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2009/11/25 2009:11:25:10:35:14

[ルグリの新しき世界] 「ホワイト・シャドウ」リハーサル・レポート〔後編〕

 リハーサルはルグリ、吉岡美佳、上野水香、西村真由美、そしてド・バナ自身が踊るソリストのパートと、女性3名と男性5名、およびコール・ドの男女5名ずつのパートに大別されて進められていった。当初、キャストには役名がつけられていた(ルグリ→太陽、吉岡→地球、上野→金星、西村→月、ド・バナ→火星など)が、リハーサルが進むうち、役名はなくなることに。ド・バナによれば「名前は自分が求めているエネルギーを説明するために便宜的につけていただけ」なのだとか。ルグリが温かな光のような存在であるのに対して、西村は夜や冷たさを表し、上野が愛やパッションを体現すれば、ド・バナは武士のような闘争心や破壊力を表現するという。吉岡は時や空間、すべての事象の中心となる"ゼロ地点"の役割だ。

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マニュエル・ルグリと西村真由美、パトリック・ド・バナと上野水香


 ルグリ&西村、上野&ド・バナのスピード感あふれるデュエットがみるみる間に形になっていく一方で、「時の象徴であり、永遠の存在。すべてであり、無でもある」と振付家から禅問答のようなイメージを与えられた吉岡は、能のすり足のような動きや水をすくうような仕草を交えながら、作品全体の核となる役割を、しなやかに創り上げていく。ルグリは自分の出番以外でもすべてのシーンを稽古場の片隅で見守りつつ、時に振付家の相談に乗り、時に自ら手本を示してダンサーにアドバイスを送っている。ルグリと共有する時間は、ソリストはもちろん、すべての団員にとってかけがえのない財産となるはずだ。

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吉岡美佳に指導するド・バナ


 濃密なソリストのリハーサルに負けず劣らず、というよりさらなる熱気をもって繰り広げられたのが、群舞シーンの振付である。もっとも時間を要し、また振付家としてもっとも腕が鳴る場面ともいえるだろう。ルグリが「群舞の使い方がとても上手い。物語を語る必要がある時には語り、語らない時には語らない」とド・バナの振付術を賞していたが、その創作の過程を垣間見ることができた。

 まずは大地の鼓動を感じさせるパーカッションの響きに乗せて、松下裕次以下男性5人によるエネルギッシュなダンスが観る者を圧倒する。「空間を大きく使って!」「背中を丸めてエネルギーを蓄えるように」「ここはクラシックのきれいなアラベスクで」と振付家の言葉が矢継ぎ早に飛ぶなか、ノンストップで踊り続ける5人。彼らの間を泳ぐように高木綾、奈良春夏、川島麻実子の女性3人が登場すると、今度は「セントラルパークでジョギングしてる人みたい」と、思わず笑いを誘うダメ出しも。「軽過ぎます、もっと力強く」との指示に、3人は真剣な眼差しで応えていく。そして男女10人が怒濤の如く交錯するシーンでは、幾通りものフォーメーションを試しながら、方向性を検討していった。前日固めた振りが翌日に変更になることもしばしばで、これも新作ならではの醍醐味か。ともあれ、津波のように寄せては返し、動きのダイナミズムを堪能できるシーンになりそうだ。
「とにかく創作なので、本当に探りながら創っていることを理解してください。特にこの場面は物語の中で大混乱が始まるところ。真ん中でパワフルに踊る男性5人のエネルギーに合うように、コール・ドの皆さんも力強く正確な踊りで表現してほしい」と、全員に語りかけるド・バナ。「まだ何か要素が足りない気もしますが、皆さんのせいではありません」とユーモアも忘れない。そう、これはまだまだ創作の途上に過ぎないのだ。

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女性ソリスト3人(左から、川島麻実子、奈良春夏、高木綾)


 2週間強のリハーサル期間はアッという間に過ぎ去り、最後に報道陣を招いて公開リハーサルが行われた。荒削りながら、全体の4分の3程度にあたる8曲分を初めて通して披露。場面と場面のつなぎなどに課題が残るものの、ひとつの流れとして見ることでソロと群舞のメリハリがくっきりと浮び上がり、力強さと躍動感が伝わる仕上がりとなっていた。
「初めて通したとは思えない、素晴らしい出来です。特に男性5人の踊りには本当に驚きました」と、ド・バナは感に堪えない様子。「しばらく間が空きますが、一人ひとりがステップと同時に感情を大切にすることを忘れずに。ここまで忍耐強く付き合ってくれて本当にありがとうございました。でもまだシーンは残っているので、死ぬまで一緒ですよ(笑)」
 未だ手つかずのシーンには、ルグリとド・バナのデュエットや、男性ダンサーとコール・ドのハードな群舞などが予定されているという。さらにフィナーレでは作品のテーマにつながる劇的効果を考えているというから楽しみだ。

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男性ソリストへの振付(左から松下裕次、ド・バナ、岡崎隼也、小笠原亮)


 長期間にわたりリハーサルを共にしてきたルグリも、感慨を込めて振り返る。「パトリックはイマジネーションをたくさん与えて自由にさせてくれるように見えるけれど、彼の中には明確にイメージするものがあるんです。自由があるようで、ない(笑)。でも私自身は与えられたものを解釈して表現したい、つまり導かれたいタイプなので、彼は理想的な振付家なんですよ。東京バレエ団の皆さんは、彼の難しいスタイルに見事に順応していました。打てば響くように反応が返ってくるわけですから、振付家としてもまた一歩深められたんじゃないかな」

 薫陶を受けたモーリス・ベジャールの言葉を引き、「クリエーションは永遠に生き続けるもの。幕が開いても日々変わっていくと思う」と語るド・バナ。東京バレエ団と共に創り出す新しい世界は、どうやらさらなる変化を遂げていきそうだ。本番ではどんな姿を私たちの前に見せてくれるのか、期待を込めて待ちたい。

(取材・文=市川安紀)



photo:Kiyonori Hasegawa