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2015/11/13 2015:11:13:15:44:03

ミュージカル『回転木馬』とミシェル・ルグラン~ノイマイヤー版『リリオムー回転木馬』への期待

フリーライターの佐藤友紀さんが、1945年にリチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン2世によって創られたミュージカル『回転木馬』、来年3月にハンブルク・バレエ団により日本初演となる、ノイマイヤー版『リリオム-回転木馬』の作曲を手がけたミシェル・ルグランについて、それぞれの魅力と功績を語るとともに、ノイマイヤー版への期待を綴ってくださいました。


佐藤友紀(フリーライター)


 うわっ、これってある意味、本家返りじゃないの!と『リリオム』がジョン・ノイマイヤーによってバレエ作品になると初めて聞いた時、ひとりで興奮してしまった。フェレンク・モナールのオリジナル戯曲としては残念ながら観たことはないが、リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン2世の手によるミュージカル版『回転木馬』は舞台も映画も何回も観ており、特に今は天国に暮らす主人公ビリー(*)の娘ルイーズ(**)が、友人たちにいじめられた後、不思議な男の誘いで踊るバレエ・シークエンスのシーンが大好きだったのだ。この場面、序曲と最も有名なナンバー"イフ・アイ・ラブド・ユー"で踊られるが、ブロードウェイ版ではABT(アメリカン・バレエ・シアター)のプリンシパル、キース・ロバーツが"不思議な男"を踊るなど、ダンスのクオリティがものすごく高い。ということは、ミュージカル『回転木馬』は、なまじ劇中歌が先述の"イフ・アイ・ラブド・ユー"や"6月は一斉に花開く""ミスター・スノー"そして誰もが感動する"ユール・ネバー・アローン"などの美しい歌曲に彩られていることによって、あまりダンス作品の様相を呈しないが、作り方によってはバレエにぴったりの内容だと合点がいった次第だ。
 モルナールの原作はブタペストが背景。これが『回転木馬』だとアメリカのメイン州の漁村になる。回転木馬の客引きをしていたビリーは、工場に勤めるウブな娘ジョリーを好きになり、2人は結婚するのだが、ビリーは職を失ってしまう。これだけでもミュージカルとしては十分暗い話なのに、この後、盗みを企てたビリーが事故で死に、ジュリーのお腹にはビリーとの忘れ形見が宿っていた。という物語の展開には息を飲むしかない。
 もっともモルナールの原作戯曲もミュージカル『回転木馬』も、ここから奇跡のような話が待っている。いや、奇跡を描くのであれば、むしろバレエ作品の方がいいだろうと誰もが納得すること必至の、しかもノイマイヤー振付作の曲づくりを手がけたのが、音楽界のレジェンド、ミシェル・ルグランなのである。
 フランス音楽の名門一家に生まれ育ち、パリのコンセルヴァトワール(国立高等音楽院)を主席で卒業したルグランは、早くからさまざまな音楽を作ってきた。ジャック・ドウミ監督とは『シェルブールの雨傘』や『ロシュフォールの恋人』たちを生み出し、ハリウッド製ミュージカルとは一線を画したかと思ったら『華麗なる賭け』『おもいでの夏』『栄光のル・マン』などではとっくに国境を超える活躍ぶり。しかもルグラン本人も認めているように、古典音楽の素養に「戦後、浴びるほど聴いていた」アメリカン・ジャズのテイストが絶妙にマッチし、日本では男性化粧品やビールのCM、あるいはフジフィルム化粧品のCMなどで使われる曲は半世紀近く前のものなのだ。どこか近未来的な香りもするスペシャルさ。こうしたルグラン特有のテイストが、この世に残した自分の息子、そして心から愛した女性の身を案じて、神から特別に許可をもらってこの世に戻ってきた主人公というファンタジックなストーリーを引き立てるのだろう。
 もちろん、映画での活躍ほど有名ではないが、ルグランには『壁抜け男』というパリのエスプリにあふれたミュージカル作品もある。バーブラ・ストライサンドが女性監督初のアカデミー賞を獲得しそうだった『愛のイエントル』の音楽とストーリーの組み立て方のダイナミズムにも改めて驚かされた。バレエでいうならば、リリカルな恋人同士のパ・ド・ドゥも、迫力満点の群舞にも、それぞれの冴えを見せるのがミシェル・ルグランなのだ。
『回転木馬』の初演時の観客席で、すすり泣いている女性客が多かったのは、皆、戦争で亡くなった夫や恋人にビリーの姿を重ね合わせていたからというサイドストーリーも胸にしみる。時を超えて、ノイマイヤー版『リリオム-回転木馬』も感動的なものになるに違いない。

(*)ノイマイヤー版ではリリオム。
(*)ノイマイヤー版では息子ルイスの設定。


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