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2014/10/30 2014:10:30:17:43:33

ズービン・メータの第九交響曲 ~山田真一(音楽評論家)

「第九交響曲」のプログラムに寄稿していただいた、音楽評論家・山田真一さんの原稿の抜粋を掲載いたします。ズービン・メータと「第九交響曲」との深い結びつきを知るにつけ、今回の「第九」への期待がさらに膨らむに違いありません。どうぞ、ご一読ください。



ズービン・メータの第九交響曲
 ~震災直後の日本に感動をもたらした、マエストロの情熱


山田真一(音楽評論家)


 ロスアンゼルス・フィルハーモニック音楽監督就任後のメータは知られる通り、破竹の勢いで世界のオーケストラを指揮し録音を残し、ニューヨーク・フィル音楽監督、バイエルン国立歌劇場総監督、フィレンツェ五月音楽祭管弦楽団首席指揮者などを歴任する一方、十代で渡ったウィーンでは、4回のニューイヤーコンサートを始めとしてウィーン・フィル常連指揮者として活動し名誉団員など数々の栄誉を受け、世界最高峰の指揮者としてその名声を轟かせている。度々、日本にオーケストラやオペラの指揮で来日。彼自身、日本での演奏を毎回楽しみにしていた。

 2011年3月11日午後、フィレンツェ歌劇場日本公演のために来日、東京に滞在していたメータは、東日本大震災に遭遇した。

 その後、本人はそのまま最後まで日本ツアーを行うつもりでいたが、2公演を行ったところで政府からの帰国命令。それでも、「こういう時こそ、我々音楽家の価値が問われる」との想いから、オペラの代わりにチャリティー・コンサートを開くことを考えた。
 しかし、当時の日本の音楽界も、即日にはそれを実現することはできなかった。その後、来日予定だったアーティストは次々と公演をキャンセル。ところが、メータは1カ月と経たずに再び来日し、4月10日、チャリティー・コンサートとしてベートーヴェンの第九を指揮した。「大震災後の混乱のような危機を乗り越える時こそ、ベートーヴェンが相応しい」と言って、第九を選んだ。
 4月10日の指揮は、これまでにない渾身の力のこもったもので、その情熱と強い意志が、満員の聴衆を感動させた。

 メータの第九は、数あるメータの得意レパートリーの中でも、際だった存在だ。それは単に、シラーの詩の内容や、ベートーヴェンの想いの具現化だけにあるのではない。メータは、百人の楽員を越えるようなオーケストラ作品、合唱付きの作品、そしてオペラと、規模が大きい楽曲になるほど、音楽的真価を発揮する。メータにとって第九はまさに、そのような作品なのである。
 宇宙的とも言われる音楽の広がり。細かいモチーフから高層建築を建設するような音楽の組立。ベートーヴェン以前の時代では使われなかった音域への挑戦など第九には、優れた指揮者でないと真の名演ができない様々な困難が用意されている。メータはそれを正面から取り組み、音楽による巨大な伽藍を創造するかのように指揮する。
「苦悩と勝利、これがベートーヴェンの音楽の中核にある。彼はこの形の音楽を様々なジャンルで繰り返し使った。そして、大事なシンフォニーの最後の作品で、再び、自分が作りだした勝利のテーマを、最も優れた楽曲として残したのです。そこに第九の価値がある」(メータ)
 3年前、身を以て大地震を東京で体験し、原発事故にも全く動じることなく音楽活動を続けようとしたメータの音楽に対する情熱と、危機を前にした人々への強い想いが、今回の第九演奏でも、きっと蘇るだろう。