付です。
その動きをスケッチしていた時に、ある一つのイメージが浮かんできました。反復する波の動きのシークエンスです。波はいったいどうして永遠の続くのか?そのようなプリミティブな問いに答えるような創作過程でした。
リハーサルでのダンサーの動きのスケッチ
●デザインの決定。そして製作作業に・・・
その一方で、どのように彼らが舞台上のスペースを使っているかを把握することは、ダンスの舞台美術を製作する上で非常に大切です。二人の動きの軌跡を邪魔することなく、ひとつの景観として存在する空間とは一体どういうものかを土台に空間デザインを絞っていきました。
そのうえで、二人のダンサーの重力へのアプローチを空間に置き換えてみたいと考えました。彼らの身体能力を見ていると同じ地球上でも重力に対する接し方は様々だといえます。それらの調和された動きは、いかにシンプルであっても、複雑に働く脳からの信号が身体全体に細かく行き届いているように思います。シンプルに見える自然ほど構成は複雑なものではないかという考えです。
何週間かの試行錯誤の後、ようやくひとつのデザインに絞り込むことができました。それは、連鎖的な波のような曲線をもつ壁です。この壁は、二つの異なった世界をツイストしながらつなげるような形をイメージしています。
次に、先ほどのアイデアを持続しながら、何とか素材の重量の軽いものを探しました。3年間世界中をツアーしたこの作品にでは、ツアーの時にセットがどのように運ばれるか考えるのは重要な仕事でした。
具体的なデザインの手法を簡単に説明しますと、二つの壁のプロポーションは、自然界に存在する黄金比として知られるフィボナッチ指数などを参考に、いくつもの異なる大きさの円の接点をつなげ合わせてつくりました。その具体的な創作過程の段階では、重視していた重力への相異なるアプローチの表現方法も劇場空間では多様に表現できる事を再確認しました。
最終的には、二つの異なった世界が繋がる、または引き千切れていく瞬間を凍らせたような緊迫感に、シルビィさんとアクラムさん、そしてライヴで多彩な音楽家たちが息を吹き込きこんでいく舞台を想定しました。照明のミッキー(クントゥ)さんの時を感じさせる空間効果と、(伊藤)景さんのダンサーの動きがくっきりと映える衣装デザインに支えられ、舞台空間全体の視覚効果が仕上がりました。
●「聖なる怪物たち」の開幕、そして日本へ
こうして、3ヶ月かけて創りあげた装置が劇場に届き、セットアップした時のことを今でも思い出します。初演の一週間前のことです。出演者やこの作品のために多くの責任を負って働いている関係者が心配そうに息をひそめています。テクニカル・ディレクターのファビアナさんの協力のもと、私の生み出した舞台空間が立ち上がったとき、そんなみんなの顔に微笑が浮かびました。その時に本当の意味で、初めてプレッシャーを感じたのを覚えています。同時に、私にチャンスを与えてくださった方々の度量の大きさを感じました。
実は、観客がアクラムさんとシルヴィさんのダンスに夢中になっているうちに、舞台空間はふわっと消えてなくなるような環境を想定してみました。観客の皆さんにはこの二人のスター・ダンサーのムーヴメントをはっきり記憶に残していただきたいと願っています。皆様にはどのようにご覧になっていただけるでしょうか?
創作過程中期でのアイデアスケッチ
針生康寄稿(1)はこちら>>>
針生 康 Shizuka HARIU
ダンスを愛するデザイナー。 Scenography and Architecture
東京理科大学院修士課程建築学専攻後、針生承一建築研究所勤務。渡英。ディビッドアドジェイの元で建築アシスタント。2002年より文化庁在外芸術家派遣制度やポーラ美術財団の助成により、ロンドン芸術大学セントラルセントマーチン校にて博士課程前期課程修了。『コンテンポラリーダンスのための舞台美術の研究と実践』その後、ベルギーのローザスダンスカンパニーや、オペラの舞台美術アシスタントを経て、2003年よりフリーランスの舞台美術家として活動。様々なコンテンポラリーダンス作品の舞台美術と照明デザインを手がけている。また、主にベルギーと日本にて建築家Shin Bogdan Hagiwara とコラボレーションにて建築のプロジェクトを開始。現在リーズメトロポリタン大学院(英国)にて博士課程後期修了のための展覧会、ディスレキシアのためのユネスコ パリ本部での展覧会デザイン等準備中。