イリ・イェリネク インタビューシュツットガルト・バレエ団2008年日本公演の開幕まで、残すところ7日。 イリ・イェリネク(プリンシパル) インタビューチェコの国民的俳優を祖父にもつイリ・イェリネクは小学校にあがるまえから堂々プラハの国立劇場に子役として立っていた根っからの役者。「50年前のチェコ中の女性の心をときめかせていた」という祖父譲りの正統派な風貌と、「いつでも体を動かしていないと退屈しちゃう」と笑う幼稚園児のようなハイパーアクティブな魂を融合させた彼の舞は、抒情的で衝動的で、どこかボヘミアンの香り漂う自由な空気を客席に届ける。 ―――まず、あなたがプラハ国立バレエ団でプリンシパルにまで上りつめながら、ここシュツットガルトに移籍しようと思われた理由から教えてください。 あのとき僕はまだ24歳で、それなのに既にカンパニーのトップレベルの踊り手になっていた。「このままいったら僕は盲者のなかの王様になる」。そう思ったら漠然と不安になって、もっときちんと僕のダンスレベルに適した場所に移籍したいと思ったんです。それでボストン・バレエやカナダ国立バレエなど数々のバレエ団のなかから、ここシュツットガルトを選んだ。なぜなら当時の僕にはプラハに最愛の人がいて、できる限り彼女の近くにいたかったから(笑)。でもこの選択は、バカな過ちをいっぱい犯してきた僕がとった数少ない正しい選択のひとつでした。最初こそコールドで入団しましたけど、2年目にはすでにオネーギンを踊らせてもらえてましたからね。
―――今ではあなたは、バレエ団きってのオネーギン・ダンサーですね。 ええ、でもこの役に関しては、30歳を越えた今だからこそ分かってきたことがたくさんあります。たまに批評家や観客で、彼は傲慢で嫌味で冷徹なやつだと決めつける人がいますけど、僕の解釈ではまったくそうではない。オネーギンはただ自分の心に素直に生きただけの男。それに第3幕に関していうなら、むしろ頭でっかちな理由から、オネーギンを拒絶して、悲劇を招いているのはタチヤーナのほうです。身体的なことでいうなら、あの第3幕のパ・ド・ドゥは、なぜか疲れてぐったりしているときほど上手く踊れる傾向にあります。肩にのしかかる疲労感が、オネーギンの困難と苦悩の年輪にリアルさを与えるのかもしれません。 ―――(取材が30分程経ったところで、足を揺すり肩を動かし始めたので)あれ、もしかして、少し取材に飽きてきましたか。すみません。 いやいや、そうじゃなくて。実は僕は30分以上じっとしていられない性分なんです(笑)。これは本当に問題でね。芝居は大好きなのに、その好きな芝居を観に劇場にいっても2時間客席に座っていられない...。だから僕は祖父と同じで、もっぱら、やる側にまわるしか選択肢がないんでしょう。実は、踊りのキャリアを終えたあと、役者に挑戦してみたい考えもあるんですよ! まだ先のことなので、具体的にどうなるかは分からないですけどね。 |